第99話 体育祭開幕ッッッ!

「宣誓! 僕たち生徒一同は~」


 雲一つ無い腫れた土曜日、大勢の観客に見守られる中体育祭が始まった。

 開会式の選手宣誓を聞き流しながら、俺は自分の出場する種目のことを考えていた。

 入場行進はさっきやったから、後は大綱引きに組体操くらいか。二時間ほど暇になりそうだ。


 そういえば小学生の頃は宣誓って言葉を知らなかったな。

 だから『宣誓』を『先生』と聞き間違えて、教師に呼びかけているものだとばかり思っていた。


 今ではそんな勘違いもしないが、まぁだから何かが変わったというわけでも無い。

 人はそう簡単に変わる物では無いのだ。


 ただ、変わることがあるとすれば。それはきっと、誰かに影響を受けたとかだろう。


 今年の体育祭はいつもと違う。

 いや、うちの高校の体育祭としては例年同じ内容なのかもしれないが。

 少なくとも俺にとっては全然違うのだ。


 それはミカやユカ、金髪やギャル。関わる人が増えて、体育祭に対する意欲が湧いてきたからだ。


 だから楽しみにしている。

 今年の体育祭が、一体どんなものになるのかを。





 ◆◆◆◆◆





『位置について……よーい、ドン!』


 パァンと乾いた音がグラウンドに響き、走者たちがいっせいにスタートする。

 クラス対抗リレーの、一年生から選ばれた生徒がグラウンドを走っている。


「はえーな……。みんな運動部のやつらだけあって、体格も良いし歩幅がでけぇ」


「うん……あんなのに追いかけられたら……命の危険を感じるよね……」


「その状況がこえーよ! どうやったら全力疾走で追いかけられるんだよ」


 クラス毎に用意されたテントから抜けだし、俺はミカと一緒にリレーを見物していた。

 本当は自分のクラスのテントにいなければならないのだが、知り合いが誰一人としていないからな。

 そんなところで数時間待機しなきゃならんとか、地獄以外の何物でも無いわ。

 唯一話せる金髪も出場競技が多くて、ほとんどテントに戻ってこないし。


 そしてそれはミカも同じ様で、テントから抜け出しさまよっているところを発見して今に至る。


「あ……今走ってるの……りょう君のクラスの人だ……」


「いやさっきからずっと走ってるけどね? ミカが知ってるやついなかっただげで」


 ミカが言う俺のクラスメイトとは、金髪のことだろう。

 金髪は一組のアンカーとして出場し、バトンを受け継いで走り出すところだった。


「うわぁ、三位か。こりゃ金髪の逆転は難しそうだな」


「他の人たち……みんな運動部っぽいもんね……。あの人って……何かの部活入ってる……の?」


「いや確か帰宅部だったと思う。それなのにアンカーの時点でスゲえけどさ」


 よく思い返してみると、四月の体力測定もあいつはどれもトップだったなぁ。

 部活の勧誘が教室に来まくってたっけ。あんなの漫画でしか見たことないわ。


「わぁ……早いね……。もう二位との差が縮まってる……チーターみたい……」


「そのチーターってどっちのチーター? 動物? ゲーマー?」


「えっと……どっちも……。あ、あの……ダジャレじゃ無いよ……?」


「いやうん、まぁ気持ちは分かるよ」


 ミカ渾身の言葉遊び、あまりいじるのはやめておこう。

 少し照れた顔をしているミカが可愛らしい。

 ミカもギャグを言うんだなと、ちょっとびっくりだ。


 こういうことを言い合えるような仲になったということだろうか。

 そうだとすると、信頼して貰えてるみたいで少し嬉しい。


 そんな風に余所見をしていたら、いつの間にか金髪が一位のやつに肉薄していた。

 ゴールまでグラウンド半周、これはもしかしたらもしかするかも知れない。


「す、すげぇ……あそこから追いつくのかよ……!」


「ほ、ほら……りょう君……。友達なら……応援した方がいいんじゃない……かな?」


「あいつは別に……いや、まぁそうだな。応援くらいしなくっちゃな」


 力一杯腕を振り、足を大きく動かし、風を切る姿。

 それは俺には真似出来ない、眩しい青春の姿だった。


「頑張れ氷川ー!」


 本人には聞こえないだろうけど、それでもエールを送ることくらいしてもいいだろう。

 何もしないよりは何かをした方がきっといいはずだ。


「一位……! 逆転ゴールだよ……!」


「おっしゃー! ナイス金髪ゥ!」


「すごいね……すごいね……!」


「ああ……ってあれ? 二位になったのってミカのクラスじゃね?」


「えっ……。じゃありょう君は……敵だね……」


「急に冷たくなった!? さっきまで気にしてなかった癖に!」


競技ゲームで負けるのは癪……。りょう君……次は負けないよ……」


 ゲームが絡むと本当に性格が変わるなこいつ!

