第33話 ユカが晩飯を作ってくれた

「もう6時か、そろそろ晩飯の準備でもするかな」


 準備とは言っても近場のスーパーで弁当を買ってくるだけなのだが、いかんせん料理のスキルがない俺にはこれしか選択肢がない。

 ユカから色々言われて自炊を試みたこともあったが、包丁で具材を切るだけでも一苦労した。

 どうやら俺に料理は向いていないらしい。これからも当分は出来合いのものを食べることとなりそうだ。


「今晩は何食おうかな~。ガッツリ系でラーメンとか、もしくは牛丼もありか。昨日の夜飯はカレーだったから、カレーは無しだな。被りは駄目だ」


 一人飯の醍醐味としては、その時食いたいものを食うのがベストだ。

 食は生きていく中でも重要な要素だからな。飽きが来ると途端に人生そのものまで色褪せてしまう。

 手作りカレーなら二日連続でも文句はないが、出来合いのものを買う場合は違うだろう。


 しばらく考えた後に、俺の心はラーメンを食いたいと叫んでいた。


「よし、ラーメンだ! がっつりこってりとした家系のラーメンにしよう!」


 今日の晩飯を決めて、財布を持って外に出ようとしたその時――スマホの着信が鳴った。


「このパターン、身に覚えがあるぞ……。まさかユカじゃあ無いだろうな?」


『もしもしーリョウ君ー? 今暇かなー』


「やっぱり。ユカは何なの、俺が出かけようとすると電話してくる能力でも持ってるの? エスパーなの? ニュータイプか何か?」


『リョウ君の言ってること難しいよー。専門用語ばっかりで訳わかんない』


 いかん、オタクの悪い癖が出てしまったか。

 オタクは自分にしか分からない単語を口早にまくし立てて相手を混乱させてしまうのだ。

 自分では上手いこと言ったつもりだけど、相手からしたら意味のわからないことを早口で言ってニチャアと笑うキモオタでしかないのに。


 陰キャオタクは自分が世界の中心だと思ってるからね仕方ないね。


「こほん……で今度は何の用だ?」


『あのねー、リョウ君晩ごはんもう食べちゃったー?』


「いやまだだが」


 というか今まさに食いに行こうとしてたところだ。

 誰かさんのせいで阻まれてしまったが。


 しかしユカは俺の心情とは逆に、安心した声を出すのだった。


『よかったー。じゃあユカがそっちに行くまでご飯食べないでいてね、絶対だからねー!』


「はい? それってどういう意味だ……通話切れてるし」


 いきなり電話してきて何なんだユカのやつ。

 あいつの口ぶり的に、まさか今からうちに来るのか? こんな日曜の夕方に陰キャ男子の家に何の用があるんだ。


 まさかユカのやつ、俺が晩飯を食えずにひもじい思いをしているのを見て、自分だけ美味しいものを食うつもりじゃないだろうな。

 他人の不幸は蜜の味って言うし、その可能性も1万分の1はあるかもしれん。




「おっまたせー! ごめんね、お腹すいてるー?」


「おかげさまで腹ペコだよ。ん? ユカ、その袋は何だよ」


「これー? えへへー何だと思うー?」


 こいつは俺のことを馬鹿にしてるのだろうか。そのビニール袋を見たら誰だって食材が入ってることくらい分かるわ。

 そうじゃなくて、何故俺の家に食材なんて持ってきてるのかと聞きたかったのだが。


「まさかユカが料理作ってくれる……なんて、あるわけないよな」


「当たり~♪ ユカがリョウ君のために晩ごはん作っちゃうよー」


「まじで!? いや嬉しいけどWhy? なぜ?」


「えへへ……最近ミカちゃんが料理漫画読んでてね、美味しそうな料理があったから作ってみたくなったんだー」


「とりあえずミカに料理漫画を読んだからって上達しないぞって伝えといてくれ」


 初心者ほど形から入るって言うけどまさにそれだ。

 まぁミカも料理に興味持ったのなら悪いことではないだろう。

