第74話 夏コミの新刊を買いに行ったらユカがいたんですが
コスプレ撮影から数日後、俺はいつものアニメショップに来ていた。
目的はもちろん夏コミの新刊を買いに来たのだ。俺の好きなサークルや、春アニメの同人誌がいっぱい出てるからな。
一部のサークルは夏アニメの同人誌を既に出しているし、買うものリストをまとめただけで一万円を軽く超えるんだから困ったもんだ。
「〆カノの原作絵師が個人サークルで〆カノイラスト集出してくれるなんて最高だわ。まぁ他の同人誌と違って高いのがちょっとあれだけど」
最近は半公式の同人誌を出してくれる絵師が多くて助かる。ソシャゲのイラストレーターが自分の担当したキャラのイラスト本出してくれたりとか、贅沢にも程がある。
そんなの買うに決まってるだろ、おかげで小遣いがなくなっちまう。嬉しい悲鳴だけどな。
「さてと、だいたいお目当てのもんは手に入ったかな。この店は相変わらず品揃えが良くて助かるなぁ……あとは」
あのカーテンの向こうのゾーンに行くとするか。
あ、間違えた。行くんじゃなくて迷って入っちゃったってことにしなきゃな。俺はまだ18歳未満、あのカーテンの向こうへ故意に行ったら駄目だからな。
何のコーナーかわからず間違えちゃったってことにしないと怒られてしまう。
「あれーここどこだろー分かんなくなっちゃったなー」
さあ、桃源郷はすぐそこだ。年に二回の俺の楽しみ、桃色の園が俺を待っている!
大丈夫買いはしないさ。18歳未満は禁止だからな、ルールは守る。ただちらーっと見るだけ。
ほんの小一時間くらい目の保養をするだけだ。ぐふふふ……。
「あれーリョウ君じゃんー!」
「っ! そ、その声は……」
「前もここで会ったよねー。今日は何を買いに来たのー……ってどうしたの、顔が真っ青だよ?」
「よ、よぉユカ……」
あと少し! あとほんの数十センチ先に理想郷があるというのにこのタイミングでユカと遭遇してしまうとは! なんたる悲劇!
いや友達に会うのを悲劇扱いはどうなんだろう。普通に失礼だよな、うん。
「んー? どうしたのさー本当に顔色悪いよ? 熱中症かなー」
「い、いやそういうわけじゃないんだけど。と、ところでユカはどうしてここに? ミカも一緒なのか?」
「今日はユカ一人だよー。ミカちゃんはゲームセンター行くって言ってた。なんか新しいキャラの性能がどうとか、ランクマ(?)が実装されたから行かなきゃとか、難しいこと言ってたなー」
「あーそっか。あのゲーム、ようやくランクマが実装されたんだっけ」
そのゲームとは、以前俺がゲーセンでユカと対戦してボコボコにされたゲームのことだ。そう、アーケードゲームなのにキャラのガチャがあるあの恐ろしいゲームだ。
面白いゲームなのは間違いないんだけど3on3の対人ゲーでランクマ無しってちょっとおかしいよな。
ただでさえガチャでキャラ格差があるのに、その上対戦相手のレベルさえ選べないんだぜ?
そのせいで環境のバランスがメチャクチャすぎて一部には不評だったのだが、運営が重い腰を上げてようやくランクマッチ制度を導入したわけだ。俺も近日中にランクマに臨もうとしていたところだったが、ミカに先を越されてしまったか。
これ以上ミカに差をつけられないように俺も一日中ゲーセンにこもろうかな……。
「稼働から二年でランクマ実装って遅すぎだろ。今まで対戦相手とのレベル差が全然考慮されてなかったしさ。おまけに弱キャラは上方修正されずになぜか人権キャラが強くされるし。中堅キャラが下方修正されたりするし。面白いけどバランスが大味すぎんだよな」
「え? え? リョウ君までわけわかんない呪文喋り始めちゃった!?」
「あ、ごめん。つい熱が入っちゃった。俺たちがやってるゲームって面白いけど、不満も感じてたから色々感情が吹き出てきちゃったわ」
「ふーん。っていうかリョウ君もそのゲームやってるんだねー。ふーん……」
「どうして疑うような目で見てくるんだよ……」
「べっつにーなんでもないよー」
何でユカが不満そうにしてるんだ? 相変わらずよくわからないやつだ。
そういえば何故ユカがこの店にいるんだろう。ミカがいるなら分かるけど。
「ユカは何目的でここに来たんだ? アニメなんて興味ないだろうに」
「えへへーそれがさー。この前のコスプレが楽しくって、ユカもちょっとアニメに興味出てきたんだよねー。ミカちゃんにそれを言ったらここで〆カノのどーじんし? って言うのを買えばいいって言われたんだー」
「アニメに興味持ち始めた初心者に同人誌から勧めるなよミカ……」
そこは普通原作を買うように勧めるとか、コミカライズ版をおすすめするとか他にやりようがあるでしょうが!
誰がいきなり同人誌から勧誘するやつがいるんだよ! 二次創作って概念もわからないやつにすることじゃないって!
「ミカちゃんがすすめてくれた本は買ったけど、こんな薄い本で600円もするんだねーちょっと驚いちゃったよ。これ全部ファンの人が描いてるんでしょ、凄いねー」
「薄い本て。いや間違ってないけど」
「え? ユカおかしいこと言った?」
いやむしろ言い得て妙というか、同人誌のことを知らないのによくその単語を出せたなって。ユカはネットスラングも知らないだろうし。
「リョウ君は?」
「はい?」
「だからーリョウ君は何を買いに来たの?」
「そりゃ俺も同人誌を買いに来たんだよ」
あんまり言いたくはないけど、ユカも同人誌という存在を知ってそれを買ったと言うなら隠す必要もないだろう。
いや本当にあんまり知られたくないんだけどさ。表紙も結構肌面積多い本があるし。
「すっごいいっぱい買ってるねー高そうー……」
「まぁざっと1万円以上はすっかな~」
「ええ!? そんなにするのー!」
「まぁ半公式の本とか、公式のイラスト集とかもあるからなぁ。これとかソシャゲの設定資料集なんだけど一冊1500円もするんだぜ。それが二冊同時刊行っていう地獄よ」
欲しい本がいっぱい出るっていうのは嬉しいけど学生の身からするとキツいぜ。
だから毎年夏と冬は無駄遣いを控えないといけない。大学になったらバイト始めようかな。社会に馴染める気がしないけど。
俺がため息をつくとユカは苦笑した。オタクの買い物事情に詳しくないユカでも欲しい物が高いっていう悩みは分かってくれたんだろう。
ファッションなんてもっと金かかるだろうし、安くても一着数千円とかだもんな。
そんなふうにユカと会話していると、ふとユカが俺の後ろのカーテンに気がついてしまった。
「ねぇ、さっきリョウ君そのカーテンの向こうに行こうとしてたよねー? そこって何があるのー」
「えっ!? あ、いやー俺そんなことしてたっけ? 忘れちゃったなぁ~……」
「いや絶対行こうとしてたでしょ。だって足取りに迷いがなかったもん」
「そ、そんなわけないだろ!? 俺、この先が何のコーナーか知らないしさ! そ、それよりユカ、〆カノの7話なんだけどさ――」
「この先って何があるんだろー。ねぇ入ってみない?」
ユカが興味津々にカーテンの中に入ろうとしたので、俺は思わず全力でユカの手を掴み引き止める。
それを見てユカは驚いたように目を開いた。
「りょ、リョウ君?」
「ユカ……その向こうは駄目だ。やめとけマジで」
「だ、だってさっきはリョウ君も入ろうとしてたじゃん」
「よ、よく考えたらカーテンで仕切ってるってことは客が入っちゃ駄目な場所かもしれないだろ? バックヤード的なやつ?」
「あーたしかに! だからカーテンしてるのかもねー」
よかった、ユカが純真なやつで助かった。普通こういう店のカーテンって18禁ゾーンって常識なんだが、ユカがこっち系の知識に疎くてよかったぜ。
そうやって俺が一安心したしたのもつかの間、カーテンの向こうから別の客が何人か出てきた。私服でカゴを持ち、リュックサックをからっているその姿はどこからどう見ても店員には見えない。
「……ねぇ、やっぱり入ってみようよ」
「いややめとこうって! ほら俺も早く会計済ませたいしさ! なっ!?」
「さっきは入ろうとしたのにすっごく必死……ユカ余計気になってきちゃったー!」
「うわ馬鹿やめっ――」
俺の静止を振り切ってカーテンの向こうへ足を踏み入れてしまったユカ。
そして数秒が経過した後、顔を真赤にしたユカがカーテンの向こうから帰ってきた。
俺はただ苦笑いをしながらユカを迎えることしか出来なかった。
「お、お早いお帰りで……」
「リョウ君……この向こうがどんなコーナーか知ってたよね……。だからユカを必死に止めてたんだよね……」
「いや、その……それは……あははは」
「しかも最初は自分からこのコーナーに行こうとしてたもんね……。そうだよね、リョウ君だって男の子だもんね……そういうことに興味あるのは当然だよね……」
「あ、あのユカさん……? さっきから言葉の端々から棘を感じるんですけど……」
真っ赤な顔で俺の方をキッと見てきたユカは店の中にも関わらず、今まで聞いたことないくらい大きな声で叫んだのだった。
「りょ、りょ、りょ……リョウ君のえっちーーーー!!!!」
こうしてユカに俺の秘密がまた一つ暴かれてしまった。
機嫌を損ねてしまったユカをなだめるのは大変だった。終始無言のまま、帰り道だからすごい気不味かった。
帰りにファミレスで飯をおごって、更にクレープの屋台に寄ってそれもおごることでようやく少しだけ機嫌を直してくれた。
名誉のために言っておくが俺は本当に18禁の同人誌は買ってないからな。間違えて(故意)カーテンの向こうへと行くことはあるけど。
だがこれもそういうことをしてきた俺への罰ということなんだろうか。今後はカーテンの向こうへ行くことは控えるようにしよう。
もうユカに怒られたくないしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます