第104話 月夜の告白
どうしてだろう。
照明の光に照らされたミカを見た時、不思議と確信した。
これからきっと、何かが起きてしまうのだと。
「なんかみんな浮かれてるよな。ひょっとしてこれってアレか? 行事が終わった後の告白ブーム的なやつか」
言ってからすぐに後悔した。
俺は場を和ませるための冗談のつもりだった。だというのにミカの表情は急に険しくなった。
そして茹で上がったタコのような真っ赤な顔をして、黙ってしまった。
これはもしかしてもしかするかもしれない。
「な、なあ! 俺たちもみんなのところに行こうぜ! ほら、もしかしたらユカも待ってるかも知れないしさ! 三人で話でもしよ――」
「りょ、りょう君……!」
「は、はい……」
ミカが珍しく声を大きく叫ぶ。
その圧に思わず押されてしまう俺。
びびったわけじゃない。ただミカの真剣そうな表情を見て、立ち止まってしまっただけだ。
「ユ、ユカちゃんのとこに行くのは……やめて……欲しい……かも。あ、あの……今はミカと一緒に……いて……ほしい……です」
「ど、どうしたミカ? なにかあったのか? それとも気分でも悪いのか。だったら飲み物でも持ってこようか!」
「えっと……」
「ほら、きっと体育祭で疲れたんだよ。それでつい、大声出しちゃったんだろ? 俺も気が利かなくて悪かったよ。だから……」
だから、そんな悲しそうな顔されても困る。
俺の言葉が間違っていることくらい分かっている。
いくら陰キャオタクの俺でもこの雰囲気がただの友達同士の雰囲気でないことくらい察している。
けれど、だからといって陰キャの俺がこの空気に耐えられるはずもない。
俺は必死に言葉をまくり立ててこの状況を変えてしまおうと必死だった。
しかしそうすればするほどミカの表情は切なそうになっていくばかりだった。
俺の逃げ腰の台詞も次第に底をつき、沈黙が二人の間に漂う。
その均衡を破ったのはミカからだった。
「ねぇ……一緒に……踊ろう?」
「踊る……?」
「だって約束……した、よね……体育祭が終わったら……一緒にダンスしようって……。ミカ、それだけが楽しみだったから……だめ、かな?」
「うん……いや、ああ……分かった」
俺はそういってからミカの近くに寄る。
遠くにいる男女のペアが手をつないで揺れている姿を見て、見様見真似でミカの手を握る。
しっとりとした柔らかい手。
お互いの指先、手のひらの熱が直に伝わってくる。
今までミカの肌に触れることは何度かあったけど、ここまでしっかりと触ったのは初めてかも知れない。
心臓の鼓動が綱引きの時の比じゃない程、バクバクと鼓動を早めている。
「じゃ、じゃあ……いくぞ?」
「うん……」
「下手でも笑うなよな」
「大丈夫……ミカしか見てない……もん。絶対笑ったりしない……よ。笑えるはず……ないもん……」
「そうか……なら安心だ」
俺たちは不器用ながらにダンスを踊る。
左右に揺れて、傍から見たらダメダメだったかもしれない。
でも俺にとっては最高のダンスだった。視界にはミカしかいない。触れた手が熱を帯びてお互いの手が溶け合って混ざりあったんじゃないかと錯覚しそうだ。
俺がミカの肌のぬくもりに意識を取られていると、ふとミカがつぶやいた。
「あの……ありがとね……りょう君……」
「別にいいよ、ダンスくらい。前から約束してたしな。ちょっと恥ずかしいけど……」
「ううん……それだけじゃなくって……。チアの練習とか……それ以外にも色々……りょう君にお世話になってばっかり……」
「そんなお礼を言われるようなことはしてないって。チアだって俺が手伝いたいからやっただけだ。気にすること無いよ」
「女装もばっちり……決めてたもんね……」
「ぶっ!」
言及されたくない話題を出されて思わず咳き込んでしまう。
今掘り返すことかよそれ!
