第35話 授業をサボってミカに会いに行った
「あっついなぁ……」
7月になって、いよいよ暑さも本格的になってきた。今年は梅雨も短かったから、いつの間にか夏到来といった感じだ。
梅雨の間はミカから、こまめに風呂やトイレの掃除を心がけるよう言われていた。
あの時期は放っておくと一日でカビが生えるから、本当に大変だった。
おかげでどうにか我が家は黒カビまみれにならずに梅雨を乗り切ることが出来たわけだが、ミカには感謝してもし切れないな。
それにしても、本当に暑い。窓際の席というのが災いして、直射日光がガンガンに降り注いでいる。
カーテンを閉めようにも、クラスメイトから風通りが悪くなるからやめろと怒られてそれも叶わない。
他の窓際の席に座っているやつらはカーテンを閉めているのに、何故俺だけ……。これも
「やべ……マジで溶けそうだ……」
本当なら7月になれば冷房を入れてもらえるはずだったのだが、節約のためかそれとも全クラスが同時に使うとブレーカーが落ちてしまうのか、冷房を入れても十分かそこらで電源が切れてしまう。
そんな短い時間じゃ教室は冷え切らないため、結局冷房を使うのは諦めてこうやって窓を開けているのだ。
聞いていた話と違うぞちくしょう! これじゃあ冷房が無いも同然じゃないか!
公立校だから金に余裕がないのか知らないけど、せめて扇風機は一台だけってケチるのやめろや!
どう考えても教室の広さと扇風機の風が届く範囲が釣り合ってないだろうが!
「おい進藤! ちゃんと授業聞いてるのか!」
「聞いてますよ、ただ暑さでうなだれてるだけです……」
「暑いのはみんな同じだ、自分だけキツイなんて言うんじゃない!」
はぁ? ふざけてるのかこの教師は。誰がどう見たって俺が一番暑いってーの。直射日光浴びてるの俺だけだぞ。
ええい、もう耐えられん。カーテンを閉めてやる。教室の空気が悪くなろうがしったことか。このままだと俺が死んでしまうわ。
そう思い、俺がカーテンに手をかけると、隣の机から『チッ』と舌打ちが鳴る。
ちらりと見るとサッカー部のやつが俺にガンを飛ばして来ていた。
「おい進藤、お前何勝手にカーテン閉めようとしてんだよ」
「…………」
うるせえ、下敷きによる太陽の反射光でもくらえ。
「うっ眩しいっ……! おい進藤やめろやそれ」
「ん、何が? 俺なにかしちゃいました?」
「っ!」
陰キャは口で反論しても負けそうだから、こうやって地味な抵抗をするしか無いのだ。
しかも偶然を装うことで言い逃れの余地を残しておく。俺も中々生き汚い人間になってしまったものだ。
その後もサッカー部の脅しに屈せずにカーテンを閉めようとしたが、グラウンドにミカの姿が見えたため、カーテンを掴んでいる手が止まる。
「ミカのクラス……この時期にソフトボールかよ。大丈夫かあいつ……」
防止をかぶっているから少しは熱中症対策にはなっているだろうが、心配だな……。
「ばっちこーい!」
「朝倉さん、ガンガン打っていこうー!」
「ひぅ……ボール……早い……」
ミカがおどおどした様子でバッターボックスに立っているのが見える。
あんなに頼りなさそうなバッターも中々見ないぞ。球を見た瞬間腰が引けてるもの。
本人には悪いけど凡打になる結果が目に見えるな。頑張れミカ、俺は同じ陰キャとして応援してるぞ。
「ストライク! アウト!」
「あぅぅぅ……」
どんまいミカ。応援はしてるけ現実は非情である。
悲しいことにチェンジの後、ミカはクラスメイトと交代してしまったようだ。
落ち込んでいるミカの背中が煤けて見えるぜ。
ベンチに座っているミカは誰とも会話せず、一人で地面を見ていた。
つらい……つらすぎる……。とてもじゃないけど見ていられない。
「進藤! お前本当に授業聞いてるのか!」
教師に余所見しているのがバレてしまい、再び怒られる。
しかし丁度いいタイミングだ。いっそのこと、このまま授業を抜け出してミカに声かけに行くか。
「すみません先生、ちょっと体調悪いので保健室行っていいですか……」
「む……そうか、熱中症かもしれんな。しっかり休んでこい」
「はい……サーセン」
熱中症を疑うんなら最初からもっと優しくしてくれよ。まったく困った教師だ。
こんな暑さで授業なんか受けていられるか。このままサボっちまえ。
俺は教室を抜け出して運動場へ向かう。ベンチの近くまで行くと、ミカは未だに地面を見下ろしていた。
「……ん♪ 蟻さん……ぴょこぴょこ……♪」
「ミカ……?」
「ひゃう……! りょ、りょう君……どうしてここに……?」
「お前まさか、ずっと蟻を見てたのか……?」
落ち込んでうなだれていると思っていたのに、単に蟻の観察をしてただけ……?
