第38話 今度はユカと映画館デート

 問題です。同級生の女子から恋愛映画に誘われました。これはどういう意味を持っているのでしょうか。


 というのも今日の放課後、いつものようにミカとユカの二人を校門で待っていると、いきなりユカに映画に誘われたのだ。

 ミカと二人で見てこいよと断ろうとしたが、ミカは『恋愛映画はちょっと……。見てて……黒い感情湧きそう……』と露骨に嫌そうな顔をしていたので、俺がユカに付き添うこととなってしまった。


 普通に考えると、男女で恋愛映画を見るというのはそこに何かしらの意味がありそうなものである。

 もっとも、俺が暇そうだから誘われただけかも知れない。いやむしろそうに違いない。ミカに断られたから代わりに俺を選んだだけに決まってる。

 陰キャの自意識過剰を拗らせると後で痛い目を見る羽目になる。だから俺は変に期待しないことにしている。希望が落胆へと変わった時の落差は、想像以上につらいからな。


 そんな風に自分の頭の中で都合のいいように(むしろ悪いか?)解釈していると、ユカが映画館の受付から戻ってきた。


「ごめんね付き合わせちゃって。この前撮影でスタッフさんからチケット貰ってねー。期限が今週までだったから、せっかくなら見ておきたいなーって思ったんだ♪」


「別に構わないけど。どうせ家に帰ってもアニメ見るだけだし」


 嘘である。今日は買ったばかりの野球ゲームをやりまくると朝から決めていたのだ。

 ほぼ毎年出ているシリーズだが、今年のは追加要素が多くて楽しみにしていた。今頃家のゲーム機に自動ダウンロードされていることだろう。

 本当は家で朝までゲーム三昧の気分だったのだが、ユカから映画に誘われた以上こっちを優先してしまった。


 かたや学校一の美少女と一緒に映画館、かたや一人でゲーム。

 どちらを優先すべきかは明白だろう。


 それ以前に友達の誘いを断るのもどうかと思うし。

 中学の頃、そんなに仲の良くない同級生にぜっかく遊びに誘ってもらったのに『ごめん、今日親に早く帰ってこいって言われてて』とか適当に理由をでっち上げてたら、次第に誘われなくなった経験もある。

 友達の誘いというのは非常にありがたいものなのだと、今更になって痛感する次第である。


「入場案内までまだ時間あるねー。どうせならジュースとポップコーン買ってく?」


「映画館の飲食物って割高すぎて損した気分になるから嫌だ。あんなの近くのスーパーだと半額以下で売ってるじゃないか」


「あのねー……映画館には飲食物の持ち込みは禁止なんだよ?」


「もちろん分かってるよ。ただここで高い金出して買うくらいなら、後でスーパーで買ったほうが安く済むって言いたいんであってだな……」


「リョウ君……映画館の売上ってポップコーンやドリンクが大きく支えてるんだよー。別に高く付くことくらいみんな分かってるし」


「じゃあなんでみんな買ってるんだろうな。金持ちばっかだなぁ」


 社会人にもなるとたかだか数百円の違いなど気にしなくなるのだろうか。


 しかしユカはチッチッチと指を振って俺の言葉を否定する。


「みんな『映画館で食べるポップコーン』にお金を払ってるの。ここでしか味わえない雰囲気代的な?」


「雰囲気代……? なんじゃそりゃ」


「お祭りの屋台で売ってる焼きそばって高いけど、そこまで驚くような美味しさじゃないでしょ? でもお祭りの雰囲気を感じながら食べると、いつもと違う味に感じるよねー」


「ああ、そういうこと」


 要するに『何を食べるか』ではなく『どこで食べるか』に重点を置いているというわけか。

 分かったようなそうでもないような。なにせお祭りなんてここ数年行ってないしな……行く相手がいないとも言う。


「まぁユカは晩ごはんもあるし、ジュースだけにしておこっと」


「そこまで言ってポップコーン買わないんかい! いや俺も夜飯前にポップコーンで腹膨らませたくないけどさぁ」


「てへへ☆」




 売店に並んでようやくジュースが買えた頃には、俺たちが見る映画の入場が開始されていた。

 俺たちは一番でかい部屋に入り、チケットに記された席を探す。


「結構いい席だな。前過ぎず後ろ過ぎず丁度いい感じ」


「平日の夕方だからお客さん少なくてよかったね」


「ところでこの映画ってどんな内容なんだ? CMでよく見かけるからタイトルだけは知ってるけど」


「えっとねー……冴えない女子高生とイケメン男子の恋愛物語だったかなー」


「ふーん……」


 要は陰キャ女子と陽キャ男子のラブコメか。まぁよくあるパターンだな。

 俺がアニメ映画を見に行くと、高確率で一つくらいは予告にあるようなありきたりな映画だ。

 メイン客層は多分十代から二十代の女性ってところか。俺みたいな陰キャ男子はお断りな内容の予感がぷんぷんする。


「あ、始まるよ!」



 物語は主人公が学校一のイケメンの学生帳を拾うところから始まる。学生帳を届けた主人公はイケメンからお礼を言われ、その後もちょくちょくイケメンと出くわすようになり次第に恋に落ちていく。


 せ、説得力ねぇ~~~~!


