第95話 ミカが頑張る理由

「ワンツーワンツー! ストップ、ミカ……今のところは振り付けが左右逆だよ」


「あぅ……ごめんなさい……」


「謝るなって。別に悪いことしてるわけじゃないんだからさ。気をつけて、同じミスをしないようにすればそれでいいから」


「うん……もう一回やってみる……!」


「ああ、頑張れ!」


 チアの女装をしてミカの個人レッスンに付き合うことになった俺。

 金髪に頼んでチアダンスの振り付けをスマホに録画してもらい、それを見ながらミカに指示を出す。

 一応言っておくが、盗撮じゃないからな。金髪のコミュ力を利用して、ちゃんと許可を取って撮影してるからな。


「おっ、いい感じいい感じ! 今のステップかわいかったぞ」


「え、えへへ……ありがと……。じゃ、じゃあ次の振り付けも……やってみる……」


 ミカも他の女子の視線を気にすることなく、練習に打ち込めてリラックス出来ているみたいだ。

 最初に比べたら僅かではあるが、ダンスも踊れるようになっている。

 やはりミカはやれば出来る子なんだ。体育の時もそうだが、最初こそ人より覚えるのに時間がかかるけど、しっかり練習すれば人並みにはこなせる様になるんだ。


「えっと……ここで回って……ここで手を上に伸ばして……」


 ぎこちないなりに一生懸命頑張る姿に、俺の頬は緩みきってしまっていた。

 可愛い子が悩みながらも前進する姿は、心に響く物がある。

 というか単純にミカの踊っている姿が可愛い。こういうことって普段やらないから、新鮮さがある。


「ど、どうだったりょう君……! 今の……ミカ出来てた……?」


「うーん、ちょっと腕の角度が低いかなぁ。ここは全員でいっせいにアピールする場面だから、きっちり揃えないとダメっぽいんだよなぁ。あともうちょい、腕を上に上げてみて」


「うん……分かった……!」


 ミカのやつ、いつになく張り切っちゃって。

 そんなに他の女子に見られるのが嫌だったのか?