高校生にもなってそれはどうなんだミカ。いや蟻の観察を仕事にしている大人もいるかもしれんが。
三振して交代させられた後にやるにしては、随分と能天気だな。肝がでかいとも言える。
「もしかして……ミカが蟻さんを眺めてるの……見てた……?」
「まぁ、はい……ばっちりと」
「あぅぅ……恥ずかしい……!」
恥ずかしがるならもっと周りの目気にしたほうがいいぞ? とツッコミたかったけど、誰もこっちを見ていないので問題なかったりする。
俺とミカの影が薄いことが功を奏して奇行を見られずに済むとは、何とも皮肉なものである。
これっぽっちも嬉しくないなぁ……。
「りょ、りょう君……授業はどうしたの……? 一組は体育じゃ……ないよね……」
「まぁ色々あって抜け出してきた。あ、一応言っておくけど教師にはちゃんと許可は貰ってるからな」
更に一言付け加えると、保健室に行く許可は貰っただけだが。
まぁそんなことはどうでもいいだろう。本当に体調が悪くなりそうだったから、こうして日陰で休むのは効果があるだろうし。外だっていうのに俺の席より断然涼しいし。
「んで、暇だからミカの様子見に来たんだよ。さっきの打席は残念だったな」
「うぅ……ミカ……一回もバット振らなくて終わっちゃった……三球三振……今日は最悪……」
「そういう日もあるって。俺だってさっきまで最悪な気分だったけど、今は気分がいいぜ」
なにせわからず屋の教師や陰湿なリア充どもの圧から開放されたからな。
こうして俺が日陰で涼んでいる中、あいつらは蒸し暑い教室でクソ真面目に授業を受けていると思うとスッとする。
こんな事思ってるから陰キャになっちゃうんだろうけどなぁ。
「ミカも出番が終わって暇だろ? どうせなら俺と今期のアニメについて語らないか」
アニメの話題を出すとミカは顔色を変える。それまでの疲れた表情から、一気に楽しそうな表情へと様変わりする。
「夏アニメ……! 今晩から……放送始まるね……! ミカはやっぱり……『陰陽退戦』が楽しみ……人気の原作だし……」
「陰陽退戦か、あれも“魔殺”と同じで、週刊少年漫画で今トップクラスの人気だよなぁ。アニメも有名所が作るし楽しみだわ」
「そう……! アニメ会社のZENNRAは……すごく丁寧な仕事をするから……!」
「ここ数年で一気に有名になったよな。今から四巻の名シーンがどう再現されるかワクワクするぜ」
アニメ会社でアニメの出来が決まるわけじゃないけど、有名所はちゃんとした実績があるから期待してしまうのも仕方あるまい。
事実、今の段階で発表されているPVは高クオリティなものばかりだ。今から放送日が待ち遠しい。
「俺は『私を彼女にしないなら他のヒロインを〆ます』に注目してるかなぁ。あれから原作読んだけど、思ってたより面白くてさ」
「アニメショップで買ったラノベ……だよね……。あれ、そんなに面白いんだ……」
「最初は爽やかなラブコメだったんだけど、話が進むにつれてドロドロな恋愛模様に変わっていくんだよ。それでメインヒロインが怖いのに可愛いから不思議なんだよなぁ。あれを映像化したらどうなるのか興味がある」
「ミカ……怖いのはちょっと……」
「大丈夫だって。あくまでラブコメ作品だから、ホラーとかじゃないよ。ヒロインが全員重いだけだから」
「それならちょっと興味ある……かも? ミカ、ガチじゃないならヤンデレも……好き……」
ほう、中々懐が深いですなミカさん。女子でヤンデレヒロイン好きって珍しい気がするぞ。
いや俺も他にオタク仲間の女子がいるわけじゃないから、正確な統計とか分からんけど。
「夏アニメ……楽しみだね……」
「ああ、なにせ俺ら陰キャにとって夏アニメが唯一の癒やしだからな」
「陰キャの夏は……虚無……」
「言うな、悲しくなる」
アニメのキャラような充実した夏休みを送れると夢見ていた時期が、俺にもありました。
陰キャの夏なんて実際は毎日家でゲームするか、ゲーセンに行くくらいしかやることがない。
そのせいで小学生の頃は父さんに『友達と出かける予定とかないのか』って聞かれて黙り込んでしまうことがよくあった。
ここ数年はそんなことすら聞かれなくなったから、父さんも息子の友人関係を把握してしまったらしい。悲しいね……。
そんな風に昔のことを思い出して一人ダメージを受けていたが、ミカは俺の方を見ながら微笑んで言う。
「いつも夏休みは……ユカちゃんとしか遊ばなかったけど……。今年はりょう君もいるから……少しわくわくして……ます」
「お、おう」
それはもしかして、夏休みもミカたちと会えるという解釈でよろしいか。
いやマジか。今でこそ毎日会話しているけど、夏休みになったらぱったり会わなくなって、二学期になると疎遠になる可能性もちょっぴり考えてたのに。
ミカの方からそんな風に言ってくれるなんて、嬉しい限りだ。
胸の中に感じるかつて無い期待感を表に出さないように努めつつ、俺もミカに言う。
「俺も、今年はミカたちと楽しい夏を過ごしたいなって、思ってる……」
「……うん! 楽しみ……だね!」
それにしても今日は本当に暑い。日陰にいるというのに、俺は自分の顔が熱っぽくなってしまっているのを感じた。
これじゃあ授業サボった意味がなくなっちゃうなと思ったが、何故だろう、この熱っぽさを大事にしたいと感じる俺なのであった。
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