 味見役はもう少し後になるまで遠慮したいけど……。



「台所借りるねー。リョウ君はテレビでも見て、ゆっくり待ってなよ」


「お、おう。任せる」


 ユカは手持ちのバッグからエプロンを取り出して身につける。そしてゴムでその長くて綺麗な髪をポニテにまとめた。

 いかにも料理しますよって感じの格好だ。雰囲気が出てていいな。

 まさか再びユカのポニテ姿を拝める日が来ようとは……。やはりポニテは最高だ。フレッシュ感がダンチだぜ。


「ふふっ♪ 似合うー?」


「ま、まあまあだな……」


「そっかー。リョウ君、ニヤけてるの隠せてないよー?」


「う、うるさいなぁ! じゃあ俺はテレビ見てるから、後はよろしく!」


「りょーかーい」


 おのれユカめ、俺がポニテ好きなのをいいことに好き勝手しやがって。

 陰キャは弱点を知られることを必要以上に恐れる性質なのを知らんのか。

 あんまりそのネタをやりすぎると、羞恥心で爆発するぞこっちは。


「ふんふーん、ふっふふ~ん♪」


「お、“レスマス”のOPだ」


「ミカちゃんがよく歌ってるから耳に残ってるんだー。なんか人気のアニメの主題歌なんでしょー? いい歌だよねー」


「そうなんだよ。レスマスは春アニメの中じゃトップクラスの出来だったからな。話は分かりやすく起承転結してるし、作画も綺麗で劇伴も凝ってるんだよな~」


「ふーん」


 あれ、さほど興味なさそうな反応。

 まぁユカはアニメに詳しくないし作画とか音楽って言われてもピンとこないか。

 しかし惜しいな、主題歌を知ってるのに本編を見てないなんて勿体ないにも程がある。

 あのアニメはそのうちオタクの必修科目に入れられてもおかしくないぞ。それくらい名作なんだ。


「なんか新鮮だねー。リョウ君のお家でユカが料理作るなんてさぁ」


「確かにな。先月までこんなことになるなんて予想もしてなかったよ」


「ねー。でもこうして台所に立ってみると、意外と違和感ないんだよねー。なんでだろうね?」


「そりゃうちの台所はろくに使われてないから、新品同然だからな。生活感が無いから逆に落ち着くんだろう」


「確かに、全然汚れてないよねー。ここだけまるで新居みたい」


 父さんがいた頃も料理はあまり作らなかったしなぁ。

 一応父さんの時間がある時には料理を作ったりもしてたけど、二人で出来合いの弁当でも買ったほうがマシだと、よく肩を落としたものだ。



 台所からはトントンと包丁がまな板を叩く小気味よい音が聞こえてくる。

 まるで普通の家庭のような雰囲気を感じる。両親が料理を作ってこなかった(母さんは料理出来るがそもそも家にいない)俺からすれば、感慨深いものがあるな。


 悪くない。いや、むしろ心地良いとさえ思えてくる。

 これが家庭の温かさというやつか。なるほど、リア充が夢中になるわけだ。


 しかしこのシチュエーション、中々に珍しいものがある。

 ラブコメアニメとかでよく見かけるが、現実に美少女が陰キャの家で料理するなどあり得るのか。


 こういう時、ラブコメ作品の主人公なんかはついつい変なことを言っちゃうんだよな。

 例えば――


「なんかこうしてると、夫婦みたいだよな」


 ――とか言っちゃったりして。


「な、な、な……何言い出すのリョウ君っ!? ユカとリョウ君が、その、夫婦だなんてー!?」


「あれ、俺声に出しちゃってた!? いや違うぞユカ、今のはつい思ったことをそのまま口に出してしまっただけで……!」


「思ったことを……って! それじゃあリョウ君はユカのこと、そんな風に思っちゃったってこと!?」


「くそ、喋ればしゃべるほどボロが出る……! とにかく今のは誤解だよ!」


「ふ、ふーん。そうなんだー。まぁユカは別に気にしなけどね……ふーん」


 何回同じ失敗を繰り返してるんだ俺は!

