第57話 ユカへの返事をした
近所の公園へ行くとユカがブランコに乗って待っていた。
高校生にもなってブランコに乗るなんて……と普通なら思うかも知れないが、ユカだと不思議と絵になる。
やはり美少女は何をやらせても様になるからずるい。
「お待たせ。悪いな、急に呼び出したりして」
「ホントだよー。ユカ、これからお昼ごはんだったのにママに無理言って出てきたんだからねー」
「そっか。そりゃ悪い事しちゃったな」
正午を過ぎて日差しも強くなっているからか、ユカは帽子をかぶっていた。
黒を基調としたデザインに英語で文字が書いているものだが、ユカが被るとそれだけでもファッションとして成り立っているように見えてしまう。
ユカはブランコから飛び降りて俺の元へやってくる。
そして俺の顔を覗き込んでから、いつもより落ち着いた声で聞いてきた。
「それで……話って?」
「この前の……東京に行くことになるかも知れないってことについてなんだけど……」
「うん……」
「俺、この前はユカが相談してくれたのに何も答えられなくってさ。本当にダサいよな、友達が大事な話を相談してくれたのに何も言えなくって」
「仕方ないよ。ユカもいきなりだったかなって思ったし」
「ユカの話を聞いた時、正直驚いてさ。なんて言えばいいのか分かんなくて、この数日間ずっと考えてたんだ。俺はユカになんて言えばいいのか」
「ふーん。そんなにユカのこと考えてくれてたんだー」
ニヤリと笑うユカの顔を見て調子を崩しそうになるが、これから真剣な話をしなければいけないんだ。
ここでいつもみたいにユカのペースに乗せられて、話の方向を見失うわけにはいかない。
俺は咳払いをして、改めてユカに向き直る。
「俺、ユカがいなくなったらたぶん寂しくなると思う。いや、絶対そうなる。だからユカには東京に行って欲しくない。俺と、俺やミカともっとずっと友達でいたい」
「それは……ユカもそう思ってるよ。でもユカ、モデルになって今以上にもっと色々なことにチャレンジしてみたいって気持ちもあるの。だから……」
「それでも……俺はユカと一緒にいたい。俺にとってこの二ヶ月以上続いた日々は今までで一番楽しくて、一番充実した毎日だったよ。まぁ楽しいことだけじゃなくて、色々あったけど……それを差し引いても俺にとって最高に楽しい日々だった」
陰キャの俺には勿体ないくらい幸せな日々、こんな日常がずっと続けばいいのになと思うくらい夢のような時間だった。
それが無くなると思うと、辛くて耐えられない。もちろんいつまでも三人でいられるわけじゃない。
人生は出会いと別れの繰り返しだ。この関係もいつかは終わってしまうだろう。
けど、少なくとも今じゃない。俺はもっと三人で楽しい毎日を過ごしたい。
陰キャオタクが抱えるにしては大きすぎる願望だって分かってる。
でも、陰キャが友達ともっと一緒にいたいという夢を持っちゃいけないのか?
そんな決まりはないはずだ。大事な友達と、せっかく繋いだ絆を失いたくないと思うことくらい、俺でも許されるはずだ。
「ありがとうリョウ君……。リョウ君からそう言ってもらえてユカ嬉しいよ……。本音を言うと、ユカももっとリョウ君やミカちゃんと一緒にいたいって思ってる。だから、モデルになるのは……諦めたほうがいいのかな」
ユカは嬉しいと口にしながらも、その表情には未練が残っていた。
当たり前だ。普通の人生を過ごしていると掴めない、大きなチャンスが目の前にあるのに、それを諦めようとしているんだから。
俺の気持ちを打ち明けることでユカがこうなることは予想できていた。
だからこそ、俺はどうすればいいか悩んでいたのだから。
つまりここからが本題だ。ユカと、朝倉姉妹との日常を捨てずにモデルになることも諦めることのない選択肢。
それを掲示することこそ、友人である俺が出来る助言なのだから。
「いや、ユカはモデルになるべきだよ。ユカ程の子なんてそうそういないんだからさ」
「ええ!? でもリョウ君、東京に行ってほしくないって言ったじゃん!」
驚きと困惑の声を顕にするユカ。当然だろう。俺の言ってることはまるで矛盾しているんだから。
だから俺はユカに提案……いやお願いをする。図々しくて情けない、陰キャ男子としてユカに頼み込むのだ。
「ユカ! モデルになるのは大学生になるまで待ってくれ! 頼む!」
「そ、それは……でもデビューするなら若い内からの方がいいからってスカウトしてくれた人も言ってたし……」
「ユカなら大学生からでも絶対に人気になる! たった三年程度で他の女子に遅れを取るわけがない! 俺が保証する!」
学校一の美少女朝倉ユカ、文武両道才色兼備、天は二物を与えるどころか三物も四物も与えてしまった奇跡の逸材。
そんな彼女がたかが三年デビューが遅れたところでそこらのモデルに負けるわけがない。
今まで二次元にしか恋をしたことがない俺でさえ、頻繁に心が揺らぐほどの魅力を持っているのだ。自信を持って断言できる。
ユカは少し考えた後、まだ迷っている感じだった。
「でもそれって結局、高校三年間は友達でいようねってだけでしょー? 卒業したらハイさよなら、モデル頑張ってねーって言ってるようなもんじゃないかなー」
