第64話 海で泳いでたらユカに壁ドンした
ミカをビーチパラソルの下に敷いたビニールシートに寝かせて、再び海に潜る。
ユカがいた場所まで泳いでいくと、何故だか知らんが岩陰に身を潜めていたユカを見つけたので声をかけた。
「おーいユカー」
「リョウ君、しーっ……!」
「ん? どうした?」
「あそこっ……ほら見て……!」
ユカは声を殺しながら、別の方向を指差す。その指差す方へ目を向けるとなんと金髪とその他リア充男子どもがいた。
「氷川ー! どっちが早いか競争しようぜー!」
「ばか、誰が海水浴にきてガチで泳ぐんだよ。はぁ~朝倉さんと来たかったんだけどなぁ~」
どうしてあいつらがここに!? そうか、俺らの住む町から行ける海っていったらここしか無いもんな。
でも俺らが海水浴に来る同日に金髪たちも来てるなんて、間が悪いにもほどがあるだろ!
こんなところでユカが見つかりでもしたら、あいつらは今日一日ずっとユカを付け回すに決まってる。こりゃユカが姿を隠していたのにも納得だ。
しかしそれにしても本当に間が悪いよな。
よりによって今日来なくてもいいじゃないか。これじゃあせっかくの海水浴が一気にステルスミッションに早変わりだ。
「ど、どうしようリョウ君……。ユカが見つかっちゃったら絶対面倒なことになっちゃう……!」
「おまけに俺と一緒のところを見られたらまた変な噂が立つし、かなりやばいぞこの状況……。とりあえずこの岩場に隠れてやり過ごすしか無いか……」
「でもここにいてもミカちゃんが戻ってきちゃうし、どのみち見つかっちゃうよ……!」
「それは大丈夫、ミカには浅瀬の方で合流しようって言っておいたから……。でもこのままだとミカとも合流出来ないし、泳いで移動するか?」
この岩場を逆周りしていけば遠回りにはなるけど岸にはたどり着けるはずだ。
でもそうなると結構距離があるから、果たして俺の体力が保つかどうか……。
保たない気がするな……俺体育の成績2だし。水泳得意じゃないし。
「はぁーちょっと疲れたわ。俺そこの岩場でちょっと休む」
「おいおい氷川、体力無さ過ぎじゃね?」
「うるせぇ、お前らみたいな体力バカの運動部と一緒にすんなよ」
げっ! 金髪のやつ、こっちに来やがった!
確かにここには座れるような岩もあるし、休むのには適しているけど……!
隠れるのに最適だったはずが逆に大ピンチになってしまったじゃないか。
「ど、どどどうしよう……! 氷川君にユカと一緒にいるとこ見られたら、リョウ君がまたクラスでいじめられちゃうよー……!」
「いじめられてない! ハブられているだけだ! っていうかユカは人の心配するなら自分の心配をだな……。いや今はそんな事言ってる場合じゃないか……!」
「そうだよ、早く向こうに泳いで逃げようよー……!」
「いや、もう間に合わない……。仮に今から泳いでもその姿を見られてバレる可能性のほうが高いよ……」
「じゃあこのままユカとリョウ君が一緒にいるところを見られちゃってもいいの?」
「それは出来れば避けたいけど……こうなったら最終手段しかない」
「最終手段……?」
この手だけは使いたくなかったが今はそうも言ってられない。
やるしかない、作戦アルファを発令するぞ! ごめん、今のは言ってみたかっただけ。
最終手段、それはつまり俺とユカが一緒のところを発見されても、それが俺たち本人だと認識されなければいいという奥の手だ。
つまりそこら辺の一般人と相手に思わせればいい。そしてその方法はひとつ。
カップルがいちゃついている場面を見せて、金髪を気まずくさせるというものだ!
