第89話 ギャルの奴隷になるのはご褒美ですか?
めでたくギャルこと松山楓の手下になった私進藤亮は、その後も度々ギャルと接触して普段の金髪の素行を報告するという大役を仰せつかることとなった。
今現在、こうして金髪と体育のペアを組み、情報収集に躍起になっている姿はさぞ滑稽なことだろう。
いや本当に、何やってんだろうな俺。
「でさ~俺としては金髪のウィッグもいいけど、体育祭ってことで活発な黒髪ポニテもいいと思うんだけどさ~」
「それってもしかして俺の女装のこと言ってる? いやしないからね?」
「とか言いつつ本当は~?」
「いやそのノリいらないから。だいたいお前のせいでただでさえ面倒なことになってるのに、これ以上面倒を増やさんでくれ……」
「おおん? 面倒って何がだよ」
この状況そのものに決まってるだろうが。何で俺が金髪とペアを組まなきゃならんのだ。
見てみろ、周りの男子も物珍しさに興味津々でこっちを見てるじゃないか。
そりゃクラス一の陽キャとクラス一の陰キャがつるんでるんだから、不思議に思われるのも仕方ないのだが。
最近俺と金髪が一緒にいることが多くなったせいで、クラスのやつらに不審に思われてるんだよな。
そのおかげで陰キャいじりとかも一学期に比べたら減ったし、いい面もあるっちゃあるのだが。
これじゃまるで俺が長いものには巻かれろ精神で行動してるみたいで、ちょっと不服だ。
誰が好き好んで金髪と一緒にいるかよ。こいつ、人の女装を心底楽しみにしてるようなやつだぞ。
「そういえば、今日の帰りのホームルームで体育祭の参加種目を決めるらしいぜ。お前何に出るか決めた?」
「とりあえずは……綱引きあたりを選ぶつもり。無難だし」
「おいおい、そこはチアリーダーって言うところだぞ? それともサプライズで参加して俺を驚かそうって算段か?」
「んなわけないだろ。お前にサプライズ仕掛ける理由がないわ!」
金髪はちぇ~と残念そうに地面を蹴る。全く、こいつの執念も厄介なもんだ。
だが大丈夫だろう。なにせ俺がチアを選ぶなんてあり得ないことなんだから。
今日の放課後を乗り切れば平穏な体育祭が俺を待っている。
「このまま何事もなけりゃいいけど……」
しかし、俺の願望は簡単に打ち砕かれることとなるのだった。
◆◆◆◆◆
「ねぇ、あんた何回言えば分かるわけぇ? 直がどの競技に出るかちゃんと聞いたの?」
「うるせえな、ちゃんと調べてるっての……。でもあいつ、頼まれたらどの競技にも参加するって言って、本命を言わねぇんだもの」
「じゃあせめてダンスに出るかどうかくらい、聞いてこいっての! ったく、これだから陰キャは……」
「わーったって! ホームルームで金髪がどの競技を選んだか、逐一LIMEで報告するから!」
くそ……何故俺がこんな女にへーこらしなきゃならんのだ……。あの写真さえなければこんなギャルと関わりを持つこともなかったのに。
「ほら、そっちも体育大変だったろ。これ俺のおごりだから飲めよ」
俺はご機嫌取り……もとい、気を利かせて自販機で買っておいたスポーツドリンクをギャルに渡す。
ギャルは意外に思ったのか、受け取ったスポドリを見てぽかんとしていた。
「どーした? 飲まないなら俺が飲むぞ」
「あ、いや別に……。はい、120円」
「おごりっつったのに……」
「あんたに借りを作るのが嫌なだけ。それともいらないの?」
「はぁ……」
こいつ、ギャルの癖に変なところで律儀なんだよなぁ。まぁ俺も貰えるものは病気以外もらう質だからいいけど。
それに元々俺の金だしな。払った分の金額が戻ってきたと思えば、まぁ……。
