第63話 海で遊んでいたらミカに抱きつかれた
「そーれ! ミカちゃんの浮き輪揺らしちゃうぞー!」
「ひゃあ~……! ユカちゃんダメ~……! このままじゃ……海に落ちちゃう……りょう君助けて……」
「はっはっは。浮き輪の上に座ってのんびりしてるなんて、いたずらしてくださいと言ってるようなもんじゃないか」
俺はユカと組んでミカの乗っている浮き輪をくるくると回す。
ミカは抵抗するべくもなく、遊園地のコーヒーカップに乗っているかのようにぐるぐると回転している。
しばらく笑った後に手を止めると、目を回しながらミカが迫真の顔で呟いた。
「全員敵……ここは戦場……? 真夏の海戦が開戦しようとしてる……!」
「かいせんって言えばここの近くに海鮮丼が美味しいお店あるんだってー」
「へぇ、行ってみたいなぁ。でも海に来たんなら海の家でチープな食い物を食べたい気もする」
「あーわかるー! 焼きそばとかホットドッグなんてどこでも食べれるものなのにねー」
以前ユカが言っていた『何を食べるかじゃなくどこで食べるかが大事』ってことなんだろうな。
雰囲気込みの味とでも言おうか。まぁ海の家で本格的な料理出されても困るんだけどさ。
食った後も遊ぶことを考えたらあれくらいの料理が丁度いいのかもな。
浮き輪に乗っかったままミカがのんびりとあくびをする。
まだ昼前だから日差しもそこまで強くないし、海の水が冷たいから体感温度的にはかなり過ごしやすい。
ミカが眠くなってしまうのも仕方ない。でもそのまま寝たらひっくり返って溺れるだろうから絶対やっちゃ駄目だぞミカ。
「あふぅ……ぽかぽか……気持ちいい……すぅぅ……」
「ミカちゃん! 眠っちゃダメだよ! 眠ったら死んじゃうよー!」
「雪山の探検隊かよ! いやでもマジで危ないから寝ないほうがいいと思うぞ。パラソルの下でちょっと休むか?」
「うーん……そうしようかな……ミカ……数十分だけ仮眠……」
「ほら、浮き輪から降りてー。そのままじゃ岸まで戻れないよミカちゃんー」
「うう……むにゃあ……」
ミカは既に眠りにつき始めてしまったみたいだ。さすがにこのままというわけにはかないので、俺がミカを浜辺まで連れていくことになった。
「じゃ、よろしくねー!」
「まったく、しょうがないなぁ……」
ミカの浮き輪を押しながら岸まで戻っている途中、少し強い波がきてそのしぶきがミカの顔にかかってしまった。
寝ているところに水がかかってしまったもんだから、ミカは慌てて目を覚ます。
まさに寝耳に水だな、いや寝顔なんですけどね。
「けほっけほっ……うぇぇ……海水ちょっと飲んじゃった……塩辛い……」
「大丈夫かー? 結構ガッツリ顔にかかってたぞ」
「うう……りょう君……ふわふわな気分から……一気に萎えちゃった……」
「海の上で浮き輪に乗りながら寝ようとするからだよ。ほら、康介さんのところに行って休みなよ」
「うん……ちょっと休んだら……またそっち行くね……」
今日ミカが泳いでるところを見てないのだが、果たして一人でさっきのところまで来れるのだろうか。
まさか俺らと合流しようとして浮き輪に乗って流される、なんてオチは無いだろうし自力で泳いでこれると信じたい。
浮き輪があれば大丈夫だろう。きっと。たぶん。もしかしたら。いややっぱり心配かもしれん……。
「俺らももうちょっと浅瀬のところに移動するか。そしたらミカも後で俺たちを見つけやすくなるだろ?」
「そうしてくれると……助かります……」
「泳ぎが苦手なミカにさっきの場所まで来させるのは酷だもんな。とはいえ浅瀬で何が出来るかなぁ」
「確か……ビーチボール持ってきてたから……みんなでやろう……?」
