第11話 美人の姉妹と勉強会をする
テストの時期はやっぱりみんなピリピリしている。
教室の中を見るとそう思わざるを得ない。
普段は使ってない単語帳や参考書なんかを読み進め、友達同士で問題を出し合う。
そんなやつが増え始めていた。部活もテスト前ということで休みのところもあるらしい。今まで以上に勉強する雰囲気が出来つつある。
かく言う俺も今日から朝倉姉妹と放課後に勉強会だ。友達と一緒に勉強するなんて初めてだから、正直なところあまり必要性を感じていないのだが。
しかし誘われた以上、断る理由もないし参加するつもりだ。
俺は鞄を手に教室を出る。四組の教室へ向かっている途中、ミカの姿を見つけた。
「よっ。今日から勉強会よろしくな」
「うん……こちらこそ……よろしく」
挨拶もそこそこに、俺たちは六組へと向かった。教室を覗くとユカが大勢の生徒に囲まれていた。
「朝倉さん、うちらと一緒に勉強しない? 大勢でやった方が効率いいよ」
「ごめーん。ユカ、先約があるんだぁ」
「もしかして例の彼氏? うそ、本当にいたんだ!」
「違うってば! 姉とその友達だよ。ユカに彼氏なんていないからー」
「えーそうなんだ。残念、朝倉さんがいたら盛り上がったのにねー」
おいおい、六組の女子共。勉強するのに盛り上がったら意味ないだろうに。やはり勉強会とは名ばかりで、友達同士で駄弁るのが目的なんじゃ……?
「あ、二人ともおまたせー」
ユカが廊下にいる俺たちに気付き、教室から出てくる。クラスメイトたちの視線が俺に向けられる。俺は慌てて鞄で顔を隠す。何でこんなお尋ね者みたいな真似をしなくちゃならないんだろう……。
「相変わらずすごい人気だな。男子と女子両方から人望がある人間なんて中々いないぞ」
「まぁねー♪ ユカ人気者ですから」
自分で言うだけのことはある。普通男子に人気だったら、女子からは嫌われそうなものだけど。同性に敵を作らない辺り、ユカの人付き合いの巧さが伺えるな。
同性にも友達がいない俺とは大違いだ。比べるのもおこがましいけどね。
「それじゃ、図書室に行こっか」
「この時期は人多そうだけど、空いてるかな」
「えー? この前行った時は全然人いなかったよー?」
「そりゃ今はテスト前だし。普通はこういう時って普段図書室を使わない人も、図書室で勉強するようになるんだよ」
「うん……だからミカ……テスト期間嫌い……リア充……集まってくるし」
ミカの意見には同意せざるを得ない。おかげで昼休みも図書室に籠もれやしない。陰キャの逃亡先を一つ潰されたようなものだ。そのせいで今日の昼休みなんて机で寝たふりして過ごしたからな。リア充許すまじ。
「とりあえず行ってみてようよ。空いてなかったらその時はその時で」
「そうだな。たぶん満席だとは思うけど」
案の定、図書室は大勢の人で賑わっていた。いやテスト勉強してるのに賑わってちゃダメだろ。こいつら勉強する気ないんじゃないか?
それだったら俺たちに譲ってくれないだろうか、と口にはしないものの不満を抱かずにいられない。
「あぅ……どうしよう……」
「やっぱり勉強会はお開きにするか?」
「えー! それって寂しくない? せっかくなんだし、どこか勉強できる場所探そうよー」
「ファミレスとか? でも俺、ファミレスに集まって勉強してるやつ嫌いなんだよなぁ……」
主にリア充への嫉妬で。完全に拗らせた陰キャの逆恨みです、はい。
「うーん、ミカちゃんも人がいっぱいいる場所は苦手だもんねー」
「そう……だね。ミカ……そういうとこは……嫌……かも」
「かといって隣町の図書館まで行くとなると、時間がもったいないぞ。家からも遠いし」
「家……あ、そうだ!」
ユカは手を叩き、一人納得している。どうやら妙案を思いついたようだ。きっとまた変なことを考えているに違いない。妙案っていうより迷案だろう。
「移動に時間がかからないくて、家から近い、おまけに人も少ない場所思いついちゃった!」
何故俺の部屋に朝倉姉妹がいるんだろう。完全に場違いだ。何かの間違いだ。陰キャな俺の部屋に、こんな美少女姉妹がいるなんておかしいだろう……。
「いやーちゃんと整理整頓してるんだねー」
「ま、まあな……」
この前ミカが遊びに来た時に大掃除したからな。その後もこまめに掃除しておいてよかった。
「にゅふふ……リョウ君の家……また来ちゃった……」
「あ、そっかー。ミカちゃんは来たことあるんだったねー」
「うん……アニメ……二人で見た。とっても……楽しかった……」
ミカ……そういうことは誰かに話さないでくれ。何か無性に恥ずかしくなってくるから。
「ミカちゃんと二人っきりだったんだよね-。ふーん……」
ユカ、何で俺を睨んでるんだ……? 二人で遊べと言ったのはユカだろうに……。
「い、言っておくけど変なことはしてないからな」
「本当かなー。怪しいなー」
よく分からないがやけに噛みついてくるな。そんなに姉が男友達の家に一人で行ったことが不安なのか。気持ちは分からなくないが、俺だってユカの友達なんだし少しは信用して欲しいところだ。
第一、俺がミカに手を出すなんてあり得ない。だって陰キャだから! 女子に手を出すより、むしろトラブルを回避して得る安堵を選ぶ!
