第70話 双子とコスプレ撮影するために母さんに頭を下げたら大変なことになった
「父さん、その……お願いがあるんだけどさ」
「なんだ? 小遣いなら増やさないぞ。ただでさえ一人暮らしってことで多めにあげてるんだから、これ以上は駄目だぞ」
「いやそうじゃなくって……。あのーえっとーそのー……」
俺のはっきりとしない言葉に父さんは不審に思ったのか、眉をひそめる。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。友だちの前でもそういう態度なのか? そんなんじゃ友達も増え……あっ」
「いや勝手に言って勝手に納得しないでもらえますかね!? 別に友達の前だと普通だからね俺!」
たぶん普通なはずだ。普通だよな? え、そもそも“友だちの前”ってシチュエーションが少ないって? うるさいよ。
「で、お願いってなんだ?」
「うん……。母さんの部屋ってさ、ユーチューバーなだけあって撮影に必要なものがいっぱいあるでしょ? それをちょっと使わせてもらえないかなーって……」
「そういうことは母さんに直接頼みなさい。なんで父さんにお願いするんだ」
「いやだって母さんに直接頼むのって負けた気がするし……」
「誰と勝負しとるんだお前は」
父さんは呆れたと言った感じでため息をつきつつ、スマホをいじりだした。
おいおい息子のお願いを無視してスマホを見るなんて酷いじゃないか……と現代人のマナーの低下を憂っていると、父さんは誰かと通話をし始めた。
「あっ萌えたん~ごめんね急に電話して。忙しかった? あ、よかった~実は折り入ってお願いがあってね~。ううん違うよ俺じゃなくて亮のやつがさ~」
どうやら母さんと通話しているようだ。
久々に見たけど、やっぱりこの光景はおぞましいぜ。アラフォーのおっさんが自分の妻を“萌えたん”なんて呼んでるだけでキツいのに、それが自分の親だっていうんだから溜まったもんじゃない。
「何か亮のやつ、萌えたんの部屋で撮影したいとか言ってるんだよ~意味分かんないよね~」
「おい今しれっと息子のことdisってなかった? ねぇ?」
「え? 亮なら横にいるよ~……代われ? 嫌だよ萌えたんの声もっと聞いてたいよ~…………はい、亮に代わります」
急にそれまでの甘々な口調からビジネスマンみたいな喋り方になった父さん。そして俺に無言でスマホを渡してきた。
こりゃ母さんに怒られたな。案外ラブラブ夫婦なようで締めるとこは締めるからなうちの両親。
俺は渋々スマホを受け取り、スマホに耳を当てる。
「あーもしもし? 俺だけど」
『オレオレ詐欺? 亮ちゃんそれママが若い頃に流行ってたやつよ? ネタにするにはちょっと古くないかしら』
「いや詐欺じゃねえよ! つーか事前に会話相手分かってるんだから詐欺しようがねえだろ!」
『そんなことよりもママの部屋借りたいって? 消極的で草食的な亮ちゃんがなんでまたそんな事言いだしたの?』
自分から言い出したのにそんなことって……。
あと“消極的”と“草食的”で韻を踏む必要あった? つーか自分の息子にそこまで言う? 酷くないか事実だけど。
「まぁ、その何だ。ええと……ちょっと母さんの撮影環境を借りたいんですよ僕的には。グリーンバックを使ったり編集ソフトを使わせてもらいたいなって思ってるんですよ、ええ。だからお願いします!」
『あ~分かった! ミカちゃんとユカちゃんでしょ! そうでもないと亮ちゃんがこんなお願いしてくるわけないもの~!』
ちっ……やっぱりバレるか。まぁいずれ気付かれることだ、仕方ない。
「ユカとミカが本格的な写真撮りたいみたいでさ、金もないし母さんのお力添えを頂きたく思いまして……」
『ふーん……まぁいいわ。ママもスケジュールあるから日程が決まったら早めに言ってね。とりあえず今日と明日は無理だからごめんね~』
「あ、うん……ありがとう。じゃあ切るね……」