「あれはなんていうか気の迷いっつーか! 今考えると別に俺が女装する意味まったくなかったよな……。でもあの時は困ってるミカを助けたいって思って突っ走っちゃったんだよな」
今思い返してもアレはない。
なぜ俺が女装する必要があったんだ? 別にチアに参加するわけでもないのに。
結局金髪の需要を満たしただけじゃないか。
まぁおかげで金髪のうるさい要求も減ったから、結果オーライではあるか。
俺もチア衣装のよさを実感できたしな。
着る方じゃなくて見る方としてだけど。
「たしかに変な格好……だなって思ったけど……でもミカは嬉しかったな……」
「え゛っ」
「だってそこまでして……ミカのこと……助けてくれようとしたんでしょ……? にゅふふ……嬉しいなぁ……♪」
「な、なんだそういう意味か……」
てっきりミカに女装男子趣味があるのかと思ってしまったじゃないか。
そんなことになったらミカの将来が心配でしょうがないところだったぜ。
性癖を歪ませた者の末路は悲惨なものだからな。本人的には幸せなのかもしれんけど。
「まぁミカは大事な友だちだからな。困ってるのを放っておけるわけないだろ?」
「友達……うん……友達……そっか……」
「????」
ミカは俺の言った『友達』という言葉を反芻する。
まるで引っかかりがあるかのように、確認するかのように。
もしかすると今の言葉にどこか不満があったのかも知れない。
そうだとするなら若干……いやかなり悲しい。そうでないことを祈るしかない。
俺の不安な胸中を察するかのようにミカはぎゅっと俺の手を強く握る。
「あ、ち、違う……よ! りょう君と友達なのが嫌……とかじゃないから……ね? ただミカは……りょう君にとって……ただの友達なんだなって……思っちゃって……」
「ただの友達だなんてそんな風に言うなよ。これでも俺、結構ミカのことは信頼してるんだぞ。ぼっちだった俺にとって、ここまで仲良くなれる友達が出来るなんて思わなかったしな」
「それなら……よかった……です」
口ではそう言いつつもどこか不満げな様子のミカ。
しかしそれ以上は特に口に出すこともなく、後夜祭の時間は過ぎていった。
◆◆◆◆◆
「照明が消えていく……もう終わりの時間が来たみたいだな」
グラウンド側からの明かりが消えて、どんどん暗くなっていく。
残されたのは月から照らされた光だけだった。
その光は偶然にも俺達のいる場所を明るく照らし出し、月光に照らされたミカはどこか神秘的な雰囲気をまとわせるのだった。
まるでかぐや姫みたいだな――柄にもなくそう思った。
「そろそろ帰るか。もうみんな下校し始めてるみたいだし。俺たちも帰ろうぜ」
「待って……!」
俺が立ち去ろうとしたその時――ミカの手に込められる力がより一層強まった。
「ミカ……?」
「あの……あのね……。どうしても……りょう君に伝えたくて……伝えなきゃいけないことが……あって……。もう……この胸の鼓動を……我慢、できそうにない……から……!」
胸の前に手を置き、苦しそうにつぶやく彼女の姿に、俺は呆然と立ち尽くす。
具合が悪いんじゃないかとか、そんな事を考えている余裕もなかった。
ただまっすぐに俺の目を見て、目尻に涙を溜めるミカの姿に心奪われてしまっていた。
そして胸の中に溜まったものを吐き出すかのように、ミカは喋る。
「ずっと……言おうと思ってた……ちゃんと伝えたいって思ってた……今までの関係のままじゃ……いられないかもしれないけど……それでも、今のままは嫌……だから……!」
月夜の下でミカは俺に告げる。
「りょう君のことが……好き……です……! ずっとずっと……好き……でした!」
それは俺にとって初めての経験。
そしてきっと、ミカにとっても初めての――告白だった。
変わることのない日々を望んでいた俺。
変わることを望んでいたミカ。
心の底で薄々気付いていた想い。
いつかは来るんじゃないかと思っていた時がやってきたのだった。
俺なんかにそんなはずはない――そう思い込もうとしていた。
けれど気付いていたんだ。ミカのその想いに。
きっと――もう戻れない。
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