第8話 双子の姉が家に遊びにきた
「うぅ……」
俺はスマホの画面を見て唸っていた。
画面にはLIMEのアプリが表示されている。ミカに『日曜日空いてるけど、どうだ?』というメッセージを書いたはいいものの、送信出来ずにいた。
これ、本当に送っていいのか? 女子とLIMEするって初めてなんだけど、絵文字とか使った方がいいのか?
文字だけだと冷たい感じがして嫌がられたりするかもしれない。だが絵文字を使ったら、それはそれで舞い上がってるみたいで気持ち悪いと思われそうだ。
くそ、こういう時に女子との会話経験の無さが響いてくる。メッセージひとつ送るのにどんだけ迷ってるんだよ俺。
「ええい、もう送ってしまえ!」
やってしまった……! これでもう後戻り出来ないぞ……。
送信を押した後、スマホをベッドに投げ出す。もし既読スルーされたらどうしよう。きっと俺の心は間違いなく粉砕するだろう。
俺が頭を抱えて悩んでいると、スマホからピコンと通知音が鳴った。
「き、来た。返信見るのが怖いな……」
中学の友達だとこんなにドキドキしないのだが、どうしてかミカ相手だと緊張してしまう。
女子とLIMEをしたことないのもあるが、やはりあいつが可愛いって理由が大きい。
恐る恐るスマホを開く。
「ええと……」
ミカから『分かりました。午後一時とかどうですか?』という返事が来ていた。
俺は『オッケー。肝心の場所だけど、どこにする?』と返信した。
再びミカから『うちはその日はちょっと……。りょう君のおうちでもいいですか?』という返事。
りょう君……女子に名前で呼ばれたのは初めてかもしれない。そういえばこの前、ユカから名前で呼ぶねと言われたっけ。
自分の名前なのに、ミカの『りょう君』という文字を見ると妙にこそばゆい。亮なんてありふれた名前なのに、まるで特別な名前のように感じる。
「……って、俺んちに来るのか!? それはまずくないか流石に」
何がまずいかというと、女子が一人暮らしの男子の家に来ること。そして俺の部屋の散らかり具合が酷いことだ。漫画は床に置かれたままで、洗濯物もたたまずに棚の上に置きっぱなしにしてしまっている。
こんなところに女子を招き入れることなんて出来ない。
「や、やばい! 明後日までに部屋を綺麗にしないと! あ、その前にミカに返事しなきゃいけなかった!」
こうして俺は金曜の夜に、一人で大騒ぎしながら部屋の片付けを始めるのだった。
◆◆◆◆◆
日曜の昼過ぎ、俺はそわそわしてリビングでテレビを見ていた。ミカから『意外と近所なんで、一人で行けます』とメッセージをもらい、もうすぐ着くと言われて早10分。
テスト開始前のような緊張感に襲われ、テーブルを指でトントン叩くくらいに焦っていた。
そんな中、ピンポーンとインターホンが鳴る。俺は走って玄関まで向かい、扉を開けた。
「こ、こんにちは……」
「い、いらっしゃい……ミカ」
「こ、これ……つまらないものですが……どうじょ!」
また噛んでる……。ミカの姿を見たら何だか緊張感も吹っ飛んでしまったな。
ミカはどうやらお茶菓子を持ってきてくれたようだ。綺麗にラッピングされた紙箱が、値段の高さを感じさせる。
「悪いな、気を利かせたみたいで。さ、入ってくれ」
「お、おじゃましましゅ……!」
おぉ……俺んちに女子が来るなんて。何だか感動してきた。
「俺んちまで迷わなかったか?」
「う、うん。りょう君の家……うちから5分もかからないから……」
「え、そんなに近かったの? ご近所さんだったのか……」
「そ、そうだね……すごい偶然……だよね」
朝倉姉妹と家が近いなんて、学校の男子には絶対知られるわけにはいかないな。バレたら夜道で襲われるかもしれん。
「も、もしかしたら、今までミカと会ったことあったりしてな」
「うん……そうだね……」
「は、はは。じゃ、じゃあ早速アニメ見るか! 何のブルーレイを持ってきたんだ?」
「えっと、ね……こ、これ……」
ミカが取り出したのはアニメ業界をテーマにした作品、その劇場版のブルーレイだった。
「あーこれ映画見てなかったんだよなぁ。受験生だったし、映画館に行けなくてさ」
「ミカは……映画館で……三回見た……。入場特典……コンプ……! 大変だった……」
「すごい気合い入ってるな……。それでブルーレイも買ったってことは、かなり面白いのか?」
「最高……! 特に映画作りの場面……仲間が集結して……!」
「待て待て! それ以上はネタバレだって!」
今から見る映画の内容を言うやつがあるか。ただでさえ当時見に行けなかった作品で、結構楽しみにしてるのに。
「あぅ……ごめんなさい……」
「別に怒ってないって。そうだ、せっかくならミカに貰ったお菓子食べながら見るか?」
「いい……の?」
「これ日持ちしないやつだろ? 一人暮らしだし、食べきれないで傷んじゃうより、二人で食べた方がいいじゃん」
「ひ……日持ち。そ、そこまで……考えて……なかった……。あぅ……」
ミカはお茶菓子の選択を誤ったとでも思ってしまったのか、しょんぼりとしてしまった。
これは俺の言い方が悪かったかもしれん。フォローしないと。
「俺このお菓子大好きなんだ。餡子を贅沢に使ってて、甘くて最高だよな。ミカ、ありがとな」
「そ、そう……? りょう君が……喜んで……くれるなら……にゅふふ」
俺はお茶を二人分淹れてテーブルに置く。
「よし、そろそろアニメ見るか。テレビ版すごい面白かったし、劇場版楽しみだなぁ」
「んふふ……絶対……楽しんでもらえる……よ」
部屋を暗くして、ソファに二人並んで座ってアニメを見ていた。
肩が触れそうな距離、ミカの甘い香りに嫌でも女子と同じ空間にいることを意識する。
いやいや、相手は大事な友達だぞ。変な目で見るなんて失礼だろ!
