第55話 ユカ「どうすればいいと思う?」
アパレルショップを出た後に俺たちはカフェで昼食を取ることとなった。
カフェと言ってもチェーン店のような店でなく、本格的なカフェだ。
普段ならコーヒー一杯でいくら取るつもりだとケチを付けたくなるところだが、今日はユカに付き合うと決めたのでしぶしぶ店に入る。
「わぁ~落ち着いた感じのお店だねー」
「騒いだら出禁になりそうな店だな……」
店内は年季の入った内装をしており、とても高校生が入ってはいけない様な雰囲気を感じる。
他の客もサラリーマンや老紳士風の男性ばかりで、どうにも居心地が悪い。
「ここのサンドイッチ食べてみたかったんだー。リョウ君は何にする?」
「何にするって言われてもなぁ……」
カフェの料理なんて軽食と呼べるようなものしか無いイメージだ。
それこそユカが言ったようにサンドイッチとか、手軽に作れるようなものしか無さそう。
別にそれに文句を言うつもりはないが、最初から選択肢なんてほぼ無いようなもんじゃなかろうか。
「じゃあこのナポリタンで」
「あーカフェのナポリタンってなんか昭和感あるよねー。普段は別に食べたくないのに、ドラマとかだと何故か美味しそうに見えるー」
「俺ら昭和生まれじゃないけどね……」
というか他に食いたいものが無かったから選んだだけだったりして……。
俺はサンドイッチは嫌いじゃないが、メニューに載っている写真を見るにレタスが挟んであるようだ。
特に俺が好きなカツサンドやたまごサンドにも、この店ではレタスやキャベツを入れているようだ。
個人的にはサンドイッチにレタスやキャベツが挟んであるのはあまり好きじゃないんだよな。いや本当に個人的な好き嫌いの範疇の話で申し訳ない。
というわけで消去法的にカレー、グラタン、ナポリタンの中から選ぶことになったわけだが、ユカの言う通り古き良き喫茶店といった感じのこの店でナポリタンを食べてみたくなったのである。
「じゃあ食べたいものも決まったし注文しちゃおっかー」
注文をする際コーヒーは必ず頼まなければならないシステムだと店員に告げられたので、俺は無難にブレンドコーヒーを選ぶ。一方ユカはカフェオレを頼んでいた。
料理が来るまでの間、ユカはテーブルに両肘をついて手で顔を支えながらこちらを見据える。
そんなに見られたら変に緊張してしまうから止めて欲しい、とは言えない。
いつも思うが何故ユカはそんなに俺の顔を直視してくるのだろう。見て面白い造形じゃないと思うが。
「なんかさー、こうやってカフェで二人でいると大人のカップルって感じしない?」
「そ、そうか? ちょっと背伸びした高校生カップルにしか見えないと思うけど」
「へぇー……カップルだって思われてる自覚はあるんだー」
「……今のは失言だったわ。ってか、俺とユカが一緒にいたところでカップルだなんて思われないって」
「えー? 何でそんな事言うかなー」
そりゃお前、どう考えても俺とユカじゃ釣り合いが取れてないからだろうに。
ユカは学校の廊下を歩くだけで、その場にいる全員がユカの方を見るほどの圧倒的な美少女なんだぞ。
それに比べて俺は教室にいることさえ認知されて無さそうな陰キャオタクだ。
もし一緒にいるところを目撃されても、俺が一方的にユカを付け回しているようにしか思われないだろうさ。
まさに美女と野獣だ。いや俺は野獣と言うには貧弱すぎるか。珍獣とか絶滅危惧種の類だな、うん。
「リョウ君は未だに自分のことに自信が持てないんだねー……」
「自信が湧くような経験してこなかったからな。あ、でも筋金入りのオタクって点は唯一誇れるぞ。それもクラスのリア充たちからしたら鼻で笑われることだけどさ」
「あるよ、リョウ君が自信持てること」
「んん……?」
俺にそんなものあっただろうか。親がユーチューバーとか、高校生で一人暮らししてるってのはアピールポイントとはちょっと違う気もするし、他に心当たりもない。
ユカは知っているのか? 俺が誇れる俺自身の何かを。
ユカはニカっと笑いながら、右手の人差し指で自分の頬を小悪魔っぽく指差して口を開く。
「ユカと、デートした唯一の男の子♪」
「それは……確かに死ぬまで自慢できそうだな。誰かに自慢したらころされそうだから、墓の下まで持っていくけどね」
そんな風に話していると料理が運ばれてきた。それからはお互い口数が少なくなり、話す話題も昨日のドラマがどうだとか普通の話題に変わっていった。
「コーヒーおいしいねぇ。前にもあったよね、リョウくんと一緒にコーヒー飲んだこと」
「期末テスト前の時にな。あの時はLIMEで通話しながらだったけど」
「今はこうして一緒にコーヒー飲んでるよ」
「コーヒーくらい飲む機会なんていくらでもあるよ。ほら、学校の自販機にも売ってるし」
「でもこんなカフェでユカと二人っきりで飲むのは、リョウ君だけだよ」
「それは……そうかもしれんけど」
