第61話 双子の父親に心配された

「今日はうちの息子がお世話になります。休暇中にすみません」


「その、よろしくおねがいします」


「いえいえ、お気になさらず。いつもうちの娘たちが仲良くしてもらってますから」


 海に行く当日、朝倉家の父親が車でわざわざ我が家まで迎えに来てくれた。

 父さんと一緒に朝倉父にお礼やら世間話やらをしている間に受けた印象だと、濃いメンツの多い朝倉家の中では常識人だなと思った。

 いやすごい失礼な話ではあるんだが……何せ双子と母親があれだったからな。

 どんな父親が出てくるのかと思えば、こんな温厚そうな人が出てくるなんて予想外だった。


「君が亮君だね? はじめまして、ミカたちがいつも迷惑かけてないかい?」


「迷惑だなんて全然! むしろ二人には凄く世話になってるっていうか……。あの、本当に仲良くさせてもらってます」


「そうか。うん、やっぱり思った通りの子だね」


「ん?」


 朝倉父は得心したといった感じで一人納得していた。

 思った通りのやつって、俺のことを陰キャだと予想していたのだろうか。

 ミカと仲がいいって時点で想像できそうなことではあるが、まさかそんなわけないか。

 しかしそうなると今の言葉は一体どんな意味があったんだろう。


「リョウ君のパパさんはじめましてー! 朝倉ユカでーす!」


「あの……姉のミカ……です……」


「どうも萌えたんの旦那の健次郎です」


「おい説明の仕方! 俺はどうした息子は!?」


 なぜ母さんの旦那であることを全面に押し出してくるんだ父さんよ。

 昨日も母さんの部屋に行ってたみたいだし、帰省してきてから母さん愛が増々酷くなってきてるな。

 普段は普通の社会人のはずなんだけど、これじゃあただのドルオタおじさんじゃないか。


「いいか亮、朝倉さんちにお世話になるんだからくれぐれも迷惑はかけないようにしろよ」


「分かってるって。そういうことでおじさん、今日はよろしくおねがいします」


「お二人共僕のことは康介って名前で呼んでください。うちの妻とそちらの奥さんも名前で呼び合ってるみたいだし、その方がかたっ苦しくなくていいでしょう」


 朝倉父……いや康介さん! なんて大人な人なんだろう……。

 俺が出会った人の中で一番マトモな人かもしれない。物腰も柔らかいし、優しそうな顔をしてるし、何より陰キャの俺でも話しやすい。

 こんな人が自分の親だったらなぁと思わずにはいられないぜ。自分の親が横で妻への愛を女子高生に語ってるおっさんと、今頃は動画編集してるアラフォーうわキツおばさんだけに。


「それじゃあそろそろ出発します。進藤さん、機会があればまた」


「ええ、今後もよろしくおねがいします。なにせ息子の友人のご家族とお付き合いできるなんて、初めてのことですから」


「そういういらん情報は流さなくていいっつーの……!」



 こうして俺たちは朝倉家の車に乗り込んで海に向かって出発した。

 今日の天気は雲ひとつ無い晴れ、海水浴にはもってこいのいい天気だ。

 陰キャの俺の心も、この空のおかげで少しは晴れ晴れとした気分になるってもんだ。

 まぁ、端的に言うと今日はめちゃくちゃ楽しみだなって言いたいだけなのだが。




 ◆◆◆◆◆




「わーい! 海だー! ねぇパパ、早く行こうよー!」


「二人とも先に行ってて。僕は浮き輪やらテントの準備をしていくから」


「あ、俺も手伝います」


 流石に運転から現地の準備まで全部相手の親に押し付けるわけにはいかないってことくらい、俺にだって分かる。

 不器用で無能すぎて中学の文化祭の手伝いでは『進藤は暇なところ手伝ってあげて(意訳:こっちの作業の邪魔すんな)』と言われてしまうくらいだが、荷物持ちくらいは出来るだろう。


 俺が車から荷物を持ち出していると、ふと康介さんが俺に話しかけてきた。


「亮君、君がうちの娘たちと知り合ったのはいつ頃からだい?」


「えっと、ゴールデンウィーク明けからすぐだから……もうすぐ三ヶ月前になりますかね」


「そうか。三ヶ月で随分と仲が良くなっているね。うちの娘に君のような男友達なんて今までいなかったんだよ」


「は、はぁ……」


 これは何を聞かれようとしてるんだろうか。

 あれか、俗に言う『お前なんかに娘はやらん!』的なやつか?

