第71話 双子と一緒に母さんの部屋におじゃました

「おじゃましまーっす!」


「おじゃま……します……」


「あらいらっしゃい~! ふたりともようこそ私のおうちへ~」


「ぉじゃましゃーす」


「亮ちゃんもいらっしゃい♪ ここに来るのって何年ぶりかしら?」


 撮影当日、俺たちはコスプレ衣装のレンタルを済ませてから母さんの部屋に来ていた。

 ここに来たのは久しぶりだ。確か最後に来たのは中学の一年か二年の頃だった気がする。

 相変わらず一人暮らしの部屋とは思えないくらい広い部屋だ。何LDKあるんだろう。毎月の家賃だけでも新卒の給料じゃ足りないだろうな。


 まぁそれだけの金額を毎月余裕で支払えるくらい稼いでるのがうちの母なわけだが。

 父さんの給料には一切手を付けず、自分の稼いだ金だけでユーチューバーとしての活動費用やこの部屋の代金を払ってることだけは尊敬出来なくもない。

 親としてはホントあれだけどさぁ。


 ちなみに母さんからは身バレの危険性もあるとはいえ、いつでも好きな時に遊びに来ていい。むしろ一人暮らしが決まった時は空いてる部屋を使ったらどうかという話もあった。

 だがこんなところで暮らしてたら金銭感覚とか麻痺しそうだし、母さんの配信の邪魔になる可能性もある。あと個人的に一人暮らしに対する憧れというのもあったので断らせてもらった。

 単純に母さんと一緒に住むっていうのも、俺には想像出来なかったっていう理由もあったんだけど。だって今まで一緒の家で寝泊まりするって、年に何十回も無かったし。



「うわぁーすっごい広いですねー! あ、こっちの部屋にパソコンがあるー。ってことはこの部屋が撮影スペースですかー?」


「ううん、違うわ。そこは寝室よ。そのPCもプライベート用のものね。仕事用とは分けて使ってるの」


「ええ……でもこのPC……結構高いやつ……ですよね……?」


「えへへ。配信外で個人的にゲームやエゴサをする時のために買ったんだけど、ちょっと奮発しちゃったわ」


「普通は30万近くのゲーミングPCを『ちょっと』って言わないんだけどな……」


 普通にハイエンドクラスのモデルじゃねぇか。これを配信とか動画編集に使わないって、つまり本業用のPCは更にお高い値段ってことになるんだけど考えるだけで頭がおかしくなりそうだわ。

 俺なんて家族兼用(今は実質俺専用だけど)の6万くらいのノートPC使ってるんだぞ。この違いは何なんだ一体。




「いつも撮影に使ってる部屋はこっちよ~♪ じゃーん!」


「うわ広っ!! これユカの家のリビングより広いですよー! こんなお部屋見たことないですー!」


「も、モニターが三台もある……PC本体も……すっごく……大きいです……」


「あー思い出した。このモニターとかPCの設置手伝わされたんだったっけ。マジで重かったんだぜこれ、男一人でも運ぶのキツいっていう」


「PCって……衝撃与えたら駄目だし……大変そうだね……」


「だってママには無理だったんだも~ん☆ 亮ちゃんが手伝ってくれたおかげでこうして今も快適に配信できてるのよ?」


「『だも~ん』じゃないよ全く……。それより本当にこの部屋を使っていいの? 今日も配信あるんでしょ?」


 確か母さんのユーチューブのチャンネルに、今日の夜に配信する予定の枠があったはずだ。母さんが今日の配信でやる予定のゲームは、最近流行りのかわいらしい小人を操作していろんなミニゲームをプレイし、他のプレイヤーと競い上位を目指すゲームだ。

 俺も家庭用版でやってるが、シンプルながらなかなか中毒性の高いゲームだった。これが流行るのも納得といった感じに、かゆいところに手が届く出来だ。


 まぁそのゲームの話は置いておくとして……。

 今日も配信予定があるのに、俺達がこの部屋を使ってもスケジュール的に問題は無いのだろうか。

 衣装をレンタルしに行ってそこから母さんの部屋に来るのに時間がかかってしまい、時計の針は既に昼の12時を回ってしまっている。


「問題ナッシング! だって亮ちゃんの女装姿が見れるんだもの~。ちょっとくらい時間がかかっても大丈夫よ☆」


「ああああぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!!! それを言うなよもぉ~~~~!!!! 触れないようにしてたのにさぁ~~~~!!!!」


