第72話 双子とコスプレ撮影した

「いいねー! ミカちゃんすっごく似合ってるよー! 現実の女子でこんなにツインテールが似合う子なんてそうそういないし、やっぱりミカちゃん最高ー!」


「そ、そう……かな……。ゆ、ユカちゃんも……『殺芽』のコス……似合ってる……本当にキャラクターがここにいる……みたい」


「ふふーん♪ この前二人にアニメ見せられてキャラのこと知ったからかなー? 立ち振舞とかそれっぽいでしょー」


「ユカちゃん……普段から姿勢キレイだし……『殺芽』のキレイな佇まいが……よく出てる……やっぱりすごいね……ユカちゃんは……」


「ありがとー☆ さぁて、あとはリョウ君の準備を待つのみって感じだねー。萌絵さんどんな風に仕上げてくれるか楽しみだねー!」




 ドアの向こうから二人の楽しそうな話し声が聞こえてくる。二人とも既に着替えを終えているようだ。

 この明るい雰囲気の中に今から入って行くのかよ……不安になってきたわ……。

 やべ、ちょっと吐きそうかも……。そういえば急用があった気がしてきた。ここは一旦帰ろうかな。


 戦略的撤退を図ろうとしてドアから一歩後ずさろうとした。しかし俺の肩にポンと母さんの手が置かれる。


「ほぉら、二人とも待ってるんだから早く行きましょ。大丈夫、亮ちゃんばっちり決まってるわよ♪」


「そりゃそうだけどやっぱり恥ずかしいっていうか、今になって我に返ったというか……。ねぇやっぱり俺抜きで撮影しない?」


「もう、困った子ね~。似合ってるから問題ないって言ってるじゃない。ママの言うこと信じられない?」


「いや……信用してるよ……」


 悪い意味でね。この人の言うことは俺にとって嫌な意味でよく当たるからな。


「女装なんて今どきのオタク男子じゃ珍しくないわよ。むしろやりたくても出来ない子だっているんだから、女装が似合うなんて光栄くらいに思わなきゃ」


「いや全然嬉しくない! やりたくてやってるわけじゃないからな俺!」


「その割にはメイク終わったあと、ずいぶん鏡を見て呆けてたじゃない。自分でも気に入ってるんでしょ~?」


「そ、それは母さんの仕上げがすごいからであって……!」


「あ~もうまどろっこしいわね! え~い!」


「ちょっと、母さんっうわっ!!」


 ドアを開けて無理やりリビングに放り込まれた俺は、その場に転がり込んでしまう。

 突然のことで驚いたのか、ミカとユカがこっちを見て黙り込んでいる。


 くそ、母さんのやつめ……乱暴にも程があるぞ!

 ってか俺を放り投げられるくらい力持ちなら、この部屋のパソコン設置も自分で出来たんじゃねぇのか?


 そんなことを心のなかでぶつくさ文句をたれながら、倒れた体を起こして立ち上がる。

 そしてミカとユカの方へ目を向けるとそこには〆カノのヒロインそのものがいた。



 黒髪でどことなくミステリアスな雰囲気の『黒川殺芽』。そして赤髪ツインテールで典型的ツンデレヒロインの『日ノ宮可憐』。

 俺の目の前にテレビの向こう側から直接彼女たちが出てきたかのような錯覚を覚えるほど、二人は完璧なコスプレをしていた。


「す……」


 思わず凄いと口に出そうとした、その時――



「ええええーーーー!?!? すっご! 本物の『狭霧』だーーーー!!!!」


「うわ……うわ……ど、どうしよう……アニメだと簡略化されてる『狭霧』の編み込みも……完全再現されてる……。すごい……握手……握手してもらわないと……!」


「お前らが驚くのかよ! いやそっちこそ本物の『殺芽』と『可憐』じゃん! どうなってんの二人とも!? まじヤバい!」


「あっなんだリョウ君かー」


「本当に『狭霧』が出てきたと思って……心臓止まりかけた……。なんだ……りょう君かぁ……」


 おい二人して萎えるのやめろや失礼な奴らだな。


「ってリョウ君!? えーすごー! 超かわいいんだけどー♡」


「え……? りょう君……TS性転換スキル持ちだったの……?」


「んなわけあるか! というか俺って気付くの遅っ!」


「だって元の面影全然ないんだもんー! 普段のやる気なさそうな顔どこにいったのー!? キリッとして超美人じゃん!」


「どこからどう見ても……スレンダーな女の子にしか……見えない……。りょう君やっぱりTS……」


「だからしてねぇって! ミカは一回その考え捨てなさい!」


 現実でほんの数分数十分で男から女に性転換出来るわけ無いでしょうが!

 最近男主人公が女の子に変身しちゃう系のアニメも増えてきてるけど、現実とアニメを混同したら駄目だぞ。

 そういう思考のオタクが問題を起こしたら他のオタクも白い目で見られちゃうからな。



 二人のリアクションを満足そうに眺めながら、母さんは嬉しそうに笑う。


「いや~気合い入れた甲斐があったわね~! うちのとっても可愛いでしょ~」


「凄すぎですよ萌絵さんー! こんなのリョウ君じゃないじゃないですかーもはや完全に『狭霧』ですもん!」


「前にユカちゃんがメイクした時も……凄い変わり様だったけど……これはもはや別人……?」


 おい母よ。“うちの子”って言ったけど今違う文字使ってなかった?

 絶対俺が思ってる漢字とニュアンスが違ったよね?



