第40話 ミカの弁当再び

『明日、お昼ごはん買わないでください』


 ミカからメッセージが来た瞬間、俺の中に一瞬緊張が走った。

 このメッセ、十中八九ミカが弁当を作ってくるということだろう。

 美少女から弁当を作ってもらえる。それはオタクにとって夢のようなシチュエーションだ。


 でもなぁ……。


「また解凍してない弁当食わされたりしないだろうな……」


 念の為胃薬を用意しておくか。ミカには非常に失礼ながら、俺は明日の昼飯に若干の恐怖を感じながらベッドに潜るのだった。



 ◆◆◆◆◆



「はい……りょう君。ミカが作ったお弁当……食べて……くれます……か?」


「あ、ありがとう! すっごく嬉しいよ!」


 赤面しながら弁当箱を差し出してくるミカを前にして、その気持を誰が無碍に出来ようか。

 俺なんかのために慣れない料理をしてくれたんだ。たとえ黒焦げの物体が出てきたって完食してみせるとも。

 覚悟を決めて弁当箱の蓋を開ける。そこには以前と同様に見栄えのいいおかずが敷き詰められていた。


「う、美味そうだな。これ全部ミカが作ったのか?」


「じ……実はお母さんに手伝ってもらった……。あ、でも……ミカも頑張った……よ!」


「そうなのか、頑張ったんだな」


「にゅふふ……」


 よかったぁぁぁぁ~~~~!

 ミカの母さんが手伝ってくれたんなら、前回のようなミスは無いはずだ。

 最低限普通に食える物が出てきてくれて、俺としても非常に助かる。


 しかしミカも手料理を作る様になったのか。前回は全部冷食だったことを思うと成長したんだなぁ。


「ねねっ……食べてみて……」


「おう、いただきます!」


 豚の生姜焼きらしきものを口に運ぶと、ガツンとした強烈な旨味に思わず唸ってしまう。

 そのまま白米に箸を伸ばすと、前回のようにブロック状に取れることもなく、勢いよく口にかき込む。


 この味付けは米が進むやつだ。男子が好きな弁当だ。いかん、箸が止まらない。


「美味い! めちゃくちゃ美味いよミカ!」


「ほんと……? やったぁ……」


「アスパラのベーコン巻きも好きなおかずだし、本当最高だよ。料理上手になったな」


「半分以上……お母さんがやったんだけどね……えへへ」


 それでも凄い上達してるよ。普段食べてるコンビニ弁当より数倍美味しい。

 ユカも料理上手だったけど、朝倉家はひょっとしたらみんなそうなのか?

 だとしたら羨ましい限りだ。毎日おいしい料理を食べれるなんて夢みたいだ。


「ん? この唐揚げ、なんか珍しい味してるな。普通の鶏肉とは少し変わった食感と言うか……」


「あ、それはね……すっぽんの唐揚げ……です」


「す、すっぽん?」


「お母さんに……男の子の元気が付く料理……聞いたら……すっぽんがいいって……。お母さんも……お父さんによく食べさせて……元気つけるって言ってた……」


 あの、ミカのお母さん? 元気が出るの意味履き違えてません?

 たぶんミカは夏バテ対策でスタミナ弁当を作りたかったんだと思うんですけど。

 な、なんか朝倉家の夫婦事情を垣間見たようで気不味くなるな……。


 まぁ気を取り直して他のおかずも食べてみよう。


「これはニラ玉か? ほのかな苦味と卵の旨味がマッチしてて美味しい」


「にらも元気が出るって聞いたから……その……野菜少なかったから入れてみた……」


「そこでにらを選ぶのが通だな」


 しかしどのおかずも本当に食べごたえがある。香ばしさが食欲を増進させて、ご飯が足りなくなる。

 これは確かに元気が出そうだ。夏は食欲が減って疲れも溜まりやすいから、こういう料理はありがたい。


「ふぅ。ごちそうさま。ありがとなミカ、本当に美味かった。お母さんにもお礼を言っといてくれ」


「お粗末さま……でした。りょう君……美味しそうに食べてくれるから……凄く嬉しい……」


「そりゃ、こんだけ美味い弁当出されたらそうなるさ。よーし、ミカの弁当のおかげで午後も頑張れそうだ!」


「うん……! ミカも……午後の授業……頑張る!」


 俺とミカは互いに拳をつき合い、午後に向けて気合を入れる。

 ミカの嬉しそうな顔も見れたし、気合入ってきた。つまらない世界史と化学の授業を乗り切ってやるぜ。



 ◆◆◆◆◆



「なぁ……なんか臭くねぇ?」


「すげぇニンニクの臭いするよな。ちょっと食べたくらいじゃ、こんなに臭わねえぞ」


「窓際から臭ってくるし、もしかしてあいつじゃね?」



 ミカ~~~~!!!! 

 あいつ、弁当のおかず全部にニンニク入れてたな! いくらスタミナ弁当って言っても限度があるぞ! 平日の真っ昼間に食うもんじゃねえ!

 自分でも分かるくらい口の中が臭えんだけど! マスクも持ってないし、誤魔化すことも出来ないぞ!

 というかマジでクサっ! 人間は自分の臭いには疎いって言うから、他のやつが感じる臭いはもっと酷いってことだよな……。


 こんなんじゃ授業もまともに受けられない。今俺が出来るのは呼吸を浅く保つことくらいだ。

 しかしその緊張感からか、全身から汗が吹き出してしまう。確かニンニクの臭いって汗からも出るんだよな。

 昼飯食ってから一時間程度で効果が出るかは分からないが、万が一臭った場合まずい。クラスの連中からますます白い目で見られてしまう。


 いや、既に臭いの原因として容疑者にロックオンされてるっぽいけど。



「――で、ヨーロッパは近代化をし始めたわけだ。ここで重要なのは……」


 くそ、今日の授業までは期末テストの範囲内だって言うのに授業に集中出来ねえ!


「くっ……!」


 全身が熱い。血の巡りがいつもより活発なのか、全身がポカポカしてくる。

 おまけに授業中だというのに体の一部が元気になってきた。すっぽんの効果すげえな!

 いや感心してる場合じゃない。とにかく今は平静を保たなければ。これじゃあまるで、俺がヨーロッパの近代化に興奮してる変態ではないか。

 オタクとして色々な性癖を受け入れてきたが、流石にそこまで守備範囲を広げた記憶はないぞ。


「うぐぅぅぅぅ……!」


 今回のミカの弁当は大丈夫だと思ったのに……!

 まさか美味さの代償にこんなハプニングが起こるとは……。


 とりあえずミカには母親にきちんと『元気が出る』のニュアンスを伝えてもらいたい。

 全身にあふれる活力に必死に抗いながら、そう願った。

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