 というかミカが勝負するわけでも無いのに。




「お、次は女子の番だな。確かユカがアンカーなんだっけ」


「うん……ユカちゃん頑張……はっ、ユカちゃんも敵だった……!」


「いやそこは素直に応援してやりなよ。妹なんだからさ」


「でも負けたら悔しいし……うぅ……!」


 ミカは自分の好きな分野に関しては、凄い負けず嫌いだな。

 普段が消極的な分、ギャップというか落差がすごい。


 そういえば今月は忙しくてゲーセンいけてないけど、またミカと対戦したいな。

 イメトレはばっちりしてるから、前よりは善戦できると思うのだが。


「わわ、みんな……綺麗な走り方……」


「やっぱ女子でも選抜リレーに出るやつは早いなぁ。陸上部とか多いのかな」


「どうだろ……ミカ、どの人がクラスメイトかも分かんない……」


「それは流石に把握してなさい」


 しかし女子の全力疾走っていいものだなぁ。

 何が良いってそりゃ、揺れるだろ? 何がって言わせるなよ。

 健康的な体育会系女子が揺れるのは目の保養になるぜ。視力上がるわ。


「むぅ……りょう君……変なこと考えて……ない?」


「べべべべべべ別に何も!? 女子リレーも見応えあるなと思っただけですけど!?」


「本当……? 別のこと……考えてなかった……?」


「べ、別のことって何かな? あ、それよりほらユカの出番来そうだぞ!」


「え、ほんと……? ユカちゃんがんばれー……!」


 ふう、危なかったぜ。まさかミカが俺の心情を察してくるとは思わなかった。

 ミカってほら、こういうことには疎いイメージあるだろ?

 だからあんまりバレないかと思ってたんだが、どうも違ったらしい。


 今度からミカの前で変なこと考えないようにしないとな。


「りょう君……ユカちゃんが……!」


「げっドベスタートじゃねぇか! いくらユカでもこりゃ負けたな」


「ううん……ユカちゃんはすごいもん……絶対負けない……」


 そう言ってミカは祈るように両手を組んだ。

 俺だってユカを応援したい。でも流石にドベから一位になるのは無理だろう。

 いくら文武両道完璧美少女のユカでも、不可能なことの一つや二つ……。


「っていつの間にか四位になってるー!?」


「あぅ……先頭の人が転倒して……それに巻き込まれて何人か転んじゃったみたい……」


「何という幸運……主人公補正でもあるのかあいつ」


「もう三位だよ……!」


 さっきまでダントツ最下位だったのに、既に先頭集団に追いついている。

 一位と二位は抜かされないように必死に腕を振っている。

 しかしユカは慌てず落ち着いて、自分のペースで走っていた。


 相変わらず溜息が出る程、綺麗なフォームだった。


 風にたなびくポニテと、そこから見えるうなじが美しい。


「はぁ……マジですっげぇ……」


「頑張れユカちゃん……頑張れ……!」


 手に汗握る展開の中で、全員がラストスパートをかける。

 当然ユカも最後にエンジンを全開にして、猛追を見せる。

 そして最後のコーナーを曲がった時、ついにユカが一位となった。

 そのままゴールを決め、見事大逆転を決めてしまった。


 ゴールの後、ユカはこちらを見てニコリと笑っていた。

 もしかして俺たちのこと、見えていたのか?


「やった……やったよりょう君……! ユカちゃんが勝ったよ……!」


「おぶっ! ちょ、ミカ落ち着け……! その、抱きつかれると照れる……!」


「ひゃう……! ご、ごめん……ね? その、ミカ……興奮しちゃって……」


「だ、大丈夫大丈夫……! 俺も気にしてないから、な?」


「う、うん……あ! ユカちゃんが勝ったのは嬉しいけど……ミカのクラス負けてる……!」


「今更!?」



 こうして体育祭は大熱狂の中、その熱を更に高めていくのだった。

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