 陰キャ精神極まれりだな。俺も人のことをとやかく言えないけどさ。


「おーし! その振り付けは大分マシになってきたから、次に行くぞー!」


「ほ、本当……? ミカ……上手になってる……?」


「ああ、めっちゃいい感じだぞ。今日は次のパートの出だしまで練習して、終わりにすっか」


「あの……ありがとね……りょう君。ミカなんかのために……」


「何言ってんだよ。ミカのために頑張るのは当たり前だろ?」


 何て言ったって大事な友達だしな。それに頑張ってるのはミカ自身だ。

 俺はただでさえ友達が少ない。だからこういう時に友情を大事にしないと、後で痛い目を見そうだし。


 情けは人のためならずって言うだろ? 人に優しくしたら、いつかはその恩恵が自分に返ってくる。

 結局は陰キャの自己保身のための行動だよ。まぁミカと一緒にいる時間が楽しいって理由もあるけど。


「よーし、じゃあちょっと休憩したら練習再開するぞー!」


「うん……!」





「進藤のやつ……完全にロールプレイやめてるなぁ。あいつ、自分が女装してるって忘れてんじゃね~?」





 ◆◆◆◆◆





「はぁ……はぁ……あれ、ミカじゃないか。こんな時間まで練習か?」


 女装姿から元の服装に戻して、素知らぬ顔で練習終わりのミカに話しかけた。

 つい数分前まで一緒にいたのだが、あれはあくまで進藤亮子として接していただけだ。

 本当の俺は今まで組体操の練習に参加していたという体なわけだ。

 しかし急いで着替えて、走ってきたからしんどいぜ。


「りょう君……さっきまで一緒にいた……よね?」


「な、なんのことかなー? そ、それより一緒に帰らないか? ほら、もうすっかり暗いしさ! 女子一人だと危ないじゃん?」


 お前と一緒の方がよっぽど危険だよ、とかツッコむなよ。

 俺は紳士だからな。安全性と信頼性100%の健全男子なのだよ。


「えっと……うん、そうだね。じゃあ……一緒に帰ろ……?」


「お、おう」


 ミカは若干困惑した様子だったが、了承してくれた。

 もうミカにはバレバレっぽいけど、一応俺が女装した件については触れないように気を利かせてくれている。

 同級生の男子がいきなり女装して、一緒にチアの練習をしだすなんて意味不明すぎるもんな。

 俺もあまり深くツッコまれると、後で思い出して死にたくなるのでありがたい。


「9月も中旬になってきたから、日が落ちるのが早くなったよなぁ。ついこの前まで、夜7時でも明るかったのに」


「そうだね……最近は夜中にエアコンつけなくても……眠れるようになってきたもん……。電気代かからなくて……お母さん喜んでる……」


「げっ……。俺まだエアコンつけてるよ……。父さんに怒られっかも……」


「ふふ……一人暮らしだと、その辺が適当になっちゃうのかも……。りょう君の部屋……西日が当たって夜でも暑いもんね……」


「そうなんだよ……。夏休みは父さんも家にいたから、電気代は言い訳できたんだけどなぁ。そろそろ扇風機に切り替えるか」


「暑さには気をつけて……ね。今日の朝も……夜中に熱中症で倒れた人がいたって……ニュースあったよ」


「うーん、難しい問題だなぁ。俺の部屋、窓全開にしてもあまり風入ってこないしなぁ」


 残暑のきついこの時期は、俺の部屋はマジで地獄だ。

 家に帰って荷物を部屋に置きに行くと、むわっとした熱気で嫌気が差す。

 逆に冬は暖かいので、ここら辺は善し悪しが別れる所だ。



「あのね……りょう君……」


 会話の途中、ミカが神妙な顔つきで語り出す。


「ミカ……いきなりチアに参加させられて……びっくりしたけど……。新しいことにチャレンジ出来るのは……嬉しいんだ……」


「体育祭頑張るって言ってたもんな。なぁ、どうしてそこまで頑張ろうとしてるんだ? 最初は嫌そうだったのに」


「えっと……」


「あ、言いたくないなら無理にとは言わないけど。聞かれたくない話題だったか……?」


 女子のプライベートに土足で踏み込むなんて、モテない男ムーブすぎたか?

 もしやウザいキモいしつこいなんて思われてしまっただろうか……!?


「ううん……ただ、ちょっと恥ずかしいっていうか……」


「恥ずかしい……?」


「その……ね。りょう君……最近は学校でも楽しそうだし……友達も増えてるみたいだし……。ミカも……リアルを頑張らないと……りょう君から嫌われちゃうかもって……思ったの……」


 何を言っているのだろう。まるで理解できない。

 俺が学校で楽しそう……? むしろ最近は色々ありすぎて、やっぱり学校ってクソだわと思っているくらいだが。

 友達だって一人も増えてない。もしかして金髪やギャルのことを友達だと勘違いしているのか?

 それに俺がミカのことを嫌いになるなんて、あるわけがない。

 むしろ俺の方こそ、ミカに嫌われてしまわないかビクビクしているというのに。


「だから……ミカも体育祭を頑張ったら……りょう君と一緒にいる資格がある……なんて勝手に思って……ます」


「えっと……その、ミカがそんな風に考えてるなんて全然思ってもみなかったよ」


 だって俺なんかがミカを蔑ろにするとか、絶対あり得ないじゃないか。

 非モテ陰キャ男子がミカのような美少女と一緒にいれる。それだけで幸運なのに。

 そのミカから、俺が彼女を切り捨てるなんて思われてるなんて、予想出来るわけがない。


 どういう訳でそんな勘違いが起きたのか、甚だ疑問ではある。

 だが今はミカの誤解を解いて、少しでも不安を取り除いてやるのが先だ。


「あのな、ミカ。ミカが俺と一緒にいるのに、資格なんているはずないだろ? むしろ俺なんてフリー素材くらいに思って、もっと我が侭言ってくれていいんだぞ」


「でも……その……りょう君はミカと違って……」


 俺の言葉を聞いてもミカはどこか納得いってないといった様子だった。

 どうにかしてその誤解を解いてやりたいが、これ以上俺から言える言葉なんてあるのだろうか。


「それに……りょう君は……ユカちゃんが……」


 続けてミカが何かを言おうとした時、後ろから眩しい光が降りそそがれていることに気付く。

 それが車のライトだと分かった時には、既に車が俺たちのすぐ後ろまで迫っていた。


「危ない、ミカ!」


 俺は咄嗟にミカの手を取り、道路脇に飛び退いた。

 その際、意図せずミカを抱き寄せる形になってしまった。


「あ、危ねぇな……。住宅街なんだからスピード出すんじゃねぇよ……ったく」


「あぅ……」


「って、ごめんミカ! あの、抱きつくつもりはなくってだな……。その、これは文字通り事故というか……下心とか無くって……!」


「うぅ…………」


「えっと、ミカ……?」


 ミカは俺の腕の中から出ると、胸元を手で押さえて黙り込んでしまった。

 もしかして俺に抱きつかれたのがショックで、吐き気が催してしまったのだろうか……。


「だ、大丈夫か? その……悪かったよ、いくら車が来てたからって抱き寄せたりして」


「う、ううん……嫌じゃなかった……よ」


「え……?」


「ひゃう……! ミカ、何言ってるの……! えっと、今のは聞かなかったことに……! じゃ、じゃあねりょう君……ミカの家、もうそこだから……一人で大丈夫!」


「あ、ああ。気をつけてな……」


 ミカは慌てて走り出していった。ミカが一体どんな表情をしていたのか、暗くてよく見えなかった。



「嫌じゃなかったって言ってた……よな。それって俺に抱きしめられるのが……? ま、まさかな! 社交辞令に決まってるって!」


 俺なんかに抱きしめられて嬉しがる女子が、この世にいるわけないもんな!

 自分に都合のいい様に考えるな。自意識過剰くんになって気持ち悪いぞ俺。


 そうだ、きっとミカは俺に気を利かせてああ言ったに違いない。

 明日顔を合わせたら気まずくならないように、ミカなりの優しさだったんだ。


「でも……抱き寄せた時のミカの体……柔らかかったな……って! キモすぎんだろ俺! ああ……でもいい香りがしたなぁ……って! だからキモいって!」


 くそ……忘れようにも中々忘れられない。

 明日ミカと会うのが恥ずかしいな。ミカ、どうしてあんなこと言ったんだよ……!

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