第42話 ミカとユカと学食に行く

「たまには学食もいいねー。ユカ、実は初めて来たかもー」


「ミカも……一緒に来る友達……いないから……。ユカちゃんと来てみたかったけど……お母さんがお弁当つくってくれるから……」


「そうだよねぇ。ユカたち学食に来る機会なんて無かったもん」


「はいはい、どうせ弁当を買い忘れた俺が悪いですよ」


 仕方ないだろ、昨日は深夜まで勉強してたんだ。そのせいで朝起きたら時間ギリギリで、弁当も買う時間がなかったんだから。

 もっとも前日に弁当くらい準備しとけば、こんなことにはならなかったのだが。


「でも……いいの? 学食にお弁当……持ち込んじゃって……」


「いいのいいの。周りの奴ら見てみろよ。みんな似たようなことしてるって」


「ホントだねー。学食食べてる子と一緒のグループにお弁当持ち込んでる子もいるよ」


「一応駄目って言われてるんだけどな。ほとんど黙認状態らしい。だから二人も気にしなくていいぞ」


 本当は弁当の持ち込みなんて許可したら学食利用者の分の席が無くなるからよくないんだが、そんなルールを守るのは一年生くらいだろう。

 上級生にもなればお構いなしに席を独占しているのが実情だ。

 部活生なら先輩に目をつけられないよう、こういうことはしないだろうけど俺たちには関係のないことだ。


 先輩後輩のしがらみがないって素晴らしい!

 これだけは自分が陰キャだったことに感謝だな。


「りょう君詳しいね……学食にはよく来るの……?」


「いや、俺もほとんど来たこと無い」


「へぇー。じゃあなんで詳しいの? 友達から聞いたとか?」


「俺にそんなこと教えてくれる友達がいると思うか?」


「んー……」


 真面目に考えないでくれ! 悲しくなるから!

 どうせ俺には情報通の友達なんていませんよ、ギャルゲの主人公じゃないんだから。


「クラスでリア充どもが話してるの聞いてたんだよ。あいつら大声で色んな事喋ってるからな」


「聞き耳立てるなんて趣味悪いよ?」


「壁に耳あり……障子に目あり……りょう君は現代のニンジャだった……?」


「人聞き悪いなぁ、聞きたくなくても聞こえてくるんだから仕方ないだろ。こっちは休み時間中寝たふりして時間潰そうとしてるのに、あいつら勝手に騒いでるんだからさ」


「寝たふりって、リョウ君もうちょっと楽しいことに時間使いなよー」


「だってそうでもしないと、リア充どもに机占拠されるんだもの! トイレから戻ったら俺の椅子勝手に使われてて、立ち尽くしてたら『なんか用?』って言われるんだぞ!」


 俺の机なのに何故かこっちが悪いみたいな空気になるあの現象。

 同調圧力というか、数の暴力とでも言おうか。あのリア充特有の傍若無人ぶりは苦手だ。


「挙句の果てに『開いてる席使ったら?』って言うから座ったら、その席の持ち主に『人の席勝手に使ってんじゃねえぞ』とか言われるんだぜ? しかもそれ見て笑ってくるんだぞ! だから寝たフリしてでも自分の椅子を確保するしかねえんだよ!」


「どうしても席離れなきゃいけない時は……机の上にお弁当置いたり……椅子の上に鞄置いてるけど……それでも席取られたりするよね……」


「友達もいないから、廊下を意味もなく彷徨ったりして時間潰すしか無いんだよな……」


「昼休みは図書室に入り浸れるけど……それ以外の休み時間は……地獄……」


 やはりミカは分かってるな。陰キャにとって自分の席は何よりも守り通さないといけない絶対守護領域なんだよ。

 勝手に席を使われるならまだしも、なぜか引き出しの中身とか筆箱とかまで勝手に見るからなあいつら。

 俺が同じことしたらブチ切れるくせに、倫理観どうなってるんだまったく。



「ふ、二人が休み時間大変なのはよく分かったからー! リョウ君のご飯も冷めちゃうし、早く食べようよー!」


 そうだった、リア充への不満が爆発してつい目の前の飯のことを忘れてしまっていた。


 俺が注文したのは唐揚げ丼。白米に唐揚げを5つ乗せて、その上にネギと天かす、そして甘酢あんをかけたものだ。

 一見簡単な料理だが、唐揚げ丼なんて定食屋でもあまり見ないので物珍しさで注文してみた。


「んじゃ、いただきますっと……うん、うまい!」


「男子が好きそうだよね唐揚げ丼。ユカはちょっとパスかなー」


「ミカも……唐揚げ5つは……重そう……」


「いやそれがそうでもないんだって。この甘酢あんのおかげでさっぱりとした味付けになってるよ。天かすとネギも何で入れてるんだろうって思ったけど、これのおかげで飽きにくい味になってるし」


「リョウ君ってグルメだねー。毎回食べた料理の感想言ってるし」


 はて、そうだったか? 自分ではあまり意識していないが……。

 たぶん『美味い』って言葉だけだと、相手にどう美味しいのか伝わらないから、俺の少ないボキャブラリーの中から必死に感想を捻り出しているだけだと思う。



「そんなに……おいしいの……?」


 ミカが俺の唐揚げ丼を眺めながら、興味深そうにしている。

 ミカはこんなジャンクな丼もの(食堂のおばちゃんごめん)食わなそうだもんな。

 カツ丼や牛丼といったメジャーな丼ものならともかく、唐揚げ丼は珍しいかもしれん。


「ああ、何だったら食ってみるか? 一口なら分けてやらんでもない」


「わーいっ……♪ それじゃあ……あーん」


「ううっ……!」


「わわっ! ミカちゃん……!」


 ミカはその小さな口を開けて、俺に催促をする。

 あーんだと……!? 以前ミカとユカの二人から『あーん』をされたことはあったが、今度は俺がするのか!?