「うわっリョウ君がガチギレしてるー!? あんなに大声出して叫ぶの初めて見たー……」


「ユカちゃん……たぶんあれ……キレてるんじゃなくて……羞恥心で叫んでるだけ……。陰キャのミカには分かる……黒歴史を思い出した時に……枕に顔を押し付けて……呻くとかあるあるだから……」


「ミカちゃんが家で時々やってる変な鳴き声ってそんな意味があったんだね……」


 くそぉ……やっぱり母さんに誤魔化しは効かないか。撮影中は別の部屋にいてくれと言っても多分聞いてくれないだろうし……。

 このままじゃマジで親に女装披露することになっちまう……どうすればいいんだ。


「あ、そういえばこの前リョウ君にメイクした時の写真がこれなんですけど」


「あら、かわいいじゃない~! さすがママの子、目元がそっくりね~」


「おいいいいい! 何勝手に写真見せてんだユカァァ!」


 お前は悪魔か! 血も涙もない外道か!


「むぅーいいじゃん別にこれくらいー。萌絵さんに見せたらメイクのアドバイス貰えると思ったんだもんー」


「そうねぇ……。確かみんなは〆カノのヒロインのコスをしたいのよねぇ? 亮ちゃんはどの娘になりたいの?」


「沙上……狭霧……です……」


「あ~いかにも亮ちゃんが好きそうなキャラねぇ。確かにスタイル的にはイケるわね……」


「ねぇ何でみんな俺が女装することに一切の疑問を抱かないの? 俺ってそんなに貧弱に見える? マッチ棒みたいな体なの? 太るよ? そんなことばっか言ってると俺デブ目指すよ?」


 うちの家系は親戚含めて全員痩せ型だけど、血の縛りを解き放ってイレギュラーになっちゃうよ?

 やるよ? やっちゃうよ? 陰キャからクソデブ陰キャにクラスチェンジするからな。



「亮ちゃんの場合は肌が元々白いから化粧は抑えめにした方がいいわね。ユカちゃんの判断通りテーピングでぱっちりおめめにして、つけまつげじゃなくてマスカラで盛るのは正解。亮ちゃんは私に似てキレイなまつ毛してるしね」


「ですよねー! 普段は目つきのせいで隠れてるのもったいないって思うんですよー」


 うるさい目つきは生まれつきだ。文句を言うなら俺じゃなくて親に言ってくれ。

 あとキレイなまつ毛って自分で言うのはどうなのよ母よ。


「テープはウィッグ用のネットに隠れるように貼るといいわ。あとはファンデーションで目と鼻の周りの陰影を濃くしたらもっとそれっぽくなるかもね」


「このおばさん何でコスプレに詳しいの……こわ~……」


「アイドル時代にそういう仕事もあったからね! 全然売れなかったけど!」


 そういう自虐ネタやめてくれねぇかなぁ……息子としては笑いにくいんだけど……。


「ユカちゃんとミカちゃんは地で整ってるから特別なことはしなくてもいいと思うわ」


「そう……ですか? ミカ……あまり自信ない……」


「大丈夫! ほら、ミカちゃんのやるキャラは明るい性格なんだし、せっかくこんな面白そうなことをやるんだからもっと笑って。スマイルスマイル!」


「は、はい……」


 ミカはぎこちなく笑って母さんの言葉に答えた。大丈夫だろうかミカのやつ。少し、いやかなり緊張しているように見えるけど……。

 その様子が気になってミカになにか一言声をかけようとしたその時、母さんが俺の背中を後ろから押して別室に移動させてきた。


「ほーら。女の子の着替えを見ちゃ駄目よ~。亮ちゃんはママと一緒にお着替えしましょうね~」


「お〇あさんといっしょかよ! 着替えくらい一人で出来るわ!」


「どうせ亮ちゃんのことだからウィッグとか着けれないでしょ~。メイクも含めてママがやってあげるから、ほら服を脱いで脱いで~♪」


「くぅ……! こ、こんな屈辱があっていいのか……!」




 進藤亮、高校一年の夏――母親に着替えを手伝ってもらいました。

 しかも女装の手伝いを。

 この時に感じた羞恥心はきっと一生忘れないだろう、そう思いました。


 俺の黒歴史に新たなページがまた一つ追加された瞬間だった。

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