その後もユカはこの前の件を詮索してきたが、何事もないと分かるとそれ以上聞いてこなくなった。誤解が解けたようで何よりだ。しかし変な空気になったのも事実、俺たちは黙々と勉強を進めることとなった。
これって集まった意味あるか……?
自分の部屋なのに居心地の悪さを感じていると、ミカが突然立ち上がる。どうしたんだろう、足でも痛くなったのか?
「あ……あの……!」
ミカは張り詰めた表情で何かを言おうとしている。しかし中々口に出せないようでいた。
「その……えっと……お……」
「お?」
「お……おトイレ……借りていいでしゅか……!」
あー……。そうだよな、そりゃ言いづらいよな。男子にトイレ行きたいって言うのは恥ずかしいよな。うん、これは俺が悪かった。最初にトイレの場所くらいそれとなく教えておけばよかった。自分の気の利かなさに反省の気持ちがこみ上げてくる。
「えっと、廊下に出て奥にある扉にトイレあるから……」
「ふゅ……」
「ご、ごゆっくり……」
ミカが部屋から出て行くと、ユカがくすりと笑った。
「もう、ダメだよリョウ君。女の子に『ごゆっくり』なんて言ったら」
「す、すまん……。でも俺だって、急にトイレ行きたいなんて言われたら返事に困るというか」
「ミカちゃんは恥ずかしがり屋だからなぁ。ユカが後でフォローしとくね」
「助かる……。……その、ユカ」
「んー? なーに」
ミカのおかげ(?)でどことなく緩い空気になった。さっきまでユカとの間にあった変な空気も無くなったし、今なら普通に会話出来るだろうか。
「ユカって結構勉強できるんだな。しかも俺とミカの分からないところを教えてくれるし」
「読モをやらせてもらう代わりに、成績を維持しなさいってパパとママに言われてるからねー。これでもユカ、結構頑張り屋なんだよ」
「うん……本当すごいと思うよ」
美人で友達がいっぱいいて、読モもやってて、勉強もちゃんとしてる。俺なんかその中の一つもろくに出来やしないのに。ユカの凄さには感心させられる。
「いつも気楽そうにしてるけど、すごい頑張ってるんだなって思った。こう言うと変な感じだけど、憧れるって言うか」
「な、なあに急に。そーいう真面目な空気だっけ今?」
「いや、本心で思ったこと言っただけなんだけど……」
「ま、まぁ慣れっこだよ。ユカは頑張ることが取り柄だからねー」
「まるでユカがお姉さんみたいだな」
「よく言われるー」
ユカは俺の言葉に笑いながら肯定する。でも……とユカは言った。
「ミカちゃんだって、本当に大事な時はすっごくカッコいいんだよ?」
その時のユカの目は、まるでガラス玉のように透き通っていた。
かっこいいミカ……俺にはあまり想像出来ない。まだ二人と付き合いが浅いからだろうか。
「俺もいつかカッコいいミカってのを見てみたいな」
「うん。リョウ君ならいつか見れると思うよ。ミカちゃんは大切な人のためならヒーローになれるんだから」
自信満々に言うユカの顔から、大好きな姉のことを思う妹の気持ちが感じられた。やっぱりミカのことが大好きなんだな。
「た……ただいま……です」
その後トイレから戻ってきたミカも一緒に、勉強に打ち込んだ。
今はまだかっこ悪い陰キャの俺だけど、いつかこの二人のように信頼できる友達が出来るといいな。そう思うのだった。
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