このジュース、150円なんだけどな……。それを言い出せない陰キャの心の弱さよ。
「じゃあ、あんたは放課後にLIMEでうちに情報を流すこと。いい?」
「分かったよ。まぁせいぜいお前も頑張れ。応援してるからさ」
「……そう」
金髪がギャルとくっついてくれたら、俺との関わりも薄くなるだろうし、こっちとしても万々歳よ。
むしろ早く実現してくれ。そして俺に関わらないでくれ。
つーか、こいつ俺に色々命令するくせに自分ではあまり動かないんだよなぁ。
意外と奥手なのか? まさかリアルのギャルに限ってそんな訳無いか。
◆◆◆◆◆
「ねぇリョウ君聞いてるのー?」
「あぁ……? えっと、何の話だっけ」
「ほ、放課後……体育祭でどの競技に出るか……決めるでしょ? どれにするか……決めた……?」
「ああそうだっけ。すまん、ちょっと考え事してた」
「最近リョウ君上の空ばっかり! もしかしてユカたちの知らないところで、何かしてるのー?」
うっ鋭い……。ユカはこういうことに関しては勘がいいからなぁ。ユカと付き合うやつはきっと浮気なんて出来やしないだろうな。
もっともユカほどの美少女と付き合えて、浮気するやつの気が知れないけど。
その点俺は安心安全だ。なにせ陰キャが浮気なんて出来るわけないからな。そもそも彼女さえいないんだし。
うん、自分で言ってて悲しくなってきたからこれ以上自虐ネタはやめておこう。
「ユカとミカは何に出るか決めたのか?」
「うん! ユカはクラス選抜リレーとチア、あと友達が選んだのをいくつか」
「ミカは……玉入れ……」
「だからうちの体育祭に玉入れは無いって。現実逃避は駄目だぞミカ」
「あぅぅ……」
そういえばこの前、ミカが言ってたダンスの件。あれってどこまで本気なんだろう。
もしかしてあの約束って今も有効なのか? だとしたら俺も男女混合のダンスに参加表明したほうがいいんだろうか。
でもそうしたら他のやつらに『あいつ陰キャのくせにイキってる』とか思われないだろうか。
ううん、不安だ……。
「ほ、本当は……綱引きと……お、応援合戦と……それと……」
「……っ!」
ミカが今、ちらりと俺の方を見た気がした。意味深な言葉とその視線は、もしかするとダンスの件のことを言っているのだろうか。
「ミカちゃん、応援合戦って大声出して自分のチームを応援するんだよー? 喉枯れない? 大丈夫かなー」
「い、いつもと違うことに……チャレンジしてみようかなって……思って。その……ミカも頑張りたい……から……」
「そっかー! うん、頑張ってね! ミカちゃんに応援されたらユカ、どの競技でも一位取れそう!」
「俺たち全員チーム違うけどな」
ミカに聞けなかった。『頑張りたいって、なんで?』と。
それを聞いたら後には引けない気がして。これも俺の逃げなんだろうか。
俺も……この体育祭で一歩前に進まなきゃいけない……。なんとなく、そう思ってしまった。
どこに……何のために……そんなこと、全然分からないけど。
◆◆◆◆◆
「はい、ではこれで参加種目決定しまーす。全員、最低一つ参加してますかー」
「オッケーでーす!」
「問題なしだよ」
放課後、クラス委員と担任が取り仕切って種目決めが行われた。
俺は結局、綱引きだけに参加することとなった。一つだけとはなんて消極的なやつだと思われるかも知れない。
だが、全員参加の競技もあるし、俺みたいな陰キャからしたらこれくらいでちょうどいいのだ。
「っと、松山にLIME送らねーと」
ええと、金髪が参加する種目は……クラス選抜リレー、障害物競走、綱引き、騎馬戦、応援合戦、棒倒し……って多すぎだろ!?
