第15話 双子の妹と休日の学校に行く

「数学の宿題終わり……と」


 日曜の昼過ぎに学校の宿題を済ませて、残りの半日をどう使おうか迷っていたところ、スマホの着信音が鳴った。

 最近多いな、LIMEの通知。今まで俺のスマホは電話としての役目をほとんど果たしていなかったから、ある意味これが正しい使い方ではあるけど。


 画面を見るとユカから着信が来たようだ。

 昨日会ったばかりだというのに、一体どうしたんだろう。


「……もしもし」


『リョウ君? 今ヒマー?』


 俺の苦手な質問来たな……。

 こういうことを聞いてくるのは大抵面倒なことを持ちかけてくるやつだ。ヒマだよと答えてしまえば最後、相手の要件を聞かされた後に断ることも出来ない。

 だから俺はヒマかどうかは答えずに、ユカにこう返すのだ。


「何かあった?」


 そう、こちらの都合は伏せたまま相手の事情を探る。これで相手の返答次第で忙しいと断ることも出来る。真に優秀な者はこちらの手の内をなるべく見せずに相手を操るのだよ。


『あのね、一組って数学のプリントもらってる?』


「宿題のやつか? それならもらったけど……。というか数学は毎日、全クラス同じ宿題が出てるだろ」


『そうだよねー……やっぱりそっかー……』


 スマホの向こうからユカの溜め息が聞こえてくる。もしかしてユカのやつ、プリントが無いのか?


『あのね、プリント……学校に忘れちゃった……』


「そりゃ……ご愁傷様で」


『ねぇ! もしまだ解き終わってないなら、プリントをコピーさせてくれないかな!? おねがい、リョウ君のことだからまだ宿題やってないでしょ?』


「ごめん……ちょうど今終わったとこ」


『ええー!? なんで、何で宿題やってるのー?』


「そら明日提出だからな」


 というかさっきから気になってるんだけど、まるで俺が宿題やらないヤツみたいな言い方してないか?

 俺の名誉のために言っておくけど、俺はちゃんと宿題はやるタイプだ。それが学力に繋がらないだけで。

 うん、全然自慢できないなこれ。


『ねぇー今から解答全部消してコピーさせて?』


「無茶言うなよ!? というか他の友達に頼め!」


『みんなもう答え書いちゃったんだって……』


「あ……それはいよいよご愁傷様って感じだな。数学の先生、宿題忘れたらすげー怒るぞー」


『やめて! 不安になるようなこと言わないでー!』


 別に不安を煽ってるわけじゃなくて、事実を言ってるだけなんだけどな。

 でも流石にユカが可哀想になってくる。いっそのこと俺のプリントの名前をユカの名前に書き換えるか?

 いや筆跡でバレるか。どう見ても男子が書いた文字にしか見えんしな。バレたら余計怒られそうだ。

 しかし解答を消しゴムで消しても、うっすらと書いた跡が見えるだろうし、どうしたものか。


 待てよ? そもそもプリントを無くしたとかではなく、学校に忘れてるって分かってるんだよな。


「そうだ。日曜でも部活で学校に行くやつもいるし、普通に取りに行けば?」


『あ~~~~! リョウ君頭いい! ナイスアイディア!』


「うーん、あまり褒められてる気がしない」


『何言ってるの。すっごく褒めてるよ! じゃあ早速学校に行こっか』


「うん……うん?」


 え、俺も一緒に行くの? 何故に?




 日曜の校舎は嘘のように静かだった。体育館やグラウンドには部活の生徒がいるけど、こっちには全然人がいないな。


「何で俺までついてこないといけないんだ……?」


「だ、だって一人だと怖いんだもん」


「そんな夜の学校を探索するならともかく、真っ昼間だぞ今……」


 とはいえ、誰もいない校舎っていうのは中々中二病ポイントが高いんじゃなかろうか。日常の象徴とも言える場所なのに、世界には自分一人しかいないんじゃないかと錯覚する程の静けさ。

 く……ここで敵キャラが現れてバトルが始まればテンションマックスなんだが……。まあ現実じゃそうはいかないよな。


「何ニヤニヤしてるのー?」


「べ、別に何でもないっ。人がいない校舎に特別感を覚えたりなんかしてないからなっ」


「ふーん」


 よかった、何とか誤魔化せたみたいだ。高校生にもなってこんな妄想をしてるなんて知られたら、恥ずかしくて死んでしまうからな。




「あ! そーいえばミカちゃんのお弁当食べたんだってー?」


 思い出したかのように、ユカがそんなことを聞いてきた。


「中々やりますなーこのこのー。で、どうだった?」


「その、正直に言うと……冷食の取り扱いには気を使って欲しかったかなって」


「あはは! ミカちゃん、料理初めてだったからねー。初歩的なミスは仕方ないよー」


 あれは初歩的なミスの範疇なのか……? 料理下手でもあまりしないと思うけど……。まぁ黒焦げの物体を食わされるよりかは、何万倍もマシだったからいいか。


「あ、ミカの気持ちは嬉しかったよ! それは本当だからな」


「良かった、ミカちゃんの気持ちが少しでも伝わったみたいで。解凍のことはユカからそれとなく伝えとくよー」


「頼む……」


 これでパサパサの飯とモサモサのおかずが改善されればいいが。いや、そうなることを祈ろう。もしまた食べることになったら、ミカに心から美味しいって言ってあげたいしな。




 その後ユカのプリントを無事回収した。時計は午後三時を回っていた。家に帰ると四時近くになるか、日曜日もあっという間に過ぎていくなぁ。


「あれ、朝倉さん?」


「本当だ、朝倉さんいるじゃん」


 廊下を歩いていると、突然後ろからユカを呼ぶ声がした。振り返ると運動部らしき生徒が何人か立っていた。


「どうして日曜日に学校にいるん? 朝倉さん、何か部活に入ってたっけ?」


「え、えーっと……」


 複数の男子に囲まれて、ユカは何だか困ってそうな様子だ。ちなみに隣にいる俺はスルーされている。いや文字通り眼中に入ってないなこれは。

 俺の影の薄さもあるが、ユカのオーラが凄まじいのが原因だと思いたい。

 運動部のやつら、誰一人として俺に視線を合わせないんだもの。これで本当に気付いてないんだとしたら、普通にショックだわ。


「朝倉さんこの後ヒマですか? 是非俺たちの練習見に来てくださいよ!」


「そうだよ、俺の活躍見ててくれよ!」


「馬鹿、お前みたいな下手くそじゃ朝倉さんは注目しねえよ。朝倉さん、バスケ部次期エースの俺のことを是非!」


 ああ、こいつらバスケ部だったのか。体操服な上に手ぶらだから何の部活か分からなかった。


「ユ、ユカァ……バスケはあんまり詳しくない、かなー……?」


「大丈夫! 俺が手取り足取り教えてあげるよ!」


「えーと、その、あぅ~……」


 ユカはバスケ部の男子たちの勢いにすっかり気圧されてしまったようだ。

 その証拠に姉のミカと同じ『あぅ~』という口癖が出てしまっている。


 しかしバスケ部のやつらもいけ好かないな。全員ユカに気に入られようと、俺すごいヤツオーラを全開にしている。しかも仲間同士でマウントを取り合って、見ていてかなり情けない。

 こういう積極さは見習いたい部分もあるが、相手のことを考えないようなヤツにはなりたくはないな。


 ユカもいい加減迷惑だろうし、ここは俺が助け船を出すべきだろう。


「ユカ。この後用事あるって言ってなかったっけ。帰らなくていいの?」


「誰だよお前。いきなり入ってきて変なこと言ってんじゃねーぞ」


「う……」


 バスケ部の一人に思いっきりガンを飛ばされた。

 え、俺最初からいたよね? マジで俺のこと視界に入ってなかったの?

 というか態度が露骨すぎる。百面相かお前は。これだから体育会系は苦手なんだ。狂犬の集まりかこいつら。


「いや、その、だからユカは用事あるから、帰らなきゃって……」


「何お前朝倉さんのこと名前で呼んでんの? つか何様のつもりだ? お?」


「あの、そのぉ……」


 バスケ部に凄まれて声ガタガタの陰キャの図。我ながらダサすぎて笑えねぇ……!