だがこれにはリスクも伴う。それは作戦を実行する俺が、メチャクチャ恥ずかしい思いをするということだ。
でもそんな甘えは許されない。時間は刻一刻と迫っている。俺は覚悟を決めて作戦アルファを実行することにした。
「ごめんユカ、今からするのはあくまで“ふり”だから……」
「え? リョウ君何言って……ふぁっ!?」
俺は岩を背にしたユカを目の前にして、岩に向かって右手を突き出した。
そして出来るだけユカに体を寄せてユカの姿を隠し、ユカの水に濡れて潤いのある唇に向けて顔を近づけた。
「あーだりぃ……うわっ」
後ろから金髪の声がする。距離にしてほんの数メートル、おそらく俺の後ろからこの光景を見ていることだろう。
しかし今の俺は髪が濡れて普段とは少し髪型も変わっているし、何より俺の上半身なんて金髪は見たことがないだろう。
後ろ姿だけで俺だと認識するには難しいはずだ。
これがもし親しい者同士だったら一瞬でバレるかも知れないが、普段の俺の影の薄さが功を奏してくれることを祈るしかない。
偶然カップルのキスシーン(のふり)を目撃して、そのまま居座ることが出来る人間なんてそうはいないはずだ。
このまま元の場所に戻れ金髪! 頼む! もう俺も限界なんです、主に理性とか男子の心的なアレが!
「…………っ」
「…………」
以前掃除用具入れのロッカーに隠れた時もこうやってユカと密着したことがあった。
しかし前回以上にお互いの体を寄せ合い、顔なんてほんの数ミリ程度の距離まで近づいている。
正直自分の唇がちゃんとユカの唇と触れ合っていないと確信を持てない。目の前にはユカの大きな瞳だけしか映っていない。
俺の痩せた胸板にユカの健康的な胸が当たり、心臓の鼓動がドクンドクンとうるさく感じてしまう。
もはや自分の鼓動かユカの鼓動なのか分からないほど、俺たちは肌と肌をくっつけていた。
「早く…………早く…………」
「…………っ」
ユカの大きな瞳を見つめていると、ふと緊張している自分の顔が写り込んでいることに気付いてしまう。
こんな状況だから仕方ないとはいえ、なんて顔をしているんだよ俺は。試験終了5分前みたいな顔してるじゃん。
本当ならユカとここまで顔を近づける状況なら、もっと嬉しそうな顔をしているべきなんだろうが、残念ながらそれは俺の役ではない。
俺はあくまで“ふり”をしているだけなんだから。
数秒か、それとも数十秒か。
後ろから水を切る音がして、それが遠のいていくのを感じた。
どうやら金髪は帰っていったようだ。とりあえずは危機一髪って感じだったな。
「あれ、氷川休むんじゃなかったん」
「いや、なんかカップルがキスしてたわ。マジ気不味いっていうか、こんな場所でやんなよって感じだよな~」
「マジィ! どんな感じだった? エロいキスしてた!?」
「バカ、そこまでマジマジと見ねえよ」
「はぁ……なんとかなったな……。ごめんなユカ、ちょっと強引だったけど許してくれ」
「っ……」
「あの、ユカ?」
「ふぅあっ!? あ、うんよかったー! リョウ君のおかげで見つからなくってー。でもリョウ君、ああいうことは事前に説明してくれないとダメだよー!」
「それは……おっしゃるとおりですはい」
ユカはもう……と溜息をついて俺の口に指を当てて、そして小さな声でこう言った。
「一瞬本当にキスしちゃうかもって思っちゃったんだから……」
気のせいじゃなければ、その顔は決して嫌そうな表情ではなく、少し残念そうな……期待していたような表情に見えた。
ユカが俺からのキスを期待するなんてあるわけないから、俺の見間違いに違いないだろうけど……。
ユカはそのまま俺から背を向けて先頭を泳ぎ始めた
「さぁて、今のうちに岸に戻ろっか」
「あ、ああ。そうだな」
前を泳ぐユカに置いていかれないように泳いでいると、ユカが小さな声で何かを呟いた。
「ちょっと残念だったかも……なんてね♪」
その言葉は水を切る音で聞こえなかったけど、上機嫌そうに呟いていたことだけは分かった。
こうして俺とユカは最大のピンチを乗り切ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます