最後の終わりの終幕エンディング編

第118話 告白の返事をしましょうか

「ってことがあったんだよ」


「それ、ユカに言っていいのかな?」


「いいんじゃないか? ユカだって一応当事者? なんだし」


 俺はミカとの一件――逃避行のあらましをユカに説明していた。

 昨日は先生に怒られたり、金髪に詮索されたりで時間がなかったからな。

 こうしてファミレスに呼び出して時間を用意したわけだ。

 どうだ、俺ってえらくね?


「でもそっかー。ミカちゃんがそんなことを思っていたなんて」


「やっぱりユカも気付いてなかったのか」


「んー気付いてないって言ったら嘘になるかも。でもそこまで重く考えていたっていことまでは分かってなかったかなー。双子なんだし相談してくれればいいのに」


「それは難しいんじゃないか」


「え?」


 ユカは意外そうに目を開く。


「近くにいすぎると中々言い出せないもんだろ。こういう問題って。それもミカはユカにコンプレックスを抱いてたんだ、本人に言えるわけないよ」


「そっかー……。そうだよね、ユカもちょっと考えが足りなかったかも。ミカちゃんが困ってるなら助けたいって気持ちも、ミカちゃんを余計困らせてたんだもんね」


 少し悲しそうな表情をするユカ。

 今まで善意で行ってきたことが、実の姉にとっては悩みのタネだと知ってしまったんだ。

 ユカも思うところがあるのだろう。


「でも、まぁユカが悩むようなことじゃないよ。ユカは今のままでいいと思う」


「そうかな」


「そうだって。ミカも言ってたんだぜ? ユカのことは大好きだって。ただ、ユカに甘えてばかりの……甘えることしか出来ない自分に嫌気が差してたんだと思う。ミカが変わろうとしてるならそういう気持ちも持たなくなるんじゃないかな」


「だといいけど……ミカちゃんが変わろうとしてるなら、ユカも変わったほうがいいのかな」


「だから必要ないって。ミカはミカ、ユカはユカだろ。確かにミカはユカに劣等感を抱いてたようだけど、それを理由にお前が遠慮しちゃったら変わろうとしてるミカにも悪いよ。ユカにはユカの魅力があるんだからさ」


「えへへーそう言われると照れちゃうね。……ありがとうねリョウ君」


「俺は何もしてないよ」


 ううん、と首を横に振るユカ。

 今回のことだけではなく、今までのこと全てにありがとうとユカは言った。


「リョウ君と知り合えなかったらきっとこのままミカちゃんとユカの関係は変わらなかったと思うんだ。そうしたらきっと、ユカはみかちゃんの気持ちにも気付けなかった。だから、ありがとう……」