「はぅ~……やっぱり……何回見ても……面白い」
画面は感動の終盤を迎えていた。ううむ、主人公が仲間を説得して困難に立ち向かうシーンは見ていて胸が熱くなるな。
「いいな、このシーン……!」
「だ、だよね……!」
興奮して互いに顔を見合わせる。
「っ……」
ミカの大きな瞳、その綺麗な光に思わず言葉を失う。
テレビから音声が流れているが、顔を動かすことが出来ない。
本当に綺麗な眼だ。まるで宝石みたいだ……宝石をちゃんと見たことはないけど。
「……あ、すまん」
我に返り、ミカから顔を逸らす。危ない危ない、変な雰囲気になるところだった。
「う……ううん……大丈夫……」
どことなく気まずい流れになってしまった。気付けば映画はスタッフロールが流れていた。
「いやぁ~面白かったな。マジ最高だった!」
「うん……このアニメ……本当に大好き」
「テレビ版から更にスケールアップした感じがいいよな。王道だけど、意外性もあってさ」
ミカのおかげで気になってたアニメを見ることが出来た。一部アクシデントもあったけど、こうして鑑賞会を開いたのは正解だったかもな。
そういえばアニメについて誰かと語り合うのは中学校以来かもしれない。高校だとあんまり趣味の合うやつがいないから、中々オタク趣味の話が出来ないんだよなぁ。
陰キャ仲間もそれぞれ趣味が違ったり、そもそもオタクじゃないやつもいるし。俺とミカの趣味が似ているのは幸運だった。
「ミカ……今までアニメは一人で見たから……誰かと一緒に見れて……よかった」
「映画も一人で見てたのか? ユカと一緒に行ったりとかは……」
「ユカちゃん……アニメは詳しくないから……。お金も勿体ないし……」
「そっか……」
姉妹でも趣味が全然違うんだな。この前のアニメショップにはユカもついてきてたけど、映画館ってなると話は変わるもんな。
それに興味の無いアニメを何話も見せるのは気が引けるだろうし。同じオタクだから分かるぞその気持ち。
中学の友達にお勧めのアニメ教えても、趣味が合わなくて切られた時はつらかった。いや、朝倉姉妹の話とはまた違うケースか?
「映画館……本当は行きたく……ない。人……いっぱいで……ちょっと……怖い」
「うん……」
「受付で……アニメのタイトルとか……言う時……不安。オタクだって……思われてそうで……」
ミカは人見知りなところがあるから、きっと人の目が気になってしまうんだろう。
俺もアニメショップで買い物する時、レジの店員にどう思われるだろうかと不安になる。
きっと、ミカも似たような気持ちを感じているんだ。ただ、俺よりちょっとだけ怖がりなだけで。
「ならさ、今度映画館に行く時は一緒に行こう。友達と一緒なら怖くないだろ?」
「いいの……?」
「ミカがよければだけど。俺だってアニメの映画見に行く時、一人だと恥ずかしいしね。二人ならそういうのも気にならないよ、たぶん」
「そ……そっか……」
まあ本音を言うと俺もいい加減ぼっち飯とかぼっち映画館とか、寂しく感じていたしな。
あまりにぼっち行動が増えすぎて、最近だと恥ずかしさよりそっちの方が強くなってきたくらいだ。
でも、もしミカと一緒なら楽しそうだ。もちろん、同じ趣味の友達と遊べるからって意味で。
ミカは俺の目を見ながら、控えめに笑って言った。
「にゅふふ……約束だよ……」
「ああ、約束な」
その後、映画について感想を言い合い、更にはテレビ版の思い出も語っていると外は暗くなり始めていた。
帰りは送っていこうかと言うと、ミカは大丈夫だと言って帰っていった。
こうして初めてのアニメ鑑賞会は無事に終わったのだった。
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