「こ……こんな綺麗な二人と一緒に写真……。あぅ……」


「ミカ……?」


 驚きも一段落した後、ミカがぽつりと零した一言を俺は聞き逃さなかった。着替えをする前もそうだったが、どうもミカの様子がおかしい。

 やけに緊張しているというか、尻込みしているように見える。


「ね、ねぇユカちゃん……やっぱりミカ……」


「だ、だから大丈夫だってミカちゃん! とっても似合ってるよ、可愛いよ!」


「あぅ……でも……」


 ここでようやく、俺はミカが何をそんなに心配しているのか察した。きっとミカは自分なんかが撮影に混じっていいのだろうか、と思っているのだ。

 陰キャあるあるだが、たとえ他人に褒められようと自分が自分を肯定しなければ自信なんて生まれようがない。

 人生の中で成功体験の少ない陰キャはとにかく自分を卑下して見てしまう。そして周りの目を過剰に気にしてしまうものだ。


 俺からしたらミカは学年トップレベルの美少女なわけだが、隣にユカという陽キャ美少女がいるわけだ。そんな環境で自信を持つのは難しいだろう。

 いや本当にミカもユカも同じくらい美人なわけで、俺からしたら性格の違いこそあれど容姿のレベルは全く同レベルにしか思えないんだけどさ。ミカはどうも自分の容姿に自信を持っていないらしい。


 今までもそれは感じて来たけど、写真撮影という状況になってからミカの中でその不安が大きくなってきたのかもしれない。


 俺でさえコスプレ写真を取るのに若干乗り気になってきたというのに美少女のミカが何を不安に思うことがあるのかと、その考えを鼻で笑ってやりたいくらいだ。

 だがこういうのは本人の気持ちの問題だからな。俺でも大丈夫だからミカも大丈夫とはならんだろう。



 そんなふうにミカのことを考えていると、横から母さんが肘で脇腹を突いてきた。地味に痛い。


「ほら亮ちゃん。二人に……ミカちゃんになにか言うことあるんじゃないの?」


 言うこと? さっさと撮影しようぜとか? そんなわけないか。

 ここで俺がミカに言えること……そんなの、全然思い浮かばない。せいぜいコスの感想とか……。


「あっ」


 そうか、俺はまだ二人にちゃんと感想を言ってなかった。キャラそのものにしか見えないとは言ったが、それはあくまで『殺芽』と『可憐』のコスに対する言葉だ。

 ミカとユカ本人へきちんとした言葉を送っていなかった。だから俺が言うべきは、『殺芽』と『可憐』ではなくミカとユカ二人に向けた言葉を言わなくちゃいけない。


 少し恥ずかしいけど、こういう時に何も言わないのは逆に相手に悪い。自分の気持ちは素直に相手に伝えなくちゃな。


「二人とも……本当にその、えっと……とっても似合ってるよ。ユカは凄い綺麗だし、ミカも本当に可愛くて……素敵だと、思う……うん」


「えっへへーありがとー♪」


「りょう君…………」



 だ、大丈夫かな。キモいやつみたいに思われてないよな!?

 よくコスプレ写真でコスプレイヤーの後ろに写り込んじゃってるオタクみたいな顔してないよな!?

 ニヤケ顔で『デュフフミカたんとユカたんのコス最高でござるぅ……』みたいになっちゃってないよな!?


「りょう君……あの、ね」


 ミカが少し迷いながらも、何かを口にしようとする。きっとミカもコス写真撮ってみる! と決意表明をしてくれるんだろう。

 これでいい感じの雰囲気になって一件落着、万々歳ってパターンに入ったな!


「りょう君……今……凄いメス顔してたよ……」


「うん、照れながら何か言ってたけど作中で『狭霧』が照れるシーンそっくりで、全然会話が頭に入ってこなかったねー」


「さすが亮ちゃん……! 女装して早くもメス顔を習得するなんて、恐ろしい子……!」


「え? いい感じのこと言ったのにこのオチって酷くない?」


 あとミカ、女子がメス顔とか言うな。横のおばさんはどうでもいいけど。


 せっかくミカを励まそうとしたのにこれじゃあ台無しじゃないか。あーあ、カッコ悪。

 だから万年陰キャなんだよ、重要なところでやらかすから陽の側に立てないんすわ。


 ……あとどうでもいいけど、俺そんなにメス顔になってた? どんな感じになってたんだろう。誰か写真撮ってくれてないかな。

 いや別に興味があるわけじゃないんだけども。俺の推しである『狭霧』のデレ顔が好きで、それに似てるって言われたのがちょっと気になっただけだし。



 しばらく俺を除いた三人で盛り上がった後、表情が柔らかくなったミカが一歩前に出た。


「ユカちゃん……りょう君……コスの撮影……始めよっか……」


「うん! ミカちゃんもようやくやる気になったみたいだし、バシバシ撮っちゃおうよー!」


「亮ちゃんのスマホと私のカメラ両方で撮影するわね~。ほらほら三人ともグリーンバックの前に立って、ポーズ決めて~♪」


 俺の言葉は届かなかったがミカのやる気を出すこと自体は成功したみたいだな。

 これで俺の行動にも意味があったということになったし、よかったよかった。

 結局俺が寒い言葉を吐いて一人滑った感じになったのは否めないが……。結果オーライってやつだろう。


「んふふ……ありがとね……りょう君……」


「何か言ったか?」


「ううん……撮影……楽しもうね……!」


「ああ、そうだな!」


「りょう君……すっかり女装にノリノリ……」


 テンション上がってきた時に言わないでくれよそういうことは。


 まぁ何はともあれ、これでいよいよコス写真が撮れる。土壇場まで来たせいか俺も楽しみになってきたぜ。


 ちなみに余談だが、スカートの中は設定画準拠の下着を着用しています。

 めっちゃスースーして心許ないんだけど、女子っていっつもこんな格好してんの?

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