第59話 ミカとユカと水着を買いに行きました

 ユカの一件が片付いて俺はここのところ滞っていたアニメ鑑賞をしていると、ユカから海へ誘われた。

 夏の海で美人の朝倉姉妹とひと夏の思い出を作る……普通なら味わえない経験に正直俺は迷いに迷った。

 だがここで俺が誘いに乗れば、俺の素肌を晒すことになってしまう。そう思うと若干気乗りがしなかった。


 男の俺が肌を見せるのを気にするなって? うるせぇ、陰キャの不健康な体舐めるなよ!

 筋トレもやってないし、その気になればソファから数十時間動かなくても平気な生活してるんだ。

 貧弱な肉体をわざわざ仲のいい女子に見せたいわけないだろ。


「それに最後に海行ったのって小学校の頃だったしなぁ……水着ないわ」


 小学校の頃、クラスの男子で海に行くということで奇跡的に俺も誘ってもらえたのが最後の記憶だ。

 中学の頃は夏休みはずっとゲームでそもそも外に出てないし、こうして考えると俺にとって夏休みって引きこもり期間みたいなもんだな。


「ミカとユカ……二人の水着は見たくないと言ったら嘘になる……! 全校男子の憧れの的、そんな二人の水着姿を直で見れるチャンスなんて一生に一度しかないかもしれない……! でもやっぱり俺の陰キャ貧弱ボディを見られるのは恥ずかしいから嫌だ!」


 大体男だけ水着で上半身をさらけ出すのってずるくない?

 この時期のソシャゲは水着ガチャを取り入れるから肌面積がどうのとか言うけど、男のほうがよっぽど肌色多いからな。

 別に見られて困るわけじゃないから隠してないだけで、男だって見せたくないやつは普通にいるんだよ。俺とかさ!


「とりあえず『水着ないから無理かも』って返信しとこ。二人には悪いけど、こればっかりはどうもな……」


「相変わらず独り言の癖は治ってないんだな亮。父さん聞きたくもないのに内容把握しちゃったぞ」


「あ、父さんいたんだ。母さんのところに行ってたんじゃないの?」


「萌えたんの部屋でたっぷり愛を語ってきたぞ~! やっぱり配信越しじゃなくて直に見る萌えたんは最高だな! 天上の妖精がこの世に降りてきた存在だ!」


「また言ってるよこのおっさん……」


 愛妻家と言えば聞こえはいいけど推しのアイドルに人生かけて追っかけしてるとも言えるから、息子としては複雑な心境だ。

 母さんなんか俺より先に父さんが帰ってくること知ってたらしいし、完全に二人だけの世界が出来上がってる感じですわ。

 あんな若作りのうわキツユーチューバーのどこがいいんだか。いや顔は未だに二十代……いやメイクによっては現役アイドル時代とほぼ変わらないくらいの化け物ではあるんだけど。

 きっとスパチャを貰うと若返るものの怪の類だぜあのおばさん。


 しかもこれで父さんのほうが年下だって言うんだからもう何も言えねぇ。

 進藤健次郎35歳、引退した地方アイドルに熱烈なプロポーズをして学生結婚した物凄い男だ。

 これくらいの熱意を持った人から俺みたいな陰キャが生まれてくるのが奇跡としか言いようがないよなぁ。


「ところでお前海に誘われてるのか? ここから行ける海って言ったら電車で結構かかるぞ」


「それは大丈夫、なんかあっちの父親が車出してくれるってさ」


「ふうん。それなら一度ご挨拶しておかないとな。大事な夏季休暇を娘たちの遊びのために車運転してくださるんだから」


「確かに……そう言えばミユさんとは会ったことあるけど、ミカたちの父さんってどんな人なんだろう」


「行く日付が決まったらちょっと連絡先教えてくれ。父さんもあちらの親御さんにお礼言っておきたいから」


「分かった……って、だから行くとは決めてないって!」


 そりゃ、俺だって本音を言えば二人と海に行きたいけどさ。

 やっぱり水着は恥ずかしいっつうか……。


 そんなことを考えながら俺はソシャゲの水着キャラをタッチして反応を楽しんでいた。

 するとユカから返信が来た。その内容は『じゃあみんなで水着を買いに行こうよ♪』というものだった。


 えっと……これもう行くの確定の流れっすかね?




