第32話 ミカとカップルのフリをした
翌日土曜日、俺はアニメショップのレジに並んでいた。
そして目的の商品を店員に差し出す。表紙が結構肌色要素が多くて恥ずかしい。
「すみません、これください」
「こちら『私を彼女にしないなら他のヒロインを〆ます』シリーズを1000円以上ご購入いただくと限定クリアファイルをプレゼントするキャンペーンを実施しています。5000円以上のご購入なので5点おつけいたします」
「あの、アクリルスタンドも貰えるって聞いたんですけど」
俺は恐る恐る店員に尋ねる。すると店員は慣れた口調で俺の質問に答える。
おそらく他の客にも散々似たようなことを聞かれたのだろう。
キャンペーン初日だというのに大変だな。いや初日だからこそか。
「はい。ただしそちらの特典はお客様の“彼女”をお見せいただく必要があります」
「あ、そうですよね。やっぱり見せなきゃ駄目っすか……彼女」
「すみません、そういう規則ですので」
「分かりました……じゃあ、この子!」
「あぅ……りょ、りょう君……恥ずかしい……」
俺は後ろに隠れていたミカを連れてきて店員に見せる。
ミカの可愛さに驚いたのか、それとも俺みたいな陰キャに彼女がいることに驚いたのか、店員は目をパチクリさせている。
「この子、俺の彼女です! というわけでアクリルスタンドください!」
「しょ、少々お待ち下さい」
言ってしまった……俺はなんてことをしたんだ……! あろうことかミカを彼女と偽るなど!
「な、なぁミカさんや。本当にこれでよかったのか……?」
「だ、だってりょう君……アクリルスタンド……すごく欲しそうだったもん……」
「そりゃそうだけど、いくらなんでも彼女のフリをしてもらうのは悪いだろ……凄い今更だけどさ」
そう、昨日ミカが電話で言った提案とはミカを彼女として紹介するというものだった。
聞いた時は驚いたし、今もこうしてミカを彼女として横に立たせるのには罪悪感がある。
まぁ俺だって男だ。こんな風に彼女を連れてアニメショップ巡りとかしてみたいと夢描いたことが無いかと言われれば嘘になる。
しかもミカほどの美少女となればなおさらだ。隣にいるのが俺で申し訳ないとさえ思う。
「お待たせしました、こちら特典のアクリルスタンドです」
「あ、どうも……すみません」
後ろめたさからか店員に謝ってしまう俺。そりゃそうだ、横にいるこの子は実際には彼女でも何でもないんだもの。
気のせいかビニール袋が重く感じる。これが罪の重さか。
「にゅふふ……特典貰えてよかったね……」
「そ、そうだな。しかし俺みたいに友達に彼女のフリをしてもらうオタクばっかじゃないだろうし、アクリルスタンド余ったりしないだろうな」
さり気なく全国のオタク仲間に喧嘩を売るような発言をしつつ、いらぬ心配をしてしまう。
これ企画の段階からミスってるだろ絶対。もうちょっと購買層の事を考えてほしいものだ。
そう思ってレジの方を見返すと、他の客がスマホの画面を店員に見せながら叫んだところだった。
「これが僕の彼女のレムリアちゃんです! 特典のアクリルスタンドください!」
「はい、かしこまりました」
……あれ?
「も、もしかして彼女同伴って……」
「好きなキャラの画像でも……オッケーだったんだね……」
そういうオチかよ!? 結局以前やってた推しキャラ紹介でグッズ貰えるキャンペーンと同じじゃねえか!
というか、それならそうとウェブサイトにも記載してくれよ。俺みたいな陰キャは言葉の裏を読み取るような能力無いんだから。
うわー完全にやっちまった!
店員が変な目で見てたのも納得だ。こいつ何リアルの彼女連れてきてんの? とか思われたに違いない。
これじゃあ完全にミカの骨折り損じゃないか。わざわざ付き合ってもらったのに申し訳ない。
「と、とりあえず……お昼……食べに行こ……?」
「うう……すまんミカ」
気まずい空気の中、ミカは俺を慰めるために頭を撫でてくれた。
普段なら腕を払うのだが傷心中の俺にそんな抵抗力はなく、甘んじて受け入れてしまうのだった。
◆◆◆◆◆
「それにしても彼女同伴ってややこしい言い方だよなぁ。普通それだけで好きなキャラの画像提示すればいいって分かんないだろ。せめて嫁とか推しって言葉を使ってほしいもんだ」
「たぶん……作品の雰囲気に合わせたのかも……。でもアクリルスタンドは貰えたし……結果おーらい……だよ」
「それはそうだけど……。ああいう勘違いって、ふとした時に思い出して死にたくなるんだよ。一人で部屋にいる時、急に過去の過ちが襲いかかってくる」
「うう……ミカも……似た経験あるから……わかる……。朝倉さんって呼ばれて……振り返ったら……ユカちゃんの方に用事があったこととか……あるし……。ひぃん……思い出したら……恥ずかしくなってきた……!」
あるある、別に知り合いじゃないのについ自分が話しかけられたと勘違いしちゃうこととかな。
それまでろくに会話したこともないのに、どうして自分が話しかけられたと思ってしまうのか。思い出すだけで身悶えるぜ。
陰キャは他の人より恥ずかしい経験も多いから、黒歴史ネタには事欠かない。
こうして話題に出すだけでダメージ受けるから話のネタにも出来ないけどね。
「ま、まあ悪い話題はこれまでにして……。見てくれよミカ、このアクリルスタンド。手のひらサイズで結構でかいんだぜ!」
「わぁ……絵もかわいいし……机とかに置いたらよさそう……」
「だよな! これが貰えただけでも今日は最高だ。こうしてミカと昼飯も食えるしな」
「ミカとお昼食べるのが……最高……?」
ミカは俺の言葉に疑問をいだいたのか小首をかしげて尋ねてきた。
しまった、つい本音が漏れてしまった。俺は誤魔化すように言葉を取り繕う。
「ほ、ほら! 普段友達と飯食いに行かないし、なんか充実してるなーって思ったんだよ! 別にそれだけだから!」
「そう……だね……。ミカも……楽しかった……よ。最近……毎週りょう君と遊べて……ミカ……幸せ」
「幸せってまた大袈裟だなぁ。確かに一人で休日過ごすよりよっぽどいいけどさ」
今まで土日はアニメとゲーム、たまにネットくらいしかやることなかったからなぁ。
こうしてほぼ毎週外出してるのは俺にとっては快挙と言えるかもしれん。
「大袈裟じゃ……ないよ……。フリだったけど……りょう君と……その、カップルになれたし……いつもより……ドキドキした……にゅふふ」
なっ……!
「だ、だから男子にそういうこと気軽に言っちゃ駄目だって! 勘違いするやつ続出するぞ!」
「かん、ちがい……? ミカ、りょう君と遊べて……嬉しかった気持ち……ウソじゃないよ……?」
「そ、そうじゃなくてだな……」
しかし口に出して説明するのも気恥ずかしい。こういうところがずるいんだよなミカは。
やはりミカは男子特効の能力持ちに違いない。俺のスキル『奥手』が無かったらとっくに落ちてしまっていただろう。
「りょう君……今度また……一緒に遊びに行こうね……」
「あ、ああ。ミカがいいなら」
「やった……♪ 約束だ……よ?」
満足そうに笑うミカを見ていると何だか気を削がれてしまう。
こんなに意識してしまっているのは俺の方だけなんだろうな、きっと。
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