 穏健そうな康介さんからそんな言葉が出てくるとは思えないが、あんな美人の娘が二人もいるのだ。もしかするともしかするかもしれない。


「ミカは学校でのことをあまり喋らない子だったんだけど、最近は楽しそうに君の名前を出して話すようになってね。そんなミカの嬉しそうな顔を見てると父親としてホッとするよ」


「まぁ……ミカにはシンパシー感じる部分が多いんで、それでよく話したりしてます。とはいっても……あの、アニメとか……ゲームの話なんですけどね……」


「別に恥じるような趣味じゃないよ。アニメだってゲームだって立派な娯楽さ。君が楽しんでいるんならいいじゃないか」


 康介さんは優しくほほえみながら諭すように言葉をかけてくれた。


「お、俺オタクなんですよ、友達も少ないし学校ではつまんなそうに過ごしてて……自分で言うのもアレなんですけど。でもミカとは似た者同士だからか、同じ話題で盛り上がって、すっごく仲良くさせてもらってます……あ、すみません娘さんを俺なんかと勝手に似た者同士なんて言っちゃって」


「ふふふ、ミカにも気の許せる友達が出来てよかった。それが君みたいな子で安心したよ」


「いや、俺ホント駄目なやつですよ! 陰キャでぼっちだし、ミカとユカと一緒にいるなんて二人の時間がもったいないんじゃないかって思っちゃうくらいですし!」


 今過ごしているこの日常は人生の最盛期じゃなかろうかと思ってしまえるほど、毎日が楽しい。

 この日常を味わった後、残りの人生はそのコストを支払うためのつまらない日常になってしまうんじゃないかと疑ってしまう。


「ユカも俺とは全然違うキャラだけど、俺なんかにも優しく接してくれるし、俺が訳わからないこと口走ってもキモがらないでいてくれて……男子の憧れの的って感じの子です。正直二人には凄い救われてます」


 康介さんはうんうんと頷いて、その後昔話を始めた。


「僕も若い頃は物静かな少年だったさ。当時はプレステとサターンどっちが勝つかなんて友達と言い合ったりしててね。そんな僕も高校でミユと知り合ってから、まぁ色々合って二人の父になったわけだけど……」


「プレステって1のことですよね? サターンってなんですか?」


「えっ? 今の子ってサターン知らないの!? しょ、ショックだなぁ……」


 ゲームハードのことだろうってのは分かるんだけど、俺が物心ついた頃にはプレステ3が出てた時期だったしなぁ。

 昔のゲームハードのことはよく分からん。あまり深入りすると危険な匂いがするジャンルだしね。


「まぁサターンのことは置いといて……。ミカとユカは二人ともミユの若い頃にそっくりなんだ。それこそミユを二人に分けたかのようにね」


「ミユさんが……? とてもそうとは思えませんけど」


 俺の中のミユさんといえば落ち着いた綺麗なお姉さん(アラフォー人妻だが)って感じで、活発なユカと落ち着いたミカのどちらにも似ていない気がする。

 足して二で割るなら確かに似てると言えなくはないが、それでもやっぱり違うような……。


「ミユは高校一年の頃は今で言う陰キャ、友達がいない子だったんだ」


「あのミユさんが、ですか?」


「もちろん当時から美人だったよ。それでも何故かクラスで埋もれてしまっていたんだよね。当時は今よりもさらに暗い子に冷たかったからなのかな」


 美人なのに性格のせいかクラスで存在感のない子……それを聞いて俺はミカのことを連想する。


「僕と友達になってからしばらくはミユもおどおどした態度を取っていたんだ。でも高校卒業が近づくにつれて、段々と性格に変化が起こっていってね」


「まさか、その性格って……」


「うん。三年になる頃には以前より人当たりがよくなって学校一のマドンナになっていたんだ。まるで人が変わったかのようだったよ。まぁ根っこの部分は変わってないんだけどさ」


 誰にでも優しくて、それでいて全校男子の憧れの的……それはまるでユカそのものじゃないか。


「大学もミユと同じところに行って、相変わらず仲良くしてたんだけど……だんだんとミユのアプローチが激しくなってきてね。それでも僕は初心だったから中々彼女の好意を受け止められなかったんだけど……」


 たはは……と恥ずかしそうに笑いながら康介さんは頬をかいて話す。

 しかし次の瞬間、キリッと真剣な眼差しをした後に俺の肩に両手を置いてきた。


「だからミカとユカの話を聞いて、君に昔の自分を重ねてしまったんだ。いいかい亮君、ひとつだけ忠告しておくよ」


「は、はい……」


「女の子って本気になったら大変だから、君も気をつけてね。君、昔の僕と同じ匂いがするから」


「娘さんたちの心配はしなくていいんですか!?」


 ツッコミながら荷物の準備を終わらせて俺たちも遅れて海に向かうこととなった。

 ひょっとして康介さんも普通の人じゃないのかもしれない。俺は康介さんに尊敬の念を抱きかけていたけどそれが少し崩れそうな予感がした。

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