第83話 ヤツに女装がバレました
「だりぃ~」
始業式も早々に終わり、午前中の授業も無事切り抜けてなんとか昼休みを迎えることが出来た。
俺がいた中学では始業式は午前授業なのだが、高校ではそういうこともなく普通に六限目まで授業がある。
夏休み明けの体にはかなりハードだが、文句も言ってられない。これも高校生のサガなのだと受け入れるほかないだろうさ。
7月の終業式に色々とやらかしてしまったため、クラスメイトに変な目で見られないか心配していたが、今の所は普通で安心した。
もっとも俺にとっての“普通”とは誰にも話しかけられず、認識すらされていないということなのだが。
変に注目されるよりは空気になっていた方が万倍マシなので、あまり気にしないでおこう。
ため息をついてビニール袋に入った弁当を持ち、教室を出ようとしたその時――
「おい、えっと……進藤」
誰かに後ろから呼び止められた。
新学期一日目にしてクラスメイトから名前を呼ばれるとは、今日はひょっとしてラッキーデイなのか?
振り向くとそこにはクラスいちのリア充で陽キャ筆頭の金髪――氷川(だったよな?)がいた。
げっ金髪……。
こいつに呼ばれるってことは十中八九ユカ絡みのことだろう。面倒なことになるのは間違いない。
うん、全然ラッキーデイじゃないわ。たぶん今日の星座占い12位は間違いなく乙女座だ。
「な、何か用かな……氷川」
「お前に一つ確認したいことがあるんだけどよぉ。ちょっち時間いいか?」
「俺、昼飯食いたいんだけど……」
「んな時間取らせねぇから、な?」
金髪の顔には『いいから付き合えよ』と言外に書かれていた。これ以上断ったらそれはそれでまた面倒になりそうだ。
とりあえず要件だけ聞いてさっさと中庭に逃げることにしよう。
「分かった。でも少しだけだからな?」
「ああ……わりぃな」
金髪と俺のやり取りをクラスメイトたちが面白そうに眺めている。
そりゃ学年のカースト上位の男子と最下層にいる俺がいきなり話しているのだ。注目されてしまうのは当然だろう。
「なになに? 喧嘩?」
「あの人氷川くんに何したの~? かわいそ~」
「いや氷川は呼び出してボコるようなことしないでしょ。普通に用事があるだけじゃない?」
「え~でもあいつと氷川に接点ないじゃん。やっぱり喧嘩じゃない?」
おいお前ら、野次馬根性もいいかげんにしろよ。誰の許可を得て覗き見しとるんじゃい!
というか俺が金髪から話しかけられたのに、何故に俺のほうがやらかした体で話が進んでるの?
何なの? 陰キャには基本的人権も認められないの? というか俺の名前誰も呼んでないんだけど、未だに覚えられてないの? そろそろ泣くよ?
……あれ? そういえば金髪のやつ、ちょっと詰まったとはいえ俺の名前呼んでくれたな。
他のやつらが言う通り、俺とこいつはほとんど絡みも無いはずなのに。
やはりリア充の頂点に立つやつにもなれば、コミュ力もずば抜けているのだろうか。話したこともない、影の薄い俺の名前も覚えているんだな。
やべぇ、ちょっと泣きそう。金髪……お前やっぱり他のやつに比べたらマシだよ。ユカ絡みのしつこささえなければだけど。
「おい大丈夫かよ~。なんか目赤くなってんぞお前」
「い、いや大丈夫だ! 全然問題なしだから!」
「……とりあえず他のやつに聞かれないところに行くか。ほら、ついてき」
「お、おう……」
教室を抜け出して金髪の後ろをついていく時も、廊下から色んなやつの視線を受けていた。
こいつ、どんだけ視線集めてんだよ。ユカレベルとまでは行かないけど、こいつも結構有名人だな。
おい、今すれ違ったやつ。俺の顔見た瞬間ひそひそ話を始めるな。まるでイジメ加害者みたいだろうが! 違うからな! ……違うよな?
◆◆◆◆◆
「で……話ってなに? 俺割と真面目に結構腹減ってるんですけど……」
「いやちょっち気になったことがあってさ。朝倉さんのことで聞きたいことがあんだよなぁ~」
ここで来たか! やっぱりユカについてのことで話があったんだな。
こいつのことだ。もしかした一学期の終業式の件を今になって問いただしてくるのかも知れない。
こんなことになるんだったら言い訳の一つくらい考えておくんだった。ええい、悠長に夏休みを過ごしてる場合じゃなかった!
だが意外なことに金髪が俺に聞いてきたことは、もっと別の内容だった。
「この写真なんだけどさぁ……」
金髪はスマホを取り出して俺に見せてきた。その画面に写っていたのは、ユカのインスタだった。
そして金髪の言う写真とは、ユカとミカ……そして俺がコスプレをしている写真だった。
そうか、学生である以上ユカのインスタ活動が学校の誰かに知られる可能性もあるのか。それにしても補足するスピードが尋常じゃないけど。
いや問題はそこじゃない。その写真を何故俺に見せてくるのか。それこそが最大の問題だ。
「え、えっと……朝倉さんのインスタ……だよな。それがどうかしたの?」
「これに写ってるのさぁ、真ん中にいるのが朝倉さんだろ? 横にいる赤い髪の子がたぶん朝倉さんのお姉さんと思うんだけど、目とか顔つき似てるし」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ」
まさかコスプレしている状態のミカとユカを姉妹と見抜くとは、金髪のやつ中々眼力が鋭い。
メイクも普段とは違うはずなのに簡単に見抜く辺り、こいつ相当女慣れしているな。
「マジ可愛いよな~。これ、なんかのコスプレか? 朝倉さんがコスプレするとか意外だったけど、これはこれでいいよな~」
「それは『私を彼女にしないなら他のヒロインを〆ます』ってアニメで、あっ原作はラノベ……ライトノベルっていう小説の一種なんだけど。そのヒロイン三人のコスプレをしてるんだよ。真ん中のユカのコスプレがメインヒロインの『黒川殺芽』って言って……!」
「いやそこまで聞いてねぇけどさぁ。お前めっちゃ語るじゃん、オタクか?」
「ぐっ……!」
しまった! つい聞かれてもいないのに長々と作品について語りだすというオタクの悪い癖が出てしまった!
