第75話 ゲーセンの悪鬼ミカとやられ役の俺

「夏休みってこともあってゲーセンも盛況だなぁ」


 先日ユカとの会話でゲーセンの話題が出たのもあって、今日はゲーセンにやってきた。俺のやっているゲームにランクマッチが実装されたのだ。

 二年間このゲームをプレイしてきた俺にとって、ランクマは願ってもない機能だ。俺の腕前を如何となく発揮して、それが勲章として形に現れるんだからな。

 全国の猛者どもよ……よく見ておけ。今日がプレイヤーネーム『ryo^~』のデビュー戦となるんだからな!


「さっそくプレイ台にいくぜ! って結構混んでるな……6台中5台埋まってるし。このゲームにしては珍しい」


 人気があるとは言っても近頃のゲーセン事情はかなり苦しい。稼働初日とかでもない限り満席になるなんて滅多に無い。

 それだけランクマッチ導入が話題として強いということか。夏休み効果もあるんだろうけど。


「まぁいいや。空いてる台に座ろう」


 運良く最後の台を陣取れた俺はICカードと百円玉を用意してゲームを開始する。いよいよランクマッチの幕開けだ。

 俺の水着アテナの力を見せてくれる!


「あのー」


 俺が息巻いていると隣の台から声をかけられる。一瞬俺に話しかけているのか分からず反応が遅れてしまった。

 自分に話してると思ったら別の人に話してました、なんて勘違いはあるあるだからな。下手に返事をしたら恥をかいてしまうかもしれない。


「あのーすみません。もしかしてランクマしようとしてます?」


「あ、えっはい」


 勘違いじゃなかった。やっぱり俺に話しかけていたようだ。隣の台の俺と同い年かやや年下の少年がにこやかに笑っている。

 知らない人に話しかけられるその胆力、驚嘆に値するなぁ。俺なんて絶対無理だわ。

 俺に話しかけてきた少年の隣から更に別の少年も顔を出す。


「僕らも今からランクマやろうと思ってたんすよー。僕たち友達なんで固定チームで行こうって思ってたんですけど、これ3on3じゃないっすか」


「だからメンバーがあと一人欲しくって。もしよかったら一緒のチームに入ってもらえませんか? あ、お兄さんが嫌だったら全然大丈夫ですよ」


 はー固定チームねぇ。そういえば他のゲームでも店内ペアとかルーム作って別の店の知り合いとペア組めたりするもんな。

 このゲームでもそういうことが出来るのか。友達がいるなら楽しいだろうな。俺にはいないけどなそんな友達!

 ネトゲの野良パーティでさえビビって組めないほどの陰キャだからね、仕方ないね。


 だがせっかく誘ってもらえたのだ。どうせなら参加させてもらおうかな。


「じゃあ……もし迷惑じゃなければ」


「ありがとうございます!」


「一緒に頑張りましょう!」


 うぅ……眩しい。おそらく中学生だろう、彼らの楽しそうな笑顔を見ていると一人でゲーセンに来た俺が惨めに思えてしまってならない。

 勝手に自分を卑下して悲しむあたり本当にどうしようもない陰キャだな俺は。


「じゃあさっそく店内用のルームに入りましょう」


「お、おお。えっと全国対戦の……ここかな?」


「あ、この『ryo^~』っていうのがお兄さんですか?」


「うわ~水着アテナだ! すっげー! これめっちゃ可愛いっすよね! 俺引けなかったんだよな~。三千円使ってもSRキャラさえ出ないってキツすぎすよねー」


「ま、まぁこうでもしないとゲーセンに客呼べないだろうしなぁ。話題性のある作品のアーケードゲームってことで客を引き、可愛いキャラや強いキャラはガチャにぶち込んで固定客掴むしかないんだろ。幸いゲームの出来はいいから上手くいってるし」


「へぇ~お兄さん詳しいんですね」


 素直に感心したといった表情で見られても困る。今のはオタクの悪い癖で業界通ぶって斜に構えて物を語っただけだ。


「そ、そんなことより対戦相手が決まったみたいだぞ。えっと、相手はCランクが二人と……え、Aランク!?」


「Aランクって、まだ全国に数十人しかいないって噂じゃないっすか! なんでそんなやつが相手にいるんだよー!」


「しかもこれ、この店のやつだ! 向かいの台の誰かが対戦相手にいるんだ!」


 相手のプレイヤーネームは『Mika@微課金』というやつだった。この名前、そして同じ店にいるという情報を見た瞬間俺の脳裏に数ヶ月前の光景が浮かび上がった。

 これミカじゃねぇか! 今日も来てるのかよ! しかももうAランクってやり込みすぎだろ!