ユカが恥ずかしげもなく満面の笑みで語ってくるせいで、こっちが逆に照れてしまいそうだ。
俺はカップを口につけて表情を誤魔化すように努める。しかしユカはそれを見抜いてかは知らないが、追撃の手を緩めなかった。
「リョウ君はさー。ユカと一緒にいて楽しい?」
「ズズ……」
「もう、コーヒー飲んでごまかさないでよー。これ結構真面目な質問なんだからねー?」
「それは答えないと駄目なやつ? 何ていうか、ガチな質問なのか?」
「うん。リョウ君の本音を聞きたいかなって思うの」
さっきまでのにこやかな表情とは打って変わって、真剣な顔になったユカを見て俺はカップをテーブルに置く。
これは適当に『うん楽しいよ』とか言っちゃいけない雰囲気な気がする。
ゲームで言うとこの答えによってルートが変わるような、重要な分岐点。そんな予感がした。
だから俺もユカに対して思っていることを、あくまで俺自身が分かっている範囲で伝えようと思った。
理由はわからないがそうしないといけないと、恋愛ゲームをいくつもクリアしてきたオタクの勘がそう告げていた。
「ユカといると、楽しい……うん、楽しいと思う。でもその楽しさは何ていうか……俺が今まで嫌ってたリア充のやつらが感じていただろう楽しさっていうのかな」
感情を上手く言語化出来ない自分の語彙力のなさにもどかしさを覚えてしまう。
それでもユカは真剣に俺の話を聞いてくれている。俺は出来得る限り、ユカに伝わるように言葉にする。
「俺陰キャだからさ……。普通のやつらが楽しそうにしてるのを見ても『あんなのではしゃいで馬鹿じゃねえの』って捻くれた目で見てたんだよ。でもそれって多分、自分がその輪の中に入れない寂しさとか嫉妬心を誤魔化そうとした結果なんじゃないかって、最近思うようになった」
「うん……」
「でもさ、ユカは俺みたいな陰キャにも普通に接してくれて、俺が経験したことのないことに一緒に巻き込んでくれて……それに充実感を感じている自分に驚いたんだ」
そう、俺は未だに陰キャであることに変わりはない。人間はそう簡単には変われない。
けど陽キャ……いや普通の高校生が体験するような当たり前の出来事をユカは俺に教えてくれた。
「そんな当たり前の楽しさを教えてくれるユカと一緒にいると、自分も変われるんじゃないかって思っちゃうんだよ。君といれば、俺の灰色の青春がどんどん色づいていくんだ」
「そっか、そうなんだ」
「だからその……こんなに長ったらしく語った上で申し訳ないんだけど……。その、一言でまとめると……ユカといると……俺はドキドキする」
知らない世界を体感することと、ユカという美少女と共に過ごすこと。
二つの感情を一言で表すならドキドキという言葉が相応しいだろう。
俺の要領を得ない自分語りを最後まで聞いてくれたユカは、一人頷いた。
俺の答えがユカの納得の行くものだったかどうか、自信はない。
けど今の俺の気持ちを精一杯伝えたつもりだ。
同級生の女子に面と向かって『お前と一緒だとドキドキする』とか夜の街で働いてるやつでもないと言わなそうな台詞を俺の口から言うことになるとは……。
ユカの反応次第では、俺の黒歴史リストに追加される可能性もあるなこれは。
しばらく黙っていたユカだったが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は晴れ晴れとした表情で、まるで迷いが晴れたかのような表情だった。
そしてユカは言う。今日俺をデートに誘った理由、その大元の原因を。
「ユカね、この前の読モの撮影の時……本格的にモデルやらないかって言われたんだ」
「そ、それってプロのモデルになるってことか? す、凄いじゃん! ユカが芸能人になるってことだろ!?」
同級生から芸能人が誕生するなんて、どれくらいの確率だろう。
少なくとも今後の人生で自慢できるくらいには凄いことなのは確かだ。
「でもね、そうなったら事務所? っていうのに入らないといけないし、そうなると東京に出なきゃいけないんだよねー……」
「あっ……」
芸能界には詳しくないが、芸能人の活動拠点として多いのはやはり東京なのだろう。
ユカがモデルになれば当然、今のように普通の高校に通いながら暇な日に撮影を入れるなんて生活は送れなくなる。
「ユカ、読モはやってて楽しいんだー。自分の知らないファッションとか知れるし、ユカの着てた服を真似した人を見かけると嬉しくなっちゃうもん」
ユカはでも……と続けて――
「今の生活はすっごい大事なの。ミカちゃんとリョウ君と一緒に過ごす毎日がとっても幸せ。だから、ユカ迷ってるんだ」
「それは……」
「ねぇリョウ君……」
ユカは眉を吊り下げて少し困ったように笑いながら、俺に問う。
「ユカはどうすればいいと思う?」
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