第91話 組体操の練習で凹んで、ユカに励まされた
「今日は校歌斉唱に二時間、各競技の段取りに二時間……。午後は普通に授業して、ようやく帰れるかと思えば放課後に組体操の練習。駄目だ、これ死ぬやつだわ……」
「男子は大変だねー。ユカもこれからチアの練習あるから、キツいのは同じだけどさー」
「りょう君……ファイト……! 応援してる……よ」
「ありがとな。でもまさか放課後に練習があるとは思わなかった……。部活生や三年生もやらなきゃいけないし、俺だけが文句言うのもおかしな話だけどさ」
三年は受験勉強があるし、部活生は練習時間が削られるのだ。暇な帰宅部が怒るのはお門違いというやつだろう。
それでも一つだけ言わせてほしい。練習の時に上半身裸になる意味ある? 恥ずかしいし、砂で汚れるから嫌なのだが。
まぁ本番でいきなり脱ぐとかより、練習の時から慣れておいたほうがいいってことかもしれないが。
「じゃあ俺、グラウンドに行ってくるわ。また明日な」
「うん……また……ね」
「頑張ってきてねー!」
二人に応援された以上、弱音ばっかり吐いてないで頑張らないとな。
組体操なんてほとんどやったことないし、組む相手も知らないやつ相手だと気不味いけど。
これも一つの試練だと思って前向きにやってみるしかない。よし、頑張ろう!
「次はサボテンをやります! 二人ペアのどちらかが土台になって、相方が土台の手を握り両足を膝に乗せてください!」
「「うす!」」
結論から言おう。組体操めっちゃ大変。
帰宅部で陰キャでひょろい俺は、当然組体操では土台になれるような体型ではなく、必然的に上にのる役目となる。
だが運動音痴な俺はバランス感覚もめちゃくちゃで、相方の上に乗ったりするとすぐに体勢を崩して転げ落ちてしまう。
ペアになった運動部のやつも、次第に期限が悪くなり舌打ちをされてしまう始末。こればっかりは俺の責任なので、ただただ申し訳ないと思う。
「いやすんません……マジすんません……」
「いいから早く乗ってくれない? みんなもう出来てるんだけど」
「はい、サーセン……」
ああ、もう嫌になってきた。知り合いでもない人の体に文字通り土足で乗る時点で気不味いのに、俺のせいで迷惑をかけていると思うとこの場から逃げ出したくなる。
いっそのこと俺を土台にしてくれたら楽なのだが、相手は身長180センチくらいはありそうだしそれも叶わない。
体重も恐らく俺より10kgどころかもっと重いだろう。こんなのに乗っかられでもしたら、その場で倒れてしまうに違いない。
つまり俺がひたすら頑張るしか道はない。こんなことなら日頃から運動しておけばよかったと、今更になって後悔してきたぜ。
「はい! 一通りの流れは確認できたんで、今日のところはこれで終わりにします! 最後に組体操の締め、全校男子の三点倒立をしてから解散です!」
「「うす!」」
さんてんとーりつ? 聞いたこと無いな。どんなことをすればいいのだろうか。
とりあえず体育祭実行委員の説明を聞いてみると、三点倒立とは両手と頭を地面につけて、その場で倒立するというものだった。
土下座の姿勢で逆立ちする、といえばイメージしやすいだろうか。
うちの高校では体育祭で全校男子が三点倒立するというのも毎年の恒例らしく、約500人ほどの男子が揃って三点倒立する姿は、逆境に立ち向かう姿勢を表しているとのことらしい。
ところで話は変わるが、逆立ちや前転といったマット運動が苦手な同士はいるだろうか。
小学生の体育でやるような、簡単な運動だ。出来ないって人の方が少ないだろう。
また鉄棒の逆上がりや、跳び箱なんかも苦手な人がいるだろう。クラスの大半のやつが出来たとしても、中にはどうしても苦手な子がいたりする。
何が言いたいかと言うと、俺はそういった“かんたんな運動”が出来ない人間なのだ。
そもそも運動をしてこなかったから、体育の時間に出来なくてもその時恥ずかしい思いをするだけで済んだ。
