迷走編…

第82話 二学期が始まってしまったんだが

 8月が終わり9月が訪れる。それはつまり、俺にとって平穏そのものだった夏休みというオアシスが終わり、学校生活という地獄の日々が再び始まるのを意味していた。


 ただでさえ夏祭りで朝倉姉妹のどちらかにキスされた、なんて大事件があってこっちは大変なんだ。

 これでまた学校で面倒なことがあったら、もう俺はダメかもしれない。


 あの日から今日まで俺の唇にはあの時の感触がずっと残っている。

 俺みたいな陰キャオタクが同級生の女子からキスされるなんて、あってはならないことだ。

 いや別に駄目とかじゃないんだけど、これじゃあ陰キャとか非リア充って肩書が無くなってしまうではないか。

 それは困る、だって別に朝倉姉妹以外の友達は未だにいないし、リアルだって充実してない。


 これも全部、いきなりあんなことをしてきた彼女のせいだ。

 しかし困ったことに俺からミカもしくはユカに『あの時キスしてきたのってどっち?』とか聞けるはずもなく。

 俺はこうして夏休み最後の数日間をぼーっとしたまま、新学期を迎えてしまったわけだ。

 うん、この調子だと少なくとも陰キャの看板は外さなくても良さそうだな。全然うれしくねえけど!



 永遠に終わらない問答を頭の中で繰り返していると、後ろから明るく楽しそうな声で

 俺を呼ぶ声がした。


「おっはよーリョウ君! 新学期から辛気臭い顔してどうしちゃったのさー」


「昨日遊んだ時もそうだったけど……最近りょう君……そわそわしてる……。もしかして……学校が嫌で憂鬱……? ミカもそうなんだ……ほんとやだ……」


 振り返れば朝倉ユカと朝倉ミカの二人がそこにいた。久しぶりに、実に約一ヶ月半ぶりの制服姿だ。

 夏休みはほぼ毎日のように遊んでいたから二人の私服に慣れてしまっていたが、こうして久々に制服を着ているところを眺めると、いつもの日常がやって来たんだなと実感する。

 女子高生の制服ってなんというかこう、青春って感じのオーラがあるよな。いや決して俺が制服好きとか、そういう意味ではないのだが。


「ああ……二人ともおはよう。辛気臭くもなるでしょうが。今日からまた半日くらい黙ったまま授業を受けるつまらない日々が再開するんだぞ。二学期は体育祭と文化祭もあるから、もう面倒くさくて嫌になるわ」


「あーあ、始まってもないのに悪い方向にばっかり考えちゃって。そんなんじゃ楽しいことも楽しめないよー」


「いいんだよ別に。どうせ俺はみんなの輪には入れないだろうしさ」


「ユカちゃん、体育祭って今月の何日だったっけ……。ミカ、今のうちに……体調崩すウォーミングアップしなきゃ……」


「言葉の意味が矛盾してるよミカちゃん!? ウォーミングアップ必要なのそれ!?」


 いや俺たち陰キャが学校行事をサボるなんて大それたことをするには、準備運動をするくらいが丁度いい。

 体育祭の数日前から咳をしたりマスクをつけたりするとかね。周りに『俺体調悪いですよー』と入念にアピールをするのだ。

 え? お前のことなんて誰も見てない? それはそうだが……。


 だが、だからこそアピールする必要があるのだ。

 俺たち陰キャの存在感なんて、出来合いの弁当のおかずの下に敷かれているパスタくらい影が薄い。

 いてもいなくても分からない。そんなレベルだ。


 故に体調悪いアピールをすることで、少しでも周りに『あいつ風邪かな?』と印象に残す必要があるのだ。

 当日急にサボったらクラスメイトに『あいつサボったな』と思われるからな。いやサボってるんだけど。

 要するに自己弁護、保身のための行動というわけだ。うん、説明していて自分のクズさに引く。


 とにかく俺が言いたいのは、世の陰キャ同士の皆さんにはサボりは計画的に! ということだ。

 まぁ普通に周りにはバレると思うけどね。罪悪感を少しでも和らげたい、自己満足の行動なだけだし。


「もう、ミカちゃんもリョウ君も暗いよー。もっと楽しく生きようよ! その方がお得だよー!」


「うぅ……むずかしい……」


「努力するように努めます……」


 それが結果に繋がるかは疑問だけどね。でもユカの言う通り前向きに頑張る姿勢は大事だな。



「あ、楽しいことって言えば! 昨日萌絵さんからコスプレ写真のデータもらったよー。背景が合成されてるだけじゃなくて、写真の明るさとかも編集してくれてるんだよ! マジ神すぎて尊敬しちゃうよー!」


「おお、ついに来たか。母さんも忙しい中頑張ってくれたなぁ」


「全部で100枚以上……zipファイルで送られてきたから……最初びっくりした……」


「多すぎだろ!? そりゃ編集に二週間近くかかるわ!」


 とりあえず後でLIMEで母さんにお礼言っとかなきゃな。忙しい中ありがとうございました……いや本当に。


「この中から何枚かユカのインスタに上げようかなー。モデル事務所の人にデビュー前から知名度上げておいたほうがいいってアドバイスされたし」


「それ特定されたりしないよな……? 学校の奴らに女装バレするの嫌すぎるんだが……」


「これでりょう君って分かる人……いないと思うよ……? みんなコスプレしてるから……素顔ぜんぜん分からないもん……」


「そ、そっか。じゃあアップする写真はユカに任せるよ。くれぐれも特定されないように気をつけてくれよ?」


「大丈夫! 可愛いから問題なし!」


「どこが大丈夫か分からんけど凄い自信だ……!」


「もちろん、ユカにおまかせよー! リョウ君とミカちゃんの可愛さを世界に届けちゃうよー!」


「いや俺は可愛いと思ってほしいわけじゃないからな!?」




 新学期初日の通学路、俺たちはいつものように笑い合いながら歩いていくのだった。

 この後に待ち構えている悲劇……いや喜劇とも呼べる出来事を前に、何をのんきにしているのかとこの時の俺に説教をしたくなる。


 人生とはまさに予測不可能、回避不能なことばかりが待ち受けている。

 まさかあの写真がきっかけで、あいつに目をつけられることになろうとは……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る