第21話 双子の妹と本屋で出会った
俺は放課後に近所の本屋へ寄った。
隣町のアニメショップとは違い、オタク向け漫画の品揃えが微妙なのが玉に瑕だが文句は言うまい。
月替わりの楽しみと言えば漫画の新刊が出ることだ。
やはり目玉は週刊少年漫画の単行本。今話題の“魔殺の槍”もいいけど、他の連載陣も良作揃いだ。
まぁ俺のお目当てはラブコメ漫画なんだが。
「お、あったあった。やっぱ弓吸先生の絵は可愛くてエロくて最高だよなぁ」
俺が手にしたのは“ゆうれいトライフォース”という漫画だ。
これは主人公の男の子がひょんな事から女の子になっちゃうという、異色のラブコメ作品だ。
週間少年誌で
「さてと、お目当ての漫画をゲットしたし、さっさとレジに行くか」
可愛らしい絵柄で胸のでかい女の子が表紙を飾っているため、店員に見られるのが恥ずかしいが我慢するしかないだろう。
なに、同人誌を買うのに比べたら遙かに簡単だ。それに天下の週刊少年誌に掲載されている漫画なんだ。堂々と買うことに後ろめたさを感じることなどない。
よし、いざレジへ行かん!
「あれーリョウ君だー」
「ふぐっ……! ユ、ユカ……どうしてここに……!」
何の偶然か朝倉ユカと出会ってしまった。ここ最近エンカウント率がおかしくないか? チート使ってるんじゃないかと疑われるレベルだ。
同級生の美少女とのエンカウント率操作……バレたらBANされそうだな。ネットに晒されて炎上しても仕方ない程の幸運を使ってしまっている気さえする。
「何でって、ここユカの家から近いもん。今日はファッション誌を買いに来たんだー」
「そ、そういえば俺たち結構近所に住んでるんだったな。むしろ何で今まで鉢合わせなかったんだ」
「不思議だよねー。でも、お互い気付かないだけだったかも知れないよー?」
「いや、それは絶対無い」
「えー? 何でそんなこと言うのー」
だって、ユカほどの美人を見かけたら絶対印象に残るだろ。恥ずかしいから本人には言わないけどさ。
どうやら神様は余程適当に確率を操作してるらしい。今まで近所なのに顔を会わせたことも無かったから、最近になって帳尻を合わせに来てるのか?
「ところでその本何? 漫画かな?」
「あっ、こっこれはその、別に何でも無いよ。何の変哲も無いただの漫画だ」
「ふーん」
嘘です、本当は少しえっちなラブコメ漫画です。
読んでるのを女子に見られたら軽く軽蔑される様な肌色成分多めの漫画です。
「ね、それ面白いの?」
「へっ? あ、いやだから別に平凡な漫画だし、ユカが気に入るようなもんじゃないと思うけど……」
「えーそんなこと言わずに教えてよー! ユカ、リョウ君がどんな漫画読んでるか興味あるー!」
「いや、本当に大丈夫だから! 絶対面白くないって!」
「じゃあ何で買おうとしてるの? 変だよそれー」
「ぐ……確かに苦しい言い訳だったか」
「あー! やっぱり何か隠してるー! ねぇ、意地悪しないで教えてくれたってよくないー?」
くそ、いつもはアニメとかゲームの話題には素っ気ないのに、どうして今日に限ってやたら食いついてくるんだ。
そういうのはミカの専門分野じゃないのか。あ、そういえばミカってこういう漫画読むんだろうか。何回かアニメの話をした感じ、普通に男向けのアニメは見るっぽいが。
いや今はそれどころじゃない。この漫画のことをユカに知られてしまうわけにはいかない。どうにかして隠し通さなければ。
「い、いいかユカ。これは結構怖い漫画なんだ。だから多分、ユカが読んだら後悔すると思う」
「え、えぇ~! ユカ、怖い話はちょっと苦手かも。それなら知らない方がいいかも……」
「そ、そうだろ? じゃあ俺はレジで会計済ませるから、ユカもお目当ての本探してきなよ」
「うん、そーするね」
よし、何とかこの場をやり過ごせた。同人誌の時もそうだが、これからは本を買う時は最善の注意を払わないといけないな。
しかし何故本を買うだけでこんなに緊張せにゃならんのだ。人に見られて困るような本を買うからだって? そうだね……。
「おまたせー。いやぁ、欲しかった本が売ってなかったよー残念」
「そんなに人気な雑誌なのか? ファッション誌ってよく分からん……」
「いや、何か入荷が遅れてるみたい。いつもは四日には入荷してるんだけどねー」
ユカは特に気にしている様子もなく語る。俺だったら、欲しい本の入荷が遅れたら肩を落として悲しむなぁ。
まぁ普通は一日や二日程度遅れたってどうってことないんだろうけど、オタクにとって発売日にネットで語れないっていうのは割と致命傷だからな。
そこら辺のスタンスの違いか。いやファッション誌もネットで語る場があるかも知れんが。
「それじゃあ、俺帰るよ。また明日学校でな」
「えー。せっかくだから途中まで一緒に帰ろうよ-。どうせ同じ方向なんだし、いいでしょー?」
「そ、それもそうだな……」
本当は漫画のことに触れられないよう、一刻も早くこの場を立ち去りたい。あと家に帰って買った漫画を読みたい……!