 主人公は冴えない女子って嘘だろ! だってこの女優、今大人気の人だろ!

 十年に一人の逸材とかなんとか言われてて、バラエティやドラマに引っ張りだこだって聞いてるぞ。

 これでモテないとかあり得ないって。無理あるって。映画の世界の美的感覚狂ってるのを疑うレベルだわ。

 こんな子がいたら十人が十人美人だって答えるわ。それこそユカみたいに……。


「……………………」


 俺は横目でユカを見る。ユカは映画の内容に夢中になって俺の視線に気付いていない。


 なんていうか、やっぱり凄く美人だな……。


 主人公役の女優と同じ、綺麗だけど可愛らしさもあるタイプの美人だ。そう言えばどこか雰囲気が似てる気もする。

 それどころか、ユカはスクリーンに映っている女優にだって負けてないのではないか。そう思うのは俺の贔屓目だろうか。


 下手な芸能人よりもよっぽど可愛い。俺でさえそう思うんだ、きっとそうに違いない。


「……………………」


「…………リョウ君」


「おわっ! な、何……」


 いきなり首を90度回転してこっちを見てくるな。ビックリするだろうが。

 俺がユカの顔見てたのバレてないよな? 大丈夫だよな?


「リョウ君ってさぁ……ああいう女の子は好き……?」


 それは映画の主人公のことを言っているのかな。それとも演じている女優の方を言っているのだろうか。


「う~ん……」


 女優は確か広垣結鈴とか言ったっけ。愛称はユッキー、幅広い層に人気の今をときめく若手女優だ。

 去年の恋人にしたい芸能人で一位に輝いてたらしい。朝ドラでも主役を果たし、その人気はとどまるところを知らない。

 人柄もよくバラエティ慣れもしている。私生活も品行方正でまさに完璧美少女だと言えるだろう。


 ユッキーが好きかと問われればイエスと答えたいところだが、俺には一つだけ彼女を好きになれない理由がある。


 この人、俺の好きな漫画の実写映画に出まくってるんだよなぁ。

 しかも、どれもこれも原作を無視したアレな出来になってるという。


 いやユッキーは悪くないんだけどね。演じた本人には何の責任もない。だからユッキー自体は別に嫌いじゃない……。

 顔だって綺麗だし、どこかユカに近い雰囲気を感じるから、むしろ好みのタイプなんだ。

 でもオタク的には色々と複雑な感情を抱かずにはいられない。


 だから――


「好きでは、無いかなぁ……」


「……むー」


「ユカ、なんか怒ってる?」


「べっつにぃ……」


 ????

 なんでユカが怒ってるんだろう。別に嫌いとか、否定的なことを言ったわけでもないのに。

 ああそうか! ユカはきっとこの映画が気に入ってるんだな。だから俺が好きじゃないって言ったから怒ってしまったんだ。


 なるほど、女性が質問する時はマジレスが欲しいのではなく、同意が欲しいって噂は本当だったのか。ソースはネットだけども。


 今度似たような質問をされたらとりあえず同意しておこう。頭のメモ帳に書いて置かなければ。





「映画楽しかったねー!」


「お、おう……そうだな」


 全然面白さが分からなかったのだが、それを口に出すとまた拗ねてしまいそうだからやめておこう。


「主演の子、かわいかったねー」


「ん、まぁそうだね」


「リョウ君もあんな可愛い子を彼女に出来るように頑張らないとねー」


「いや俺は別にいいわ」


「え、なんで? ああいう彼女欲しくないのー?」


 彼女は欲しいけど、今出来たってどうせ自分自身のことで精一杯だからなぁ。

 彼女より先に自分の生活を充実させたい、切実に。


 まぁ最近は少しずつだが俺の日常も変わり始めているか。

 それもきっと、二人のおかげだろうな。だから別に彼女なんてすぐ欲しいとは思わない。


「今日みたいにユカと一緒にいるだけで、俺は十分楽しいからね」


「っ……そ、そうなんだー。ならリョウ君に彼女は必要なさそうですなー♪」


「おい待て、俺に彼女が必要ないって言いながらご機嫌になるな」


 さっきは拗ねていたのに、今度は急に嬉しそうになったりして。

 まったく、ユカの機嫌は天気みたいにコロコロ変わるなぁ。

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