これに加えて学年競技や全校生徒の競技にも出るんだろ? どんだけ体力に自身があるんだ。化け物かこいつ。
「おい進藤~。なーんでチアに挙手しなかったんだよぉ~」
「うるせぇ、この空気で言い出せるわけあるか。ほい、送信」
ギャルにLIMEを送ると、すぐに既読がついた。そして『ごくろう』と返信が来た。こいつ……何様のつもりだ。
「誰にLIME送ったんだぁ~? あ、もしかして彼女か」
「違うわ。つーかいないわ。誰でもいいだろ、詮索するな」
「あれ、てっきり朝倉さんと付き合ってると思ってたけど違ったん? お前ら随分と仲良さそうなのにおっくれってる~」
「お前と違ってこっちはプラトニックな関係なの。男女の友情築いてるんだよ」
「えぇ~そりゃないっしょ~! 男女間で友情なんてナイナイ。男と女がいればそこには愛が芽生えるもんよ!」
「クサイことを平気で言うなぁ……さすがモテ男」
「おう、なんせ俺は愛の伝道師だからな!」
その愛の伝道師様が熱中してる相手が、女装野郎なのはいいんですかねぇ。
こいつのことだ、愛に性別は関係ないとかのたまいそうだ。……そこまで堕ちてなければいいんだが。
こいつは女装した俺の見た目が好みなだけで、俺に興味はないって言ってたもんな。頼む、ギャルとくっつくことでまともな性癖に戻ってくれ。
最近金髪との距離が近くなってきて、身の危険を感じているんだ。こんなのホラーだよもう。
俺が天に祈りを捧げていると、担任が思い出したかのように喋り始めた。
「あー、いい忘れてたんだがここには書いてない競技が一つあってな。閉会式後に男女でペアを組んでダンスをするんだが、これは希望者のみ参加出来るぞ。他のクラスの子とペアを組む人も多いから、参加するかしないかは当日自分たちで決めてくれ」
「はーい」
「えーマジィ? あたしどうしよっかなー」
「私は氷川くんとペア組んじゃおうかしら……」
なるほど、黒板にダンスが書かれていないからどうしたのかと思ったけどそういうことか。
ダンスは後夜祭みたいなもんで、やるかやらないかは当人たちで決めてくれというスタンスなわけだ。
ということは、ミカと一緒に踊るとなれば当日声をかけなければならないわけだ。これはちょっと恥ずかしいんじゃないか?
「おい進藤! これだよ、ダンスの時にお前がこっそり女装して俺とペアを組めば最高じゃね!?」
「最低だよ! お前は適当にそこら辺の女子と組んでろよ。引く手あまただろ、ほら六組の松山とか」
さり気なくギャルのアピールも欠かさない。もしかして、俺ってステマの才能があるんじゃなかろうか。
「楓ぇ~? ダンスとかそんな柄じゃないっしょ~。そっかぁ、進藤がペア組んでくれねぇなら誰と組もっかな~」
あらら残念。どうやら金髪からするとギャルはお眼鏡に適わないらしい。
面倒だけどLIMEで報告しておくか。『金髪、ダンスの相手いないってさ。お前のこと勧めたけどスルーされたわw』と書いて、送信!
お、もう返信が来た。ええと……『なんとかしろ』って、そこは自分で行けよ! 俺は出来る限りのことはしたぞ!
ギャルのくせに躊躇してどうする。そこはガバッといってグイっとやらんかい!
「……お、今度は別のやつからメッセージだ。ミカかな、それともユカか?」
LIMEを見てみると、ミカとユカ。それぞれ個人のチャット欄にメッセージが着ていた。
開いてみると、その内容に俺は絶句せざるを得なかった。
その内容とは……
『体育祭、終わったらミカとダンス……踊ってください』
『リョウ君、もしよかったら体育祭でユカと最後にダンスしようぜ! なんちゃって……♪』
これは……今から風邪の準備をしても許される展開では?
間違いなく、絶対に。今年の体育祭は大変なことになる。そう確信するほど、俺の胃はキリキリと痛くなるのだった。
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