リア充に『オタクなの?』って聞かれるのは陰キャオタクには大ダメージだ。それを聞かれた時点で『お前ってキモオタだよなw』と言われてるようなものだからな。
しかし金髪はそれほど気にしてるような様子もなく、普通に会話を再開した。
「でさ、この右に写ってる子いるじゃん。金髪のウィッグ付けてる子」
「そ……その子がどうかしたのか……?」
話題の対象が金髪の少女……というか女装した俺に移った途端に、全身から汗が吹き出してきた。
金髪は『狭霧』のコスプレをした俺のことを指てトントンと叩きながら、重々しい雰囲気の中、口を開く。
「実はな……俺、この子めっちゃタイプなんだけど!」
「…………はい?」
「だからこの子マジ超可愛くて好みだから、朝倉さんと仲のいいお前なら何か知ってないか聞こうと思ったんだよ」
「………………………………はい?」
何だこの状況。
同級生の男子に自分の女装姿の写真を見られて、その姿の俺をタイプだと聞かされるとは。
ここは地獄かな?
「お前なんか知らない? 一学期の終わり頃とか、朝倉さんとずっと一緒にいたじゃん? この子のことも何か聞いてたりしねぇの?」
「し、知らない知らない! 全然知らん! ってか俺に聞くよりユカに聞いたほうが早いんじゃないのか?」
仮にユカに聞いたとしても絶対に詳細を話さんと思うがな。お前がこの場を離れた瞬間、俺がLIMEで口止めするから。
「いや~……だってほら、なんか恥ずかしいじゃん?」
「純情ぶってんじゃねぇよアホかてめぇは! 馬鹿なの?」
「お、おう……なんだよいきなりキレんじゃねぇよ。てかお前そんなに饒舌だったっけ」
「うるせぇ、とにかく俺はそれについて一切知らないから! 用事はそれだけか? 俺はもう帰るぞ」
キレ芸で相手を引かせてそのままの勢いで話を打ち切る。これがこの場ではベスト!
だって他にどうしようもないもの。逃げるが勝ちとはこういう時を言うのよ!
「おいちょっと待てって!」
知るか、これ以上金髪の話に付き合ってられん。ユカ絡みで面倒なことになるかとヒヤヒヤしてしまった自分が馬鹿らしくなる。
何だこいつは。ユカに惚れてたと思ったけど、あっという間に乗り換えやがって。しかもその相手が女装した俺だと?
こいつユカの可愛さ舐めてるのか? 俺が女装した程度でユカに勝てるはずがないだろうが。あいつの可愛さはもっとレベルの違うところにあるんだよ。
俺は自分が何に対して怒っているのか自分でも分からない。けど金髪がユカから他のやつに乗り換えたことに、なぜか怒りを感じてしまう。
カリカリしてもしょうがない。冷静になれ。そう自分に言い聞かせながら廊下の角を曲がると、弁当箱を持ったユカとミカに鉢合わせた。
「あっリョウ君ー! そんなとこにいたんだ、一緒にお昼ごはん食べよー」
「教室にいないしLIMEも既読つかないから……探したんだよ……?」
「す、すまん。ちょっと用事があってさ。腹も減ったし、また中庭に行こうか」
「そだねー。そういえば聞いてよリョウ君、コス写真を早速インスタに上げたんだけど反響すごいんだよー!」
「ああそれな、さっき見たよ。うちのクラスのやつが話題にしてた」
話題の矛先がくだらなすぎるのがあれだけど。
「特に凄いのが、リョウ君の人気が結構あることなんだよ。『金髪の子はモデル仲間ですか?』って感じのコメント、いくつか来てるんだー」
「揃いも揃ってアホしかいないのか……? 俺よりももっと二人のことについてコメントしろよ」
「もちろんミカちゃんとユカにもいっぱいコメント来てるよっ! みんな可愛いって! コスプレして正解だったね!」
「うん……写真を見られるのは恥ずかしいけど……自分がアニメのキャラになれたみたいで……楽しかった……」
「まぁ確かに……女装なんて一生に一度するかしないかだろうし、その……悪くはなかったかもな」
まぁ正直に言うと楽しかったと認めざるを得ない。俺みたいな冴えないやつが、少しでもアニメキャラのようなキラキラとした存在に近づけたのだ。
自分じゃない自分になれたような気がして、不思議な気分だった。あんな経験は中々味わえないもんな。
俺たちはコスプレの思い出を話したり、もし次やるならどのアニメがいいかという話題で盛り上がっていた。
その後ろに、ヤツがいたことも忘れて。
「あの金髪の子が……進藤……だと!?」
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