 ゲームばっかりやってないで少しは外で遊びなさい! いや人のこと言えないけどさ!



「にゅふふ……いつかの水着アテナ使い。環境上位なのに上方修正されたクソキャラ……つぶす……!」


「ひっ!」


 気のせいか? 今向かいの台からミカの声が聞こえたような……。


「全員Cランク……ミカ一人で捻り潰してあげる……うん……!」


 ちらっと向こうの台を覗き込むとやっぱりミカがいた。しかもかつて見た怖い笑みを浮かべてレバーを握っている。

 どうしたんだミカ。お前ゲームの時は人が変わってないか。


「始まりましたよお兄さ……ってもうやられてる!?」


「うわっこっちもやられた!」


 開始十秒ほどで俺がやられてしまい、少年二人も無事ミカの洗礼を食らったようだ。

 まだ試合開始から一分も経ってないのにこの状況、ミカめ更に腕を上げやがったな。


「だがただではやられん! せめて一矢報いてやる! いくぞお前ら!!」


「「はいっ!」」


 見せてやる。戦いは数だということを。そして環境上位のぶっ壊れキャラの性能をな!





 ◆◆◆◆◆





「あ……りょう君。ゲーセン……来てたんだね……」


「お、おう。偶然だな」


「んゅ……どうしたの? ミカの顔見て……すごく驚いてる……いや、怯えてる……?」


「そ、そんなことないぞ!? 別に完膚なきまでボコボコにされて体力ゲージを一ミリも削れなかったのを見て、凄いとかそれ以前に人間じゃねぇって思ったとか、そんなわけじゃないからな!」


「んん……りょう君もしかして……ミカがあのゲームやってるとこ……見てた?」


 見てるどころか対戦してましたよお嬢さん。本人にそれを明かそうとは思わないけど、だって一方的にボコボコにされたのに名乗り出るって恥ずかしいじゃん。

 しかも今回だけじゃなく、以前も負けてるからな。ミカにはゲームで勝てそうにないわ。

 こいつコンボの繋げ方もだけど読み合いがマジで常識離れしてる。未来視の魔眼とか持ってたりしない?


「にゅふふ……りょう君が見てたと思うと……なんか恥ずかしいね……」


「なぜ照れる……いやでもすごかったよミカ。まじで強かったな、戦った相手は不幸だったとしか言えないよ」


 俺とか俺とか主に俺とか。しまいにはリスポン狩りまでされちゃったからな。このゲームにリスポン狩りなんて概念あったんだって驚いたぞ。


「んふふ……ありがとう……いつもダメダメなミカだけど……少しはりょう君にかっこいいところ……見せれた……?」


「お、おう。素直に尊敬するよ。凄いなミカは」


 対戦した身からするとかっこいいなんて全く思えないんですけどね。むしろ怖かった……。

 けどミカのゲームの腕前は本当に尊敬している。それも一つのゲームだけじゃなくて色々なゲームに対応できる順応性もある。

 学校でカードゲームした時も一方的に負けたしな。


 そういう意味じゃミカも自分の得意な分野があるというのに俺には何もないな。

 人間一つくらい取り柄はあると言うけど俺にも何か人より長けてる部分はあるんだろうか。

 陰キャレベルなら……いやそれは自慢できることじゃない。つーか短所だわ。


「あぅ……りょう君……ため息吐いてどうしたの……? 疲れてる……それとも熱中症……?」


「いや大丈夫……ってかユカもミカもすぐ熱中症って聞いてくるのは何なの? 俺そんなに顔色悪いの?」


「だ、だって今年は……暑いから……」


「まぁそれは確かに。どっかの県は最高気温40℃だってよ、死人出るんじゃないか?」


 おかげでエアコンのない場所には耐えられない体になってしまった。

 昨日なんてエアコンのつけすぎって父さんに怒られて扇風機だけにしたら、一気に部屋の中が蒸し風呂状態になったからな。

 窓全開にしたらしたで外気が暑すぎて無理無理。もう国全体で夏に限りエアコン代は安くしてほしい。



 俺が地球温暖化に憂うのをよそにミカの視線は別の場所を向いていた。

 そこにはプリクラ機から出てくるカップルがいた。



「ねぇこれからどこいく~?」


「スタバ行こうぜスタバ~」



 くそ、カップルがゲーセンに踏み入るんじゃねぇ! 俺たち陰キャオタクの居場所がなくなるだろうが!