 これじゃあまるでバカップルじゃないか。

 しかもミカのやつ、目を閉じて口を開けたままずっと待ってるし。

 なんかこう、いけない光景を見ているようで罪悪感が湧くな……。


「じゃ、じゃあほら……」


「むぅ……りょう君……ちゃんと『あーん』って言って欲しい……かも……」


「言わなきゃ駄目なの!? 周りに人いるのに!?」


「ミカがやった時は……りょう君嬉しそうだったのに……ミカ寂しい……です」


「っ……」


 そんな顔して言われたら、やらずにはいられないだろ。

 ええい、周りの目なんか知るか! こうなったらやってやるよ!


 俺は蓮華で唐揚げと米をすくい、ミカの口元へ持っていく。


「ミカ、あーん」


「あーん……んん……っんん……。うん……意外とさっぱりしてて……美味しい……」


「あの、めっちゃ恥ずかしいからこれっきりにしてくれ……」


「んふふ……りょう君の『あーん』かわいかった……よ」


 男の『あーん』なんて需要無いんだよぉ!

 あったとしても乙女ゲーかBLドラマCDとかだろ!

 誰得なんだよこんなの。ミカ得なの? 嘘だ絶対得してねぇって! 損だって!


「ふぅ、自分でやってて鳥肌立つ行為だったわ……」



「ねぇ……」


「ん? どうしたユカ」


 俺の袖の辺りが引っ張られているから見てみたら、ユカが顔を赤らめてこっちを見ていた。

 体調が悪いのか、それともトイレでも我慢しているのだろうか。どちらにしろ先程までとは様子が違った。


「ユカにも……して……欲しいんだけど」


「ん? 何だって? よく聞こえなかった」


「だからっ! ユカにも……あーんって……してほしい……リョウ君に」


「Why!? どうしてよ! お前さっき唐揚げ丼とか興味ないって顔してただろ!」


「そ、それはそうだけどー! でもユカも食べてみたくなったのー!」


 心移りの早さ凄いな!? どういう心境の変化なのよ。


 でもミカにだけ食べさせてユカにはあげないっていうのも不公平だよなぁ。

 仕方がない。ユカにも一口分けてあげるとしよう。

 5つの唐揚げの内2つも分けてあげる俺の寛大さよ。


「ほれ、好きな分だけ取っていいぞ」


 丼を差し出すも、ユカは首を横に振る。そして普段のミカのような、消え入りそうな声で囁いた。


「リョウ君が食べさせて……」


「そ、それってミカにやったのと同じことをやれと……?」


「う、うん……ミカちゃんにしたんだから、ユカにもしてよ……」


「そ、それは流石にどうなのかなーって思うんですがユカさん。俺とミカだから周りに注目されずに済んだけど、ユカはそうも行かないんじゃないかなー……あはは」


「いいよ……」


 ユカは下を向いたまま、本当にミカそっくりな声色で、しかしミカが見せないような表情で言う。


「リョウ君なら……他の人に見られても……ユカは気にしないから……」


 それはどんな気持ちから繰り出された言葉なのか、俺には想像もつかない。

 ただ、この場でユカに『あーん』をしても許されるのは俺だけしかいない。それだけは確信出来た。


 俺は喉をごくりと鳴らして、周囲の注目を浴びない様に最大限注意しながら、蓮華をユカの口元へ運ぶ。


「ほらユカ、あーんして」


「あーん……んっ……」


「ど、どうだ?」


「えへへっ、恥ずかしくて味がよく分かんないっ」


 ユカは照れ隠しに笑いながら、俺から顔を背けてしまった。

 耳が紅葉のように真っ赤になっている。恥ずかしいならやめとけばよかったのに。


 というか誰にも見られてないよな……?

 周りを確認してみるが、どうやら大丈夫なようだ。さすが俺の陰キャオーラ、隠蔽力はピカイチだ。

 よかった、学食でこんなことしてるところを見られてたら、また変な噂が流れるところだったぜ。



「二人とも唐揚げ丼の美味しさがよく分かったみたいだな。他にもカツ丼とか親子丼とか、丼ものはボリュームもあって満足感高いから好きなんだよね」


「ユカちゃん……ミカ、今度丼もの作ってみたい……!」


「そうだね、まずは簡単な親子丼から挑戦してみよっかミカちゃん!」


「二人とも丼なんて興味なさそうだったのに、何で急に興味津々になってるんだ……? そんだけこの唐揚げ丼が美味しかったってことか」


「「はぁ~……」」


 何故か知らんが二人にため息を吐かれてしまった。

 双子だからってそんなところまで息ぴったりになる必要無いんですよ?


 その後、残った2つの唐揚げで大量の白米を食うのに苦労したのだが、それはまた別の話。


 ところで食い終わった後に気付いたのだが、この蓮華……俺とミカとユカで間接キ……いや小学生じゃないんだ、これくらいどうってことない。


 本当に気にしてないぞ。いやマジだってば。

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