第66話 夕日の海とミカとユカ
夕日が海に沈み始め、俺達は帰りの準備を始めた。
色々あった海水浴だけど、あっという間だったなと少し名残惜しく思ってしまう。
楽しい時間はあっという間とは言うけど、本当にそうだと思う。
「うーん楽しかったー!」
「つかれたけど……たまには……海もいい……ね」
「うん。最初は気乗りしなかったけど、めっちゃ充実した一日だったわ。来てよかった……かもなぁ」
「リョウ君肌真っ赤じゃんー! もしかして日焼け止め塗ってなかったのー?」
「な、なんかそういうのって女子がするもんで、男の俺がするのも変かなって思って。ナルシストみたいで嫌じゃないか?」
自意識過剰すぎるかもしれないけど、スキンケアとかって女かイケメンしかやっちゃだめって偏見があるんだよな。
俺なんかがUVカットクリームとか使ってると『お前なんかが外見気にしてんの?』とか思われそうで怖い。
しかしユカは眉を吊り上げて俺に注意してきた。
「ダメだよー普段から日にあたってない人なら、なおさらそういうのには気を使わないと。日焼けってやけどの一種なんだから、男子とか女子とか気にしてないでやっておかなきゃ。健康に気を使うのに遠慮なんかしちゃダメだよー?」
「ミカも普段家にいてばっかりだから……念入りに日焼け止め塗ってるよ……」
「マジかー……まぁ俺が周りの目を気にしすぎってのは分かってたけどさ。それならちゃんと塗っておけばよかったなぁ」
「言ってくれればユカが持ってるの貸してあげたのにー」
「りょう君たちが……荷物を持ってくる間に塗ってたから……すぐ貸せたのにね……」
「なん……だと……」
つまり俺が康介さんと荷物を車から出している間、ミカとユカは日焼け止めを塗っていたというのか!?
アニメだとヒロインが大胆にも水着を外して寝そべって主人公に『オイルを塗って♡』とか言うシーンがあるのに、今日はそんなイベントなかったなーとか思っていたが既に終わっていたとは……。
って、何ナチュラルにアニメと現実を混同してるんだよ俺は。
普通に考えてミカあるいはユカが俺にそういうことを求めてくるわけがないだろ。
もし現実でやるとしたら他の海水浴客の目が気になって出来るわけ無いわ。
「亮君、ちなみに僕が高校生の時はミユに日焼け止め塗ってって言われたことがあったよ……。君はそういうの無くてよかったね……」
「康介さんもしかして人の脳内を読む能力とかあります?」
「そんなこと出来るわけないじゃないか。アニメの見過ぎじゃないかい? あはは」
怪しい……察しの良さがもはや読心術じみてきてないかこの人。
康介さんは荷物を肩に担いで車に向かう。
俺も海の家でシャワーを借りて着替えたら、残りの荷物を持っていくか。
「リョウ君ー! 見てー夕日がすっごく綺麗だよー!」
「りょう君もほら……もっとこっち……来て?」
帰りの支度をしているというのにミカとユカは二人して浜辺に走っていく。
まったく、これから着替えとかもしなきゃいけないんだからあんまり康介さん待たせちゃ悪いだろうに。
そんなことを考えながら二人の方を振り返る。
「うわぁ……」
真っ赤な夕日が海に沈む光景。アニメなんかでよく見た景色なのに、俺は言葉を失ってしまった。
現実と二次元の違いとでも言おうか、実際にこの目で見るとその美しさに目を奪われる。
真っ赤な夕日の光が波に反射され、黄金色の海がさざめいている。それは一日の終わりを告げる、どこか切ない風景にも思えた。
夕日に見とれている俺を見かねてユカとミカが俺の手を引っ張り、波打ち際まで連れて行く。
自然と二人に両手を掴まれて、三人で夕日を眺める形になってしまった。
俺の右手をぎゅっと握り、ユカが感慨深そうに言った。
「今日はほんっとーにいい一日だったねー!」
「ああ……海水浴を心から楽しめたのって、たぶんこれが初めてだと思う……」
波が足元まで押し寄せてきては、引いていく。
夕方になったからだろうか、海の水は昼間よりも少し冷たく感じた。
「本当は……水着が嫌だから……海に来たくなかったけど……りょう君とユカちゃんがいたから……いい思い出になった……ありがと……ね」
「俺も……二人が誘ってくれなかったら、海で遊ぶ楽しさも知らないまま一生が終わってたんだろうなって思うと、感謝してもしきれないよ」
ミカは俺の左手を優しく握ると、嬉しそうに微笑んだ。
俺みたいな性格も暗くて友達もいないやつに、こんな夏らしい思い出が出来るなんてちょっと前までは想像もつかなかった。
遠い将来でもきっと、夏になれば今日のことを思い出すだろう。それくらい、今日は楽しかった。
俺は二人の手を握り返して、少しだけ控えめに……あわよくば二人に聞かれないくらいの声で呟いた。
「また三人で……来たいな……」
「うん! また絶対来ようねー!」
「二人が一緒なら……夏の海も楽しい場所になるもん……ね」
しっかり聞かれてた。うわ、恥ずかしい。
そのまましばらく三人で夕日を眺めた後、俺達は着替えを済ませてから帰りの車に乗った。
余談ではあるが、俺は帰りの記憶が一切ない。覚えているのは助手席に座ろうとしたら康介さんが何故か後部座席に座るよう勧めてきたことと、起きたら家に着いていたこと。
そして、俺の両肩に二人の可愛らしい寝顔があって最後の最後に心臓が爆発するくらい驚いたことくらいだろうか。
その時康介さんが何故か苦笑していたが、あまり深く考えないようにしておいた。
そして車を降りると、窓から眠気眼の二人が顔を出して声をかけてきた。
「リョウ君、またねー!」
「遊びの計画は……まだまだいっぱい……ある……よ」
「うん、じゃあ……また」
こうして俺と双子の初めての海水浴が終わったのだった。
この時点で、今年の夏休みは俺の人生の中で一番楽しい夏休みであることは、もはや揺るぎない事実になっていた。
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