「そうするか。まぁ俺らは運動音痴だからトス回しくらいしか出来ないだろうけど。あ、いっそのこと水中ボール鬼ごっこでもするか?」
「いいね……! 楽しそう……!」
「普通のより断然疲れそうだけどね。まあ海での遊び方なんてごまんとあるんだ。後で考えればいいよ。とりあえずミカが一休みしてからな」
「うん……あぅっ!」
俺たちが話しながら浅瀬の方へと向かっていると、また波が押し寄せてきた。
その勢いで俺は浮き輪から手を離してしまい、ミカは浮き輪から落ちてしまった。
「あぅ……おぼ、おぼれちゃう……!」
「ミカ!」
ミカは突然海に落ちたことで完全に取り乱してしまい、手足をバタバタと動かしてもがいている。
いくら足がつく深さの場所とはいえ、浮き輪に乗った状態からいきなり海に落ちれば慌てるのも当然だ。
俺は急いで水中にいるミカを抱きかかえる。
「けほっ……はぁぁ……しぬかとおもった……りょう君、ありがとう……」
「俺こそすまん。つい浮き輪から手を離したりして……。大丈夫か? 海水飲んじゃったりしてないか?」
「う、うん……りょう君がすぐに助けてくれたから……」
「そりゃミカが苦しそうだったんだもん。すぐ駆けつけるに決まってるじゃんか」
自分でも言うのも何だが、今の俺の行動の早さはいつもの数倍は早かったと思う。
たぶんライフセーバーの人より早い自信があるわ。
「次から浮き輪に乗るの禁止な。今みたいに突然波がくることもあるし、浮き輪は普通に使った方がいいよ」
「そうだね……ミカ、楽しようと……ちょっと横着してたみたい……」
「でもミカに何もなくてよかったよ。ほんと、浮き輪から落ちたのを見た瞬間心臓が凍ったかと思ったわ」
「ごめんね……心配……かけちゃって……。せっかくの海水浴なのに……」
申し訳無さそうな表情をしているミカの顔を見て、俺は頭をガシガシと撫でる。
髪は海水で濡れているはずなのに、絹のようになめらかな感触のままだった。
「バカだなぁ。大事にならなかったんだから謝らなくていいよ。次から気をつければいいんだからさ」
「うん……ところで……りょう君……その……あぅ」
「ん? どうしたミカ? やっぱりどこか体調でも悪いのか?」
ミカの顔がいつもよりほんのり赤く染まっている。
ひょっとして海水を飲んでむせちゃったのか? それとももしや熱中症?
どちらにしても普通の状態じゃないぞ!? どうしちゃったんだミカ!?
「あの……ね。さっきからミカたち……ずっと……くっついてるから……恥ずかしい……です」
「え……あっ! わ、悪い!」
ミカを水中から救い出す時にミカの全身を抱き上げて、そのまま話し込んでしまっていた。
つまり俺たちは今、ゼロ距離で抱き合ってるような状態だ。しかも水着姿でだ。
いつもより布の面積が少ないせいでお互いの肌の感触を直に感じてしまうことに、今更ながらに気付いてしまった。
ミカのやわらかい腕とか、すべすべなお腹とか、ひょっとしたらユカより大きいんじゃないかと感じる胸の感触とか……そんなことを意識してしまう。
「ち、違うからな! これはわざとじゃなくて……事故! 文字通り事故だったから! お願いします訴えないでください何でもしますから!」
「別に怒ってない……よ? ただ、ミカの心臓の音……聞かれちゃったら恥ずかしいから……はうぅ……」
「えっと、その……もう少しで岸までつくし、行くか」
その後俺たちは無言で康介さんの待つパラソルに帰っていった。
赤面して喋らない俺たちを見て康介さんは何かを察したのか、『夏って怖いよね』とやたら実感のこもった言葉を俺にくれた。
本当に夏の魔力ってすごい。さっきのミカの体の感触を思い出して、強く感じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます