第76話 ミカとユカに一緒に夏祭りに行く約束をした

 夏休みも残すところ10日、徐々に近づいてくる現実の足音に得も言えぬ不安を抱えてしまうのは俺だけだろうか。

 普通は学校が再開して友達とまた毎日一緒にいれることを喜ぶべきなんだろうが、あいにく俺は友達も少ない。数少ない友達であるミカとユカは近所に住んでるからすぐ会えるし、学校が始まることで得られるメリットが一切ない。


 このままあの学園生活に戻ってしまうのかと思うと、この時間が惜しくてたまらない。

 あーあ、8月31日の夜が終わったらまた今日の朝に戻らないかなぁ。8回くらいループしてくれてもいいんだぞ8月だけに。


 まぁタイムリープなんてあるわけないんだけどそれだけ俺が現実逃避しているのだと思ってもらいたい。

 学校行きたくねぇなぁ……終業式で結構派手にやらかしたし、陽キャリア充どもに目をつけられたら面倒だ。

 一ヶ月以上経ってるし忘れているのを祈るしかない。


「はぅ……8月が終わっちゃう……学校に隕石でも落下して……休校にならないかな……」


 横で憂鬱そうにソファーに座っているミカが物騒なことを言い出した。流石に高校に隕石が落ちたらその余波で俺んちもぶっ壊れるから勘弁してほしい。

 学校が始まってほしくないっていうのは同感だけど。



「夏休みが終わっちゃうのは寂しいけど、ユカは早く学校の友達と会いたいけどなー。ずっと夏休みだと退屈しない?」


「「全然」」


「うわっ一切の迷いもなく即答した!? ね、ねぇもうちょっと前向きになろうよ二人ともー。二学期は体育祭や文化祭もあるし、楽しいこといっぱいだよー?」


「体育祭とか体育会系がイキるクソ行事だろ」


「文化祭なんて……意識高い系リア充がはしゃぐ……自己満足行事だよ……」


「ふ、二人からどす黒いオーラが吹き出ちゃってるー! 体育祭や文化祭になにか恨みでもあるの? 両方みんなで一致団結して盛り上がるいい行事でしょ?」


 何を寝ぼけたことを言っているのやらユカさんや。あんなのはリア充が勝手に盛り上がってるだけだ。無理やりつきあわされる陰キャの気持ちを考えたことはあるのか。

 第一みんなで一致団結って、学校側が決めたことをただ言われたとおりにやってるだけだぞ。そのために頑張ることが素晴らしいとか言うなら、普段の体育の授業だって同じじゃないか。

 名前に“祭”なんて付けられてるけど本当は陰キャだけをころす祭りだぜあれ。フェスティバルお祭りじゃなくてリチュアル儀式的な意味で。


「お祭りは……きらい……ろくなことないもん……」


「同意、もう文化祭で屋上の階段に隠れてスマホ見て過ごすのは嫌だ」


「ミカも……体育祭で競技に参加しても……クラスメイトに朝倉さんどこ? って言われるの……嫌……」


「二人ともやけに具体的な愚痴が出るねっ! でも流石に重すぎるからこれ以上闇を漏らすのはやめてねっ!」


 流石のユカもフォローしきれないのか冷や汗をかきながらツッコミを入れてくる。

 まぁああいう行事を楽しんでいる側の人間であるユカがこんな陰キャの闇を見てしまえば戸惑ってしまうのも仕方がないだろう。

 だが光あるところには影がある。それだけは覚えておいてほしい。楽しんでいる陽キャがいるところには必ず悲しんでいる陰キャがいるということを。



「あ、あー! そういえば今日、リョウ君ちに来る時に夏祭りのポスターが貼ってあったの見たよー。今週近くの町でやるんだって。花火大会もあるって書いてたよー」


「夏祭りかぁ……」


 最後に行ったのなんていつ以来だろう。中学生の頃はたぶん一回も行ってないんじゃないか?