出来ないなら出来ませんといえば、何も問題がなかった。だからこういう体を使った運動は全く出来ない。
しかし我が校の体育祭は毎年全員成功するまで、絶対に練習するという。
失敗はゆるされない。出来るまでやる。そういった体育会系な思想なのだ。
陰キャの俺からすると、勘弁してくれと言ったところなのだが、そういう逃げも許されない。
だから――
「おら一年一組の進藤! 同じクラスで三点倒立が出来てないの、お前だけだぞ!」
「出来た人は帰っていいからねー。明日もまた頑張りましょうー!」
こうやって、実行委員の先輩方に見守られて出来ない生徒だけ残されて練習する羽目になったのだった。
幸い一年生全体で見ると、数十人ほど三点倒立が出来ない生徒が残っていた。
これで数人しかいなかったら心が折れていたところだが、同胞がいるなら心強い。
「違う! 脚で勢いをつけるんじゃなくて、体幹で支えろ!」
「お前ビビって地面蹴ってるだけじゃねえか!」
「ひぃぃ~! すみません~!」
その後も一時間ほど練習したが、得られた成果は無かった。強いて言えば、何回も頭を地面に擦り付けたせいで頭皮がめくれるという地味な痛みだけが残った。
◆◆◆◆◆
「あ~……つ、つかれた……」
こんなのが毎日続くのか……。俺、ついていけるのかな。
正直体育祭を甘く見ていた。これは全員参加の種目だけでも大変だぞ。
まぁ……運動できるやつからしたら、全然大したこと無いのかも知れないけど。
大きくため息をついて校門を通り過ぎると、そこにある人影があった。
「おつかれ、リョウ君」
「ユカ……」
朝倉ユカが校門の外で俺を待ってくれていた。
チアの練習は三十分以上前に終わっていたはずだ。それからずっとここで待ってたのか?
「おつかれだねー。ずっと練習頑張ってたもんね」
「見てたのか……。かっこ悪かっただろ、俺……」
ユカには見られたくなかった。こんなダサくて、情けない姿を。
いや俺が格好よかった時なんて今まで無いのだが、それでもさっきの俺は最低なほど情けなかった。
今だって若干半泣きだし、もう学校に来たくないと思うほど打ちのめされている。
だがユカは特に馬鹿にすることもなく、朗らかに笑っていた。
「なんで? 全然かっこ悪くないよ。リョウ君、苦手なことに一生懸命チャレンジしてたもん」
「他のやつはみんな、出来て当然って感じだったけどね……」
「人によって向き不向きがあるのはトーゼンだよー。大事なのは挑戦しようとする姿勢だね」
「あはは……そりゃ体育祭実行委員が監視してる中、サボろうとするわけにはいかないし……」
ユカが励ましてくれてるのに、嫌味なことしか言えない自分に嫌気が差す。
もっとまともな返しは出来ないのか。出来るならこんな性格になっていないか。
「本当に落ち込んでるみたいだねー。リョウ君インドア派だし、キツいのは分かるけどさー。そんなに思い悩まないで頑張ろうよ。きっと本番までには出来るようになるって」
「そ、そうだな……。俺なりに頑張ってみるよ……」
「うん……頑張れ♪」
「ありがと……」
まだ練習は二日目じゃないか。組体操に至っては今日が最初の練習日だ。
誰だって最初から完璧なわけじゃない。みんな練習して、それで出来るようになるんだ。
たった数時間の失敗で何を深く傷ついているんだ俺は。むしろ本番まで二週間近くあることに感謝しなきゃいけないくらいだ。
ユカの応援の言葉に励まされた。俺一人じゃ、きっと心が折れていただろう。
やっぱりユカは凄いよ。俺なんか自分のことだけで精一杯なのにさ。
こんな俺のために、練習を見守ってくれて。こうして励ましてくれた。
「よーし、なんかやる気出てきた! 明日も失敗しまくって、本番までに成功できるようにするわ!」
「うん、その意気! ユカも応援してるからねっ♪」
ありがとうユカ。俺にとって君は、やっぱり太陽のように眩しい存在なんだと、改めて気付かされた。
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