あれ? 予想よりすんなりオッケー貰えたな。ミカとユカが絡んでるって分かったらもっと色々聞かれそうだと思ってたのに。
安心したというか肩透かし感がすごいというか……。まあこれで撮影場所も決まったし、あとはいつ撮影するかだけだな。
「なんで勝手に通話切っちゃったのォ!? ねぇ萌えたん父さんに何か言ってなかった?」
「ほいスマホ返すね。あんがとさん」
うるさいおっさんは放っておいて早速二人に報告しよう。善は急げって言うしな。
俺の人生自体は『急いては事を仕損じる』って言葉を慎重にしすぎた感じだが。そもそも善が全然来ないしな。急ぐ必要もないわけだ。
そのせいだろうか、やらかした感すごい人生だな。最近はあの二人のおかげで楽しく過ごせているからいいけどさ。
◆◆◆◆◆
俺はリビングから自室に戻り、スマホでLIMEを開いてミカとユカの二人にグループ通話をかけた。
「というわけで母さんの部屋を借りることになったよ。部屋も広いし、照明やグリーンバックあと三脚とか揃ってるからコスプレの撮影ぐらいなら十分できるはずだよ」
『うん知ってるよー。さっき萌絵さんから聞いたー』
『りょう君が通話かけてくるほんの数分前……だったよね……』
今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。
もしや母さん、俺に詳細を聞いても答えないと踏んで二人に直接聞きやがったな!?
くそ、あのアラフォーうわキツおばさんめ根回しが早い! 老獪なやり方だぜ。
「……え? まて、じゃあひょっとして撮影の内容も……」
『もちろん……話した……よ?』
『リョウ君が女装するって聞いて萌絵さん超喜んでたよー。当日は自分もカメラ用意するって張り切ってたー』
「……おいおいおいおい」
馬鹿かと思われるかもしれないが正直に言おう。俺は今この瞬間まで母さんに女装姿を見られる可能性をすっかり失念していた。
普通に考えたら母さんの部屋に行くんだから、そりゃ俺の女装姿も見られるに決まっているのだ。
だが俺は『ミカとユカの二人と遊ぶのが母さんに知られたら嫌だなぁ』という所で思考がストップしてしまっていたのだ。
だから先程の電話でもコスプレ写真を取ると言わずに『ユカとミカが本格的な写真撮りたい』と濁して答えた。
とりあえず撮影場所を確保して、あとは流れで行けばいいかなんていう適当な考え方をしていたのが間違いだった。
あの母さんに俺の女装姿を見られるなんて、しかも写真に残されるかもしれないとか考えうる中で最悪の状況じゃないか!
俺のおバカ! なんでそんな簡単なことにも気づかなかったんだよ! だから陰キャなんだよこの野郎!
「こうなったら当日は母さんに席を外してもらうしか……」
『えー萌絵さんがせっかく部屋を貸してくれるのに追い出すなんて、可愛そうじゃんー!』
『りょう君……親不孝はめっ……だよ』
「二人とも母さんの味方についてる!? いやでも考えてもみろって! 自分の親に女装姿見せるほうが親不孝でしょうが!」
『似合ってたから大丈夫だよー♪』
『あ萌絵さんからメッセージ……部屋、明後日ならオッケーだって……』
『じゃあ衣装レンタルの予約もその日に入れよっかー。うわーなんだかユカ、超楽しみだよー☆』
『ミカも……ちょっとずつ……ワクワクしてきた……テンション上がってくるぜー……』
「あの、ねぇ待って! マジでこのまま進めるの? え、母親に女装姿見せちゃうの? マジで?」
俺の悲痛な声による問いかけも虚しく、二人はコスプレ撮影に向けて期待を寄せる旨の言葉を残して通話を切ってしまった。
うわーまじかー。高校最初の夏に母親に女装披露しちゃうのか俺。
あーあ。人生終わった。我が生涯に一片の価値無し。今のうちに遺書でも書いておこうかな。
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