第51話 ミカとお泊り②
風呂から上がるとミカがソファに座って誰かと通話していた。
「うん、うん……だ、大丈夫だよ。別に変なこととか……ないし……。お父さん……心配しすぎ……。わかった、お母さんにも……よろしくね……おやすみ」
「親から連絡きてたのか? ミカが父親と会話してるの初めて聞いたな。ミカたちの父さんってどんな人なんだ?」
「えっとね……優しくておとなしくて、でも時々怒ったりする人……だよ。お母さんと凄く仲がいい……」
「ミユさんが猛烈にアタックかけたんだよな。ひょっとして父さんも美形なのか?」
「うーん……どうなのかなぁ。自分の親の顔って……見慣れてるから……かっこいいのかどうかわからないかも」
ユカ曰くミユさんが学生時代から数年かけてアプローチをかけて、ようやく父親側が折れたと聞いた。
それほどミユさんに執着されるということは余程のイケメンかと思ったのだが、ミカの話だけではよく分からないな。
「それよりりょう君……アニメの続き……早く早く……!」
「じゃあグフドムの続きを見ようか」
時計は夜の11時を回っていた。現在グフドムは29話まで鑑賞している。
残り14話、だいたい7時間くらいはかかる計算だ。
「有名な場面とか増えてくるから眠らないように頑張ろうな」
「まかせて……! 徹夜はオタクの標準スキル……!」
そう、オタクは深夜アニメをリアルタイムで見たり、ついついゲームをやりすぎて普通に深夜まで起きることが出来る生き物なのだ。
でもそのせいで社会人になった時、入眠障害を患って仕事に支障をきたす人もいるらしいからオタク同士のみんなは気をつけて欲しい。
『た、たった5分で13機のダムを撃墜しただと……!』
「ここらへんから主人公が能力に目覚めていくんだよ」
「相手が動く先に攻撃を仕掛けるなんて……予知能力みたい……」
「感覚が鋭くなるとか言われてるけど、続編だと完全に超能力者になってたりするんだよ。そこらへんの解釈は賛否両論って感じかな」
俺は画面映えしてかっこよければ何でも良いんだけど、古参ファンの皆様は違うらしい。
まぁ俺はグフドムシリーズは好きな作品の一つってだけだから、作品に対する思い入れの差があるってことだろう。
シリーズが多い作品はファン同士でも派閥があるから怖いよな。まぁシリーズとは言ってもそれぞれ別個の作品だから好き嫌いが分かれるのも仕方のない話ではある。
「元々は一般人だった主人公が……どんどん戦いに慣れていくのが……かっこいいけどつらいね」
「だよなぁ。何話か前にも親と再会するシーンがあったけど、主人公はすっかり軍人のメンタルになっちゃってたし」
「少しやさぐれてる様に見えるけど……誰も理解者がいないんだね……」
そう、主人公の気持ちに共感してくれる人間が周りにいないのがまた悲しい。
そしてようやく主人公と気持ちが通じ合う女性が現れるのだが、ネタバレになるからミカには言うまい。
『すまないな、私は見ての通り軍の人間だ。君はこの町の人かな?』
『こいつ……間違いない……。ウコン色の機体に乗っていたやつだ……!』
「うぅ……ついに主人公とライバルが顔を合わせたね……。でもここだと……ライバルは主人公の正体に気付いてないんだ……」
「ここで横にいる女の子が後々重要になってくるから、要注意な」
その後、主人公と敵の女の子が戦場で戦うも、その中で二人の心が通じていく。
しかしライバルが割り込んできて、そのせいで主人公が女の子を殺めてしまった。
「そ、そんな……せっかく主人公にとって……大切な人が出来たと思ったのに……」
「主人公とライバル、双方にとって大事な人を失ってしまったわけだよ。この出来事が続編にも関わってくるんだ」
そして物語はいよいよクライマックス、敵の宇宙要塞に乗り込んだ主人公はライバルとの一騎打ちに勝つことになる。
壮絶な戦いで数多くのものを失った主人公、それでも自分には大切な仲間がいると感じて涙を流す。そこで物語は終わりを告げるのだった。
「いやぁ、映画版もよかったけどテレビ版見てよかったわ! まさかあんなエピソードがあったなんてなぁ」
「普通に面白くて……続編気になっちゃうね……。りょう君は続編……見たの?」
「そっちは一応全部見てる。あれはあれで初代と違った面白さがあるからおすすめだ」
「そっか……りょう君もう見てるんだ……ちょっと残念……」
一体何が残念だったのだろうか。俺が続編を見てないことでミカに好都合なことがあるとは思えないんだが。
それともミカが俺より先にシリーズを全部見て、知識マウントでもしてくるつもりだったのか?