「朝倉さん、こんなやつ放っておいてバスケ部の練習見に来てよ。ほら」


「やっ……」


 バスケ部がユカの手を強引に引っ張る。いや、本人は引っ張ったつもりは無いのかもしれない。だがユカは確かに痛そうな顔をした。その事実が俺は許せなかった。


「ユカ! 一緒に帰るぞ!」


「あ……」


 気付けばバスケ部の手を叩き、ユカの手を取っていた。

 ほぼ無意識の行動だったと思う。だって俺みたいな陰キャがリア充に楯突くような真似、普通は出来ない。

 ユカが嫌がる姿を見て思わず体が動いてしまったのだ。


「……ごめんねー。そういうことだから、ユカ帰らないとー☆」


 いつの間にかユカは俺の手をしっかりと握り返していた。

 バスケ部の連中は呆けた顔で俺たちのことを見ていた。




「ああ~~~~……やっちまった~~~~……!」


 何てことをしたんだよ俺……! これじゃあ他の男子から目を付けられるに決まってるじゃん!

 はぁ……休日明けの学校が怖い……。村八分ムラハチされたらどうしようか。


「いやー大胆だったねーリョウ君♪」


「ユカ……まるで人ごとみたいに……。てか何でご機嫌なんだよ……」


「べ、別に喜んでないよっ。運動部ってちょっと強引なとこあるよねー。アーコワカッター」


「わざとらしいなぁ……。ま、ユカが平気そうでよかったけどさ」


「うん。その……ありがとね、リョウ君……助けてくれて」


「助けたって……大げさだって。俺、言い訳もろくに出来ないでさ。無理矢理ユカを連れ出して……はぁ、カッコ悪ぃ」


 リア充ならもう少しスムーズにあの場を納めることが出来たのだろうか。

 きっとバスケ部たちからガンを飛ばされるようなこともなく、会話で説得出来たんだろうか。


 俺はなんてダサイんだろう……。陰キャのコミュ障っぷりが、遺憾なく発揮されてしまった……。


「そんなことないよ」


「ん?」


「ユカ、とっても嬉しかったよ。困ってるユカを助けてくれて、すっごく嬉しかった」


「そ、そうか……。ユカがそう言うなら……まあいいのか?」


 これでユカから余計なお世話とでも言われたら、俺はたぶん恥ずかしさで屋上からダイブしてただろう。

 少なくとも助けた本人は悪く思ってない様だし、少しは俺の気持ちも救われる気分だ。


 まぁ、社交辞令で言ってる可能性も無くは無いけどね。



「しかし……明日が怖いな……。どうか今日の噂が広まりませんように……!」


「いいじゃん、そうなったらそうなったで。この色男め、役得だねー」


「そりゃユカからすれば男避けに都合がいいかもしれないけどさ……」


「いや、そうじゃなくって……。んー……ま、いっか」


「…………?」


 ユカが何を考えてるのか知らないけど、俺は全然良くない。だってムラハチの危機だぞ、元からぼっち気味だけどさ。


「何はともあれ、宿題ゲット~!」


「よかったな。じゃ、俺このまま帰るわ」


「あ、待って!」


 帰ろうとする俺を、ユカが呼び止めてきた。

 振り返ると、ユカは凄く真剣な顔をして俺を見ていた。


「な、何?」


「ねぇ……最後に一つだけ、お願いしていい……?」


「お、お願い……?」


 ただならぬ雰囲気に緊張する俺。心臓の鼓動が急に早くなる。

 最近心臓への負荷が増えてきて、その内発作でも起きるんじゃないかと不安になる。


「あのね……」


「う、うん……」



「宿題の答え教えて☆」


「自分でやりなさい」


 ったく、真面目な顔をしたと思ったらそんな事を言い出すとは、ユカにも困ったものだ。

 大体、俺より成績いいんだから普通に解けよ。


 はぁ……いつもより多く跳ねた心臓の鼓動を返して欲しい。

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