 ◆◆◆◆◆




「というわけでいつものショッピングモールにやってきたよー!」


「何が『というわけで』なのかしらんけど、テンション高いなユカ」


「りょう君……今のはたぶん……バラエティとかでよくある……場面転換の演出を真似したんだと思う……よ」


 なるほど、テレビでよく見る『ジャンプして着地したら別のロケ地に移ってた』みたいなことをやりたかったのか。

 でもここまで普通に歩いてきたし、別にカメラも撮ってないのに誰に向けてやっているんだろう。

 まさか昨日の水着を買いに行くことが決まった時から、急にここまで時間が進んだわけでもあるまいし。


「今日はかっわいい水着を買いにきたからねー! そりゃテンションもバク上げってものだよー!」


「ふーん、ユカなら毎年海とか行ってそうだけどな。去年の水着とか着ないの? オシャレ上級者的には二年連続はナシとかあるのか?」


「きょ、去年の水着はえーっと……まあ色々あってねー……あは、あははは」


 ユカは笑って誤魔化しているが俺の目は誤魔化せないぞ。

 さては去年の水着が入らなくなったとか、そんな理由で新しい水着を買わなくちゃいけなくなったんだろう。

 太ってサイズが合わないとかユカがやらかすわけないし、おそらく理由は一つしかない……ずばり身長が伸びたんだな!


 中学生って背が一番伸びる時期だしな。まぁ仕方ないだろうさ。

 俺も中二の冬休みの間だけで身長7センチ伸びてビビったことあるし。


 ユカはスラッとしているし、一年でもスタイルが変わったりするだろう。


「あのね、太ったんじゃないからねっ! その、何ていうかえっとー」


「安心しろ。皆まで言うなユカ、俺はちゃんと分かってるから。(背が)大きくなったんだろ?」


「う、うん……(胸が)大きくなって、去年のは入らないかなって……って、女子に何言わせてるのー! リョウ君のえっち! 変態!」


「ええ!? 理不尽っ!」


 背が伸びたことを指摘しただけでセクハラ扱いなのか……。

 このご時世、言葉選びには気をつけないといけないな。


 あとさらっとえっちって言われたんだけど、俺に身長フェチとか巨女フェチとかないからね?

 身長差カップルとかそこまで興味ないし。そこだけは否定しておきたい。




「りょう君……今日はミカも水着買うことになるけど……わ、笑わないでね……」


「いや水着買うだけで笑うってどんな状況よ。年末の笑っちゃいけないバラエティか?」


「じ、実はミカ……小学校の頃に水着買ったのが最後で……学校の水着しか持ってないの……」


 ミカのスクール水着……思わず想像してしまう。

 ミカのキャラだと恥ずかしそうに旧スク水を着てそうだよな。ついでにニーハイとか穿いてくれてたらガチャ天井まで課金する自信がある。絶対売れるぞそれ。


 いや何想像してるんだよ! 流石にキモすぎだろうがっ!

 最近どこのゲームも水着ばっかりで頭がピンクになっちゃってるのかも知れない。

 大体うちの高校は水泳の授業は無いから、ミカのスク水姿なんて拝める日は来ないしさ。……若干残念だとか思ってないからな。


「だから……ミカが選ぶ水着……ダサいかもしれないけど……笑わないで……くれる?」


「笑うわけ無いだろ? ミカがどんな水着を着ようと馬鹿にするわけないだろ。それを言ったら俺だって最後に海行ったの小学校の頃だし、そん時の水着は学校指定のやつだぞ」


 ブーメランパンツよりはマシだけど、ボクサーパンツとほぼ同じ長さの水着を海水浴で穿いてたからな。

 小学生だから許されてたけど、今考えたらめちゃくちゃダサいわあれ。

 そう思うと、普通の男子が使う水着ってどんなものが多いんだろう。事前にリサーチしておくべきだったか。


「んふふ……同じ……だね。じゃあミカも……りょう君の水着がかっこ悪くても……笑わないからね……」


「そうしてくれると助かる。まぁいざとなったらユカに聞けばマシなデザインの水着を選んでもらえるだろ」


「ミカは今日……自分で水着……選ぶ……つもり……」


 ミカはいつもより気持ち5%くらい強い眼差しでそう宣言した。


「いっつもユカちゃんに……頼ってばっかりだけど、今回の水着は……ミカが選ぶ……!」


「そ、そうか。ミカがどんなのを着るのか楽しみだな……って、別に変な意味じゃないからな?」


「う、うん……。その……恥ずかしいけど……りょう君に可愛いって……思ってもらえるような水着……選びたいな」


「えっ……」


「じゃ、じゃあ行こっ……! ユカちゃんも先に行ってる……よ」


 俺はただ、ミカが小走りで水着売り場まで走っていくのを後ろから眺めていた。


 俺が可愛いと思う水着……? それって、ミカが俺の好みの水着を着たがってるってこと……だよな。

 それって……えっと……いや、考えすぎないようにしよう。今の俺は頭がピンクになっているから、自意識過剰で変なことを考えてしまうかもしれん。



 くそっ。あの時のミカの照れた表情、可愛すぎだろ……。

 手で口元を隠しながら言うとかさ……。やっぱりミカはオタク特効能力持ってるわ。

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