いや、ミカがそんなことをするとは思えない。じゃあ一体何が残念だったのだろう。
俺はミカの言葉に疑問符を浮かべる。
「あふぅ……全部見終わったら、もうすっかり明け方だね……」
「だな。俺もそろそろ眠気が限界に近いかも」
「ミカは……もう……げん……かい……すぅ……」
ミカはソファに横になり、規則正しい呼吸をしたまま眠ってしまった。
本当に眠気がギリギリまで押し寄せてきていたんだな。完全に寝てしまっている。
だがここで寝ると流石に体に悪いだろう。せめてベッドで寝かせてやりたい。
しかしそうなると、ミカを抱えて寝室まで連れて行くことになる。
それはちょっと、いやかなり難易度が高い気がする。
だって寝ている女子を勝手に抱えるなんて、やましいことをしてるみたいじゃないか。
それにこの状態のミカを運ぶとなると、必然的にお姫様抱っこのような体勢になるだろう。それだとミカの体の色々な部分を触ることになりそうで、非常にまずい。
「すぅ……すぅ……」
だがこのまま放置しておけばミカは確実に首を寝違えるだろう。それにエアコンをつけた部屋でそのまま寝たら、風邪を引くかも知れない。
やはり俺が寝室まで運ぶしか無いようだ。
俺はそっとミカの膝裏と肩に手をやり、ミカの体を抱えた。
ミカはびっくりするくらい軽く、普段ちゃんと食べているのか心配になってしまうほどだった。
「むにゃ……うぅん……」
「お、起きてないよな。頼むからベッドに運ぶまで目を覚まさないでくれよ……」
ミカの体を丁重に扱って、ゆっくり歩いていく。階段を一段登るごとにミカが起きてしまわないかヒヤヒヤする。
しかもミカの細い脚や小さな肩に触れていると、その柔らかさにドギマギさせられる。女子って全身が柔らかい素材で出来てるのか……?
ミカの髪から香る匂い、これはうちのシャンプーの香りだ。俺とミカが同じシャンプーを使って、同じ香りを発しているなんて不思議な気分だ。
夜遅くまで遊んで、同じ生活用品を使って、同じ屋根の下で寝る。もし恋人がいたらこんな感じなのかな……なんて柄にもないことを考える。
「よ、ようやく俺の部屋まで連れてきたけど、俺のベッドに寝かせていいものか……」
父さんのベッドに寝かせるって手もあるけど、加齢臭のするベッドに美少女を寝かせるわけには行かないだろう。
幸い俺の寝具は夏に向けてクリーニングに出したばかりなので、そんなに臭くないはずだ。ちなみにクリーニングはユカからのアドバイスだ。
「仕方ない。今日は俺が父さんの部屋で寝るとするか。ふわぁ……もう俺も限界だ。とりあえずミカをベッドに運ぼう」
抱えているミカをゆっくりとベッドに下ろす。
「ふゅ……んん……」
ミカは寝言で可愛らしい鳴き声を漏らしていた。それを見てつい俺も口元がほころんでしまう。
気持ちよさそうに寝るミカの顔を眺めながら、俺は今日の感謝の気持ちを口にした。
「ありがとなミカ。今日ミカと一緒にアニメ見れて凄く楽しかったよ」
本人が寝ている時に言うなんて少しずるいけど、面と向かっていうのは恥ずかしい。
だからこうして本人が聞いてない時に言うしか無いのだ。これが素直になれない陰キャの、恥ずかしがり屋の俺が出来る最大限の譲歩。
ミカの寝顔も拝めたし、父さんの部屋にでも行くかと思ってミカから離れようとした。
だが、いつの間にか俺の手をミカが掴んで離さなかった。
いや、力自体は大したもんじゃない。振りほどこうと思えばすぐに振りほどける。
だが、うつらうつらとした状態でミカが俺に言うのだ。
「りょう……君……。ミカも、楽しかった……もっといっぱい……遊ぼう……ね……」
それはミカが起きて発した言葉なのか、それとも寝言だったのかは分からなかった。
ただ、俺はミカのその言葉を聞いて嬉しくてたまらなかった。
「うん、これからもよろしくな。……おやすみ、ミカ」
握られた手を離すことはせず、俺はベッドの横に腰掛けて眠ることにした。
そばで聞こえるミカの落ち着いた寝息と繋いだ手の温かさが、俺に優しく伝わってきた。
そしてそのまま、俺は眠りについたのだった。
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