「もちろん分かってる。俺だってそんな薄情なことを言うつもりなんてない」
俺の今までの経験から、在学中は交流があったのに卒業後はまるで存在を忘れたかのように交流が途切れることなんて多々ある。
これは俺が陰キャだからというのもあるが、きっと誰だってそうなんだと思う。
新しい環境に放り込まれたことで、目まぐるしく過ぎる日々に必死で、昔の友人にまで気をかけることが出来ないこともあるだろう。
クラスのリア充たちだって、きっと卒業後はそれぞれ新しい友人を作って楽しく過ごすはずだ。
だけど、俺は朝倉姉妹との絆をその程度の浅い絆で終わらせたくない。
俺が一方的に思ってるだけかも知れないけど、彼女たちとは高校卒業後も交流を続けたい。それくらい、俺にとって大事な友人になっていた。
「だから……」
口の中が乾くのを感じる。これから言おうとしてることがいかにおこがましいことか、理解しているつもりだ。
でも、俺にとってそれが最善の選択だと思った。それが理想だと願ってしまった。
だからユカに伝えよう。俺の出した、ユカへの答えを。
「俺も卒業したら東京に行く」
「そ、それってリョウ君が東京の大学受験するってこと!?」
「あ、ああ……。うちの父さんさ、東京に単身赴任してて……。話を聞いたら今の俺の成績だと通える大学がそこそこありそうなんだよ。どんな学科に入りたいかとか、全然考えてないけど……」
「じゃあ卒業しても、リョウ君と会えるって思って……いいの?」
「せ、成績を落とさないよう頑張れば……だけど」
高校一年の一学期の成績だけではまだ進学先を決めるには判断材料が少ないからな。
これから文理選択とか、進級してからも今の成績をキープできたら……って仮定の話だ。
ちなみに父さんからは『行くなら国公立限定な』と言われている。調べてみたらマジで勉強を頑張らないと行けないレベルの大学ばかりだった。
母さんがやばいくらい稼いでるくせにケチくさい親だぜ。育ててもらってる立場からしたら文句は言えないが。
「だからさ……。もしよかったら、ユカは卒業後東京でモデルやって、俺と……もちろんミカも一緒に東京に行けたらいいなって思ってる……俺、もっと二人と一緒にいたいんだ」
最後に俺は少しだけ語気を弱めながら、ほとんど囁くくらいの声で告げた。
「二人とも……大事な友達だから」
ユカは俺の回答に納得したのだろうか。それとも不満を持っているのだろうか。
後ろを向いて地面につま先をトントンと蹴っているばかりで返事がない。
ひょっとしたら呆れてものも言えない状態だったりしないだろうな。いや、その可能性は十分あり得る。
俺なんかと卒業後も関係を保つなんて、普通の女子ならノーと即答するだろうし。
だがもしユカも俺のことを大事な友達だと感じてくれているのなら、少しでもいい。なにか反応がほしい。
黙ったままではどうすればいいのか分からない。だって陰キャだもの。
この沈黙の時間が俺にとってはひたすらに苦痛だ。背汗がびっしょり湧いてくるぜ。
数秒か数十秒か、はたまた数分だろうか。そんなに時間は経っていないはずだが、俺の体感時間では物凄く長く感じられた。
ユカはようやくつま先で地面を蹴るのを止めて、くるりとこちらに振り返った。
その表情は子供のような笑顔で、今までのユカの綺麗な笑顔とはまた違う表情だ。
「はーあ。しょうがない、事務所の人にはお断りの連絡しなきゃねー」
「じゃ、じゃあ……!」
「うん、これからもよろしくねリョウ君!」
どうやらユカは俺の提案を受け入れてくれたみたいだ。
俺は小さくガッツポーズをして、嬉しさのあまり目尻に涙を浮かべてしまう。
人間関係で泣きそうになるなんてかつての俺からしたら信じられない。
それほどまでに俺にとって朝倉姉妹は大きな存在になっていたらしい。
帰り際、途中までユカと一緒の道を歩いていると徐々にユカの歩幅が小さくなっていることに気付く。
足をくじいたのか? そう思い振り返ろうとしたら、後ろから何かに飛びつかれた。
「うおっ!? な、なんだ? NINJAか!?」
「ねぇリョウ君」
「ユ、ユカっ? 何やってんだよいきなり!」
ユカの艷やかな声が耳元で囁かれる。ミカの声もいいが、ユカの声もまた耳に残る心地の良い声だ。思わず脳みそが震えそうになる。
というかこの状況、もしかして後ろから抱きつかれてる!?
背中に伝わるこの感触ってもしかして……いやきっと勘違いだ。あまり変な想像はしないでおこう。
じゃないとただでさえびっくりして鼓動を早めた心臓が、更に早くなって破裂してしまう。
ユカはいたずらに俺の耳に息を吹きかけて、俺の反応を見てクスクスと笑った後、いつもの――久々に聞くような気もする声で俺に呟いた。
「ユカにあれだけのことを言ったんだから、ちゃーんと責任とってよね♪」
背中からユカの感触が消えたから振り返ると、ユカはちょっぴり頬を朱色に染めて照れくさそうに舌を出して笑っていた。
俺はひょっとしたら、大変な選択をしたのかも知れないな……。
それでも決して後悔はしていない。だって、ユカのこの笑顔を見れたんだから。
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