 また考えてることを口に出す癖が出ちまったよ。ユカがいると何故か、考えてることを喋ってしまうんだよなぁ。

 たぶんリア充オーラが俺に圧をかけてるのだろう。それで緊張して、つい口を滑らせてしまうんだ。

 つまりユカが美少女すぎるのが悪い。俺は悪くない。責任転嫁完了。



 その後はお互いに口数も少なくなってしまった。そりゃそうだろう。だっていきなりあんな事言われたらキモいもの。

 ユカも気にしないとは言ってくれたが、きっとキモいと思っているだろう。


 台所からいい匂いがしてくる頃には、時計の針は夜の七時を指していた。

 いい具合に腹も減ったところで、ユカが料理を更に盛り付けてテーブルに運ぶ。


「おまたせー! 遅くなってごめんねー」


「何を作ってるのかと思えばオムライスか。しかも半熟じゃないか、凄いなこれ」


 オムライスと聞けば一見簡単なようにも思えるけど侮るなかれ。

 半熟のオムライスは家庭で作るとなるとかなり難しいのだ。現に昔父さんが作ろうとして、スクランブルエッグ和えライスにになったことがある。


 半熟オムライスはいいぞ。卵のふわふわな食感と、中のケチャップライスがいい感じに調和して、満足度が高い。

 少なくとも進藤家では店で注文しないと食べれないし、見ただけでワクワクしてくる。


「漫画のレシピ通りに作ったけど、意外と簡単だったよ。さぁ、めしあがれ☆」


「相変わらずスキル高いな……。それじゃあいただきます……!」


 黄金に輝くオムライスにスプーンをいれると、一切の抵抗感無く割れる。

 おお、この感触……かなりの完成度だ。


「あむ……う、美味い! すごい美味しいよユカ! これ、本当にユカが作ったのか!?」


「むー! 失礼しちゃうなー。ユカが丹精込めて、ちゃんと作ったんだよー?」


「す、すまん……そんなつもりじゃないんだ。店で出てくるような味だったから、びっくりして……」


「えへへ。そんなに喜んでくれるなら、ユカも料理した甲斐があるよー」


 しかし本当に美味しいなこれ。思わず唸ってしまう味だ。

 さっきまではラーメンを食いたいと思っていたはずなのに、気付けば目の前のオムライスに夢中でがっついている。

 誰だよ家系ラーメンを食いたいとか言ってたやつは。俺の胃はオムライスを求めてたんだよ。

 そう思ってしまえる程に、ユカの作ったオムライスは美味しかった。


 俺がオムライスの味を楽しんでいると、いつの間にか皿が空になっていた。

 もう終わりなのか……と残念に思う気持ちと、最高の料理を食べた満足感が入り交じる不思議な感覚だった。


「ふふふ……♪」


 ユカがにっこりと微笑んで俺を見ていた。

 いつも言ってるけど、食うところを見られるのは恥ずかしいのだが……。


「あの、ごちそうさま。最高だったよ……」


「知ってるー。リョウ君すごく美味しそうに食べてるんだもん。ユカ嬉しくなっちゃった」


「正直こんなに美味い飯作ってくれるとは思わなかった。侮ってたわ……」


「ユカすごいでしょー」


「ああ、凄いよユカは……。あれ、そう言えば俺だけしか食ってなかったけどユカの分は?」


 このオムライスは一人前しかない。二人前作るのが難しかったのだろうか。


「ユカはママが晩ごはん用意してるから気にしなくていいのー。ユカはこの料理をいち早くリョウ君に食べてほしかっただけだからねー」


「そうか。なんか悪いな、俺なんかのために」


「作ってて楽しかったし、リョウ君の食べてる姿見て満足したから問題ナシ! あー来てよかったー!」


 まさかユカ、俺のためにわざわざ……。

 いや、きっと漫画で見たレシピを誰かに試したかったんだろう。

 そうじゃないと、俺のために材料を用意して家に来てまで料理する理由がない。


 あれ……? 作ってみるだけなら自分の家でやればいいのでは……?


 じゃあユカがここに来た理由って……。


「また気になるレシピがあったら、リョウ君に作ってあげるね♪ 期待して待っててね」


「あ、ああ……楽しみにしとく……」


 俺は深いことを考えるのをやめた。

 ぐるぐるとした頭に浮かんだのは、とりあえずユカに材料代くらい渡そうということと、ユカの笑顔は万病に効きそうだなと思ったことだった。

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