 今まで俺にとって夏休みはゲームをして過ごす期間であって、家の外にはほとんど出なかったからなぁ。

 外から花火の音が聞こえると『あぁ……もう夏休みも後半に入ってしまったんだな』と哀愁を感じるようになってしまった。

 それくらいお祭りや花火なんてワードは俺の夏休みとは縁の遠いものだった。



 しかしどうやら今年は違うことになりそうだ。何故ならばユカが目を輝かせて俺の顔を見てくるからだ。

 どうせいつものように『お祭りに行こうよー!』と提案してくるに違いない。人が多い場所に行くのは正直嫌なのだが友だちに誘われたのならやぶさかではない。

 全く仕方のないやつだなぁ。俺は本当は行く気はなかったんだけどなぁ。あーめんどくさい。でもしょうがないよなぁ。


「でさ、この前ミカちゃんが教えてくれた〆カノのどーじんしなんだけどさー。あれすっごくよかったよー! 殺芽と狭霧が互いを嫌い合いながらも心のなかで意識しちゃうの、可愛かったー」


「この前買ってたやつか。あれそんなにいいんだ。今度サークル名調べてみよっかな」


「にゅふふ……布教完了……」


「でもミカ、アニメ初心者に百合同人をいきなり勧めるのはやめような」


「はぅ……それは確かに……でもミカの好きなサークルだったからつい……。サンプル見て……ミカも読みたかったし……」


 それ勧めたって言うよりユカをダシにお前がその同人誌欲しかっただけじゃないのか?


「リョウ君も読んでみる? 絵も綺麗だし絶対気にいるよ」


「いや自分で調べて面白そうだったら買ってみるよ。それより……なつまつr」


「あ、そうそうミカちゃんの机に置いてたプリクラ見たけどずるいよ二人ともー! ユカも一緒にプリクラ撮りたかったー!」


「いやあれは偶然たまたま居合わせたからであって、別に撮りたかったわけじゃ……。それはそうとなつまt」


「あぅ……りょう君……ミカとプリクラ撮るの……やっぱりいやだった……?」


「ぐっ……! そういうわけじゃなくてだな……! って今はそんなことどうでもいいだろ! あのさ、なつm」


「あれ、もうこんな時間? ユカそろそろ帰らなくっちゃ! ミカちゃんもほら帰ろう」



 え? これマジで帰っちゃう流れ? さっき夏祭りの話題が出たのにあれで終わりなの?

 いつもならユカの方から誘ってきそうなのに今回に限って無いのかよ!?


「それじゃりょう君……またあした……ばいばい」


「ユカは明日読モのバイトあるから、明後日また遊びに来るねー」


「ちょ、待て待たれよ待ってくださいミカさんユカさん!」


 せっかく夏祭りに誘ってもらえると思ったのに結局一人寂しく家で過ごすことになるなんて嫌だ!

 父さんもあと数日で帰っちゃうし(ここが自宅なのに“帰る”という表現も変だが)夏祭りは完全に一人になってしまう。


 孤独に慣れて群れるのを嫌っていたはずなのに、いつの間にか朝倉姉妹と共にいることが当然のようになってしまった。

 だが考えてみればいつも二人から誘われるか、偶然出くわすような形ばかりだ。これはたまには俺から誘えと神さまが言っているのだろうか。


 ええい迷ってなんかいられるか。勢いで言っちまえ!


「あの、さ! 夏祭りなんだけど……三人で一緒に行かない?」


「……うん! もっちろーん! リョウ君から誘ってくれて嬉しい♪」


「人酔いしそうだけど……りょう君が一緒だったら……大丈夫……だよね……♪」


「あ、ああ。俺も人混みは苦手だから安心しろ(?)」


 一体何が安心できるのか不明だが、今の俺は女子を夏祭りに誘ってしまったことで頭の中がパニックになっていた。

 しかも二人は当然のように了承してくれたのだ。そりゃ取り乱すなというのが無理な話だろう。


「じゃあ夏祭りのエスコート、楽しみにしてるねっ♪」


「ミカも……家族以外とお祭り……初めてだからわくわく……!」


 二人は頬を緩ませてにっかりと笑う。夏の太陽のように眩しい、見ていて思わず目を細めてしまうような笑顔だ。

 俺はどんな表情をしてるんだろう。笑えているんだろうか。それとも仏頂面をしているんだろうか。

 ただ一つ分かっているのは、顔に帯びる熱がいつも以上に熱いということだけだった。


 こうして朝倉姉妹と夏祭りに行く約束をしてしまった。俺にしては少し、いやかなり大胆な行動だったと思う。

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