 陽の者が陰の者の領域を奪うのは勘弁してもらいたいもんだぜ。こっちが勝手に劣等感抱いてるわけですが。


「いい……なぁ……」


 おそらく無意識に言ったのだろう、ミカはぽつりと呟いた。


「なんだミカ、プリクラ撮りたいのか?」


「えぇ……っと……。そっちじゃ……なくて……いや、プリクラも……撮りたいけど……あぅ……」


「んん?」


 プリクラじゃないなら何に対していいなと言ったんだろうか。謎だ。


「うぅ……あぅ……うにゅ……あぅ……」


 ミカが凄い唸っている。プリクラの方をチラチラと見ながら、何故かは知らんが俺の顔色をうかがっている。

 本当にどうしたんだろう。プリクラが撮りたいなら撮ればいいのに。別にリア充だけがプリクラをやるわけじゃないんだから、気兼ねなく行けばいいじゃないか。



「あ、あのっ……!」


 散々迷った後にミカは声を震わせていつもよりちょっとだけ大きな声を出した。


「りょ、りょう君……み、ミカと……その……一緒に……あぅ……」


「どうした? 言ってみ」


「あの……もしよかったら……ミカと一緒にプリクラ……撮りません……か?」


 恥ずかしそうに頬を染めて上目遣いで俺を見つめてくるミカ。

 だからその顔は反則だって。そんな顔でお願いされたら男だったら断れないじゃないか。

 ミカは一体何度俺の男心をくすぐれば気が済むのだろうか。でも――


「俺がプリクラ……か」


 プリクラってリア充がやるもんだろ? カップルか陽キャ女子グループのおもちゃって印象だ。

 俺がやるのはいくらなんでも場違いすぎやしないだろうか。


「だめ……ですか……?」


 不安そうな感情がミカの瞳に現れ、潤いを持って宝玉のように光る。

 くっ……卑怯だぞミカ。それはいくらなんでもやりすぎだ。もはや必殺技レベルの破壊力だぜ。


「わ、わかった。一緒にプリクラ撮ろう」


「ほんとう……? ……やった……にゅふふ……」



 結局ミカに折れてプリクラ撮影を敢行することになってしまった。プリクラ機の中に入ってからお金を入れると色々メニューが出てきた。

 しかし悲しいかな、俺もミカも陰キャなもんでプリクラなんて撮りなれていないせいで何をどうしたらいいのか分からない。

 よくプリクラで『盛る』っていうワードを聞くけど何を盛るんだ? 胸か?


「ど、どうすんだミカ……」


「あぅ……えっと……と、とにかく……普通そうなので……!」


「どれが普通なんだ!? さっぱり分からん!」


 ミカが適当に画面をタッチしていくとガイド音声がポーズの指定をしてきた。

 なんだなんだ、プリクラって機械に指示されながら撮るもんなのか?



『二人でハートのマーク♪ 3・2・1……』


「え、ハートってえ!?」


「えっと……えい……!」



『可愛くポーズを取ってね♪ 3・2・1……』


「可愛くって、やりたくねぇ……!」


「あぅ……こう……?」



『わー! って叫んでみよう♪ 3・2・1……』


「指示が雑だなオイ!」


「が、がおー……」



 そうしていくつか写真を撮った後にタッチペンで加工をする場面もあったのだが、化け物みたいな写真にしかならなかった。

 これ完全にネタ写真だろ。みんな笑いのネタとしてプリクラ撮ってんのか?


 分からないことだらけの中、ようやく解放された俺たちはプリクラ機の外に出て印刷された写真を手にとった。

 俺はどれも慌ててる顔や困惑した顔ばかりで、まともに写ってるのがほとんどない。一方ミカは加工ありでも加工なしでもちゃんと可愛く写っている。

 さすが学校でも最上位に可愛い美少女、顔の作りが違う。俺と一緒に慌ててたはずなのにこの違いは……。


「あの……ありがとね……りょう君……。プリクラ……撮ってくれて……」


「どれも微妙な顔ばっかりで申し訳ない……。気持ち悪かったら捨てていいからな?」


 このぱっちりおめめに加工したプリクラは魔除けくらいには役に立ちそうだけどね。


「ううん……大事にする……ずっと大事に……」


「そ、そっか。ミカがそういうなら……」


 まぁ自分も写ってるのに捨てていいなんて言うのは失礼だったかもな。

 俺も思いがけない方法でミカの写真をゲット出来て嬉しいし、結果的にはプリクラを撮って良かったのかな。



「にゅふふ……りょう君とミカの……プリクラ……♪」

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