だがユカと一緒に帰り道を歩くという、貴重な体験を味わいたい欲求が俺の中で勝ってしまった。
俺はユカの横を歩きながら、家への帰り道を歩く。
「今度また雑誌の撮影するんだー。夏服の特集するから、色んな服着るの。結構楽しみにしてるんだよね-」
「へぇ、凄いじゃないか。流石全校一の美少女」
「ふぇ……!? び、美少女って……リョウ君いきなり何言ってるの?」
あ、しまった。つい思ってることを口にしてしまった。
本人に向かって美少女って言うなんて、俺はナンパ野郎か何かか? こういうのは金髪の領分のはずなのに。
「い、今のは聞かなかったことにしてくれ……! い、いやそれはそれで変だよな。あの、つまり……」
「ね、ねぇ……。リョウ君から見て、ユカってかわいい……のかな?」
「そ、そりゃもちろん……可愛いと……思う、けど」
「えへへー……。そっかー……そうなんだー」
ユカは頬を朱に染めて顔を綻ばせる。
これほどの美少女でも、面と向かって可愛いと言われるのは案外照れたりするのだろうか。
ユカなら可愛いって言葉くらい、散々言われ慣れてるはずだ。それで照れるっていうのは、一体何故?
「ね、ねぇ……もう一回言ってくれないかな……」
「な、何を?」
「だから……その、かわいいって。もう一回、ユカの目をしっかり見て……」
「そ、そんな恥ずかしいこと出来るかっ! お、俺もう帰るから!」
気恥ずかしい空気に耐えきれず、俺はその場を走り去ろうとした。
だが、慌てていたせいか持っていた袋を落としてしまった。そして、袋の中から漫画が飛び出してユカの足元へ飛んでいった。
「げっ」
「“ようかいトライフォース”……これがリョウ君の買った漫画? 何だか可愛い絵だねー」
「あの、それは何というか……興味本位で買ったっていうか」
俺の馬鹿! こんな絵柄の漫画を興味本位で買ったのなら、それこそ自分はオタクですって公言してるようなもんだろ!
もうユカにはオタクだってバレてるけどさあ! もうちょっと上手い言い訳出来ないのか!
「へぇ……ちょっとえっちそうな漫画だねー……」
「おお……もう……」
終わった。こんなの同級生に見られたら、一生からかわれる。
ユカのことだ。ニヤニヤして俺をいじってくるに違いない。
そう思っていたのだが、ユカは表紙をじっと眺めて黙り込んでしまった。
俺が不思議に思っていると、ユカは恥ずかしそうにしながら、表紙に描かれたヒロインと同じポーズをしはじめた。
胸を強調するような、日常生活では絶対取らないようなポーズだ。
「リョ、リョウ君って……こういうのが好きなのかな?」
「ちょ、おま……何やってるの!?」
「だ、だってこういう漫画が好きなんでしょー! だから、この女の子みたいなポーズ取れば、リョウ君喜ぶのかなーって……」
「だからって、いきなりそんなことされても反応に困るわっ!」
「あー! ひどーい! ユカのこと、面倒くさい女って思ったでしょー!」
「いや思ってないって! 正直めちゃくちゃ可愛いと思ったけど、それを正直に言うと負けた気がするから誤魔化したけど、面倒くさいとは思ってないから!」
「え……」
「あ……」
またやってしまった! 何で俺は思っていることをつい口にしてしまうんだ!
「えへへ……またかわいいって言ってくれた……ありがと」
「……っ。あ、あの、そろそろ晩飯買いに行かなきゃいけないから、ここでお別れな! じゃ、じゃあなユカ!」
「あ、うん! また明日ねー!」
くそ、今日は俺の負けということにしてやるけど、これで勝ったと思うなよユカ!
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