「ユカ……」



 俺なんかが何かを成すことなんか出来ないと思っていた。

 でも俺でも誰かの役に立てたのだと思うと嬉しく思う。

 空気のような存在だった俺を、役割のある一人の人間に成長させてくれた。

 そう思うと俺にとっても朝倉姉妹との出会いはかけがえのない出来事だと思える。


「俺の方こそありがとな」


「どうしたの急に?」


「俺だってユカやミカと友だちになれたから、変わることが出来たんだ。前は人間関係なんて面倒なだけって思ってたのにさ。二人のおかげだよ」


「そう思うならちゃんと応えてよね」


「えっと、具体的にはどうすればいいんでしょうか。とりあえず今日の昼飯でもおごればいいのか?」


「もー! 分かってないよリョウ君!」


 俺の的はずれな回答にユカはプンプンと頬を膨らませて怒る。

 相変わらず怒る姿も可愛らしく画になる。これはもはや才能だな。


「リョウ君が今すべきことは一つしか無いでしょー! ずばり、ミカちゃんの告白に返事をすること! もう随分と引き伸ばしてるよねー」


「そうか……そうでした。返事……しなきゃいけないよな」


「もしかして忘れてたの?」


 疑うような目を向けてくるユカに「まさか」と返す。

 忘れるはずがないだろう。いやここ最近のごたごたで後回しにしていたのは本当だけどさ。

 けど俺の人生初告白イベントなのだ。そう簡単に忘れるはずがない。


「で、答えは決めてるのかな」


「ああ。実はどう返事をするかはもう決めてるんだ。タイミングが無かっただけ」


「そっか。じゃあ頑張らないとね」


「うん。結果を見て笑わないでくれよ?」


「さてどうでしょー。ユカにとっても他人事じゃないからねー。返答内容によっては一生ネタにするかもしれないよー」


「プレッシャー半端ないな……」


 でもさ、とドリンクバーで入れてきた紅茶を飲みながらユカは言った。


「どんな内容でもミカちゃんは受け入れてくれると思うよ。それがリョウ君の本心から出た言葉ならね」






 ◆◆◆◆◆





「果たし状……?」


 月曜日、少し憂鬱な気分を抱えたまま学校の下駄箱で上履きに履き替えようとしていた時だった。

 見覚えのない手紙がミカわたしの下駄箱に添えられていた。


「放課後、図書室で待つ……やっぱり果たし状かな。今どきこんなことしてくる人いるんだ……」


 筆跡に見覚えがあるような気がするけどもしかして彼だろうか。

 こんなイタズラをしてくるなんてちょっと意外だったけど、もしかすると流行りのアニメか漫画の影響でも受けたのかな。

 たくさんの作品をチェックしてるけどそんなシチュエーションあったかな?


「図書室かぁ……」


 彼と図書室で二人っきり。なんだか懐かしい。

 入学してすぐ、教室に居場所がなかったから図書室に逃げたら見かけた彼。

 読んでる作品がミカの好みと一緒だったから、話しかけたくて。でも中々話しかけられなくて。

 ゴールデンウィークが終わった頃、あのハンカチをきっかけに話す機会がやってきたんだっけ。


 話してみると本当にミカと趣味趣向が一致してて、とっても楽しかった。

 今までこうして自分の好きな話をしあえる友達なんていなかったから。




「あ、おはよう朝倉さん」


「お、おはよう……」


 教室に入るとクラスメートに声をかけられる。

 今までこんなことはなかったんだけれど、先週のことが原因で何人かの女子に質問されまくってしまった。

 どうやら何人かがミカとりょう君が一緒に遅刻したのを知っていて、どういう関係なのかと聞いてきた。

 りょう君は別に有名なわけじゃなかったけど、男子と二人で遅刻してきたという事実が他の女子には面白く見えたらしい。


「ねぇ噂のカレシと今日は一緒じゃないの?」


「か、彼氏じゃないよ? この前はたまたま一緒に遅刻してきただけで……」


「嘘だー! あんな中途半端な時間に二人揃って遅刻してくるなんて、絶対なにかあったんでしょー」


「そんなんじゃないよ、もう……」


 本当は何かあったんだけど、それを正直に話すと絶対変な勘違いされちゃうから言えない。

 というか言ったらりょう君にも迷惑だろうし。女子と平日に遠出して朝帰りって、場合によっては停学しちゃうんじゃ……?


 改めて冷静になってみると自分のやったことの大胆さに笑えてくる。

 まさか自分があんなことをやるなんて、思いもしなかったから。

 りょう君を巻き込んじゃったのは悪いと思うけど、結果的にはいいこともあったし。なんだかんだ楽しかったかも。


 そのおかげでこうしてクラスメートと話す機会が出来るのは完全に想定外だったけれど。


「りょう君はミカの友達だから。本当に……そんなのじゃないからね」


 ミカの言葉に半信半疑なクラスメートたちはニヤニヤしながら追及の手を緩めなかった。

 結局朝のホームルームが始まるまでこの手の質問は続いたのだった。


 その間、なんだかクラスの男子がこっちをちらちらと見ているのが気になったけれど何だったんだろう。





 ◆◆◆◆◆





「くぅ……緊張する……。胃薬でも飲んでくればよかったか?」


 放課後の図書室、夕日が差し込む静かな部屋に俺は一人待っていた。

 誰を? 決まっている。朝倉ミカだ。


 今朝いつもより早く登校してミカの下駄箱に手紙を置いてきた。

 本当はLIMEでも良かったんだが俺はシチュエーションを重視する男だ。

 昔読んだラブコメ作品に則ってここは古風な方式で行くことにした。




 果たしてミカは来てくれるだろうか。

 あの手紙を俺からだと気付いてくれただろうか。

 いたずらだと思って捨てられてたりしたらショックだ。


 図書室の時計が刻々と時間を刻む。

 四組のホームルームはもう終わっているはずだ。だがまだミカは来ない。


 十分、二十分ほど経っただろうか。随分待ったように思う。

 だが時計を見てみると意外なことに、まだ数分しか経っていなかった。

 俺の体内時計はどうやら今日この瞬間に限って狂っているらしい。

 人を待つことがこんなにも長く待ち遠しいとは思いもしなかった。


「はぁ……」


 少しずつ寒くなってきた秋の夕暮れにため息を漏らす俺。

 なんとも画にならない光景だ。やはり秋といえば紅葉、紅葉といえば美少女が必要だ。

 オタク男子なんかじゃ画にならないからな。早く来てくれミカ。


 そんなことを考えていると図書室の扉がガラっと開かれる。


「お、おまたせ」


「よう……やっと来たか」


「やっぱりこの手紙、りょう君だったんだ……。雑ないたずらとかじゃなかったんだね……」


「そんな陰湿中学生みたいにラブレターもどきを書いて、校舎裏に呼び出したやつをドッキリと言ってからかうような真似しないって。そんで『はぁー? 俺最初から嘘って分かってたんですけどー!? お前らを逆にからかうために来たんですけどー!?』って強がるけど、結局バカにされるような真似しないよ」


「やけに具体的だね……」


 そりゃ中学の頃やられたからな。

 まぁからかう方もからかわれる方も陰キャだったから、そこまで盛り上がらなかったが。

 悲しきかな陰キャのコミュニティ。


「それで……こんな果たし状出してまで何の話かな」


「へ? 果たし状?」


「ち、違うの? てっきり漫画かなにかのネタかと思ったんだけど……」


「あ、いや漫画のネタっていうのは合ってるんだけど」


 それ果たし状じゃないです……。

 ミカさんや、どうしてそんな勘違いをしちゃうんですか。

 これじゃあ俺が馬鹿みたいじゃないですか。



 あ、そういえば手紙の中身って『放課後、図書室で待つ』としか書いていなかったっけ。

 なるほどそれなら果たし状と思われても仕方ない。

 てへへ、亮ちゃんうっかりー☆ って馬鹿! なんでこんな大事な時に限ってやらかすんだよ俺!

 ああもうせっかくのシチュエーションが台無しじゃないか! 格好つけようとする時に限って格好つかない陰キャクオリティだなホント!


「あの、りょう君? 悶てるけどどうしたの……?」


「いや何でも無い……自分の不甲斐なさに頭を抱えてただけ」


「……?」


 クソ、こうなったら強行するしかねぇ。

 理想のシチュエーションにならなかったとはいえ、まだチャンスはある。

 ここで逃げ出すほうがよっぽど格好悪いからな。


「み、ミカ! その、大事な話があるんだ」


「は、はい……なんでしょう」


「えっと、ほら……その……返事、まだだったろ? その、告白の……さ」


「こくは……あっ、もしかしてこれって……そういう手紙だったの?」


「ま、まぁな……結局ミカには伝わってなかったみたいだけど」


「えっと、ごめんね……?」


 謝られると余計悲しくなる。ギャグの説明を自分でしてるような虚しさがあるな。


「それでさ、体育祭の夜に告白してくれた時の返事。今日ここでしようと思うんだ」


「うん……」


 ミカは傍から見ても分かるくらい緊張しているようだった。

 俺だって緊張していて吐きそうなのだが、ミカに至っては試験結果当日の朝かよってくらい顔面蒼白だ。

 正直大丈夫かと心配になってくる。やはり日を別にしたほうがいいんじゃないか?


「あの、ミカ? めっちゃ顔色悪いけど、大丈夫か」


「だ、大丈夫! ずっと覚悟はしてたから……! どんな返事だろうと納得するつもり……だよ」


「そっか。なら……告白の返事だけど……」








「俺もミカが好きだ。つ、付き合ってくれると……嬉しい」


「えっ……」


「えっ?」


 ミカが受験の合格発表日にまさか自分の番号があるとは思いもしなかった的な顔で俺の方を見てくる。

 いやそんなに驚かれても逆にこっちが驚くんだが。

 むしろなぜ告白してきたミカの方が唖然としているのだろう。普通逆じゃない?


「えっと、りょう君? 聞き間違いかな……今ミカのこと……す、好きって」


「二回も言わせる気か!? 恥ずかしいから言わせんなって!」


「で、でもりょう君がミカの告白にOKしてくれるなんて……思いもしなかったから。絶対ユカちゃんのこと好きだと思ってたもん」


 ミカは心底意外そうに言った。


「だってミカ、面倒くさいよ? りょう君のこと好きだからって……遠回しにいろんなことしてたし……。普通そんな面倒くさい子嫌じゃない?」


「まあ確かに回りくどいこといっぱいしてたよなぁ。俺が逆転〇判やってなかったら勘違いしそうな事もあったし」


「な、なんで逆裁……? えっと、りょう君はユカちゃんのこと好きじゃないの?」


「好きだよ」


「ええ……!?」


「ユカは最高にいいヤツだ。俺にとって最高の友達だ」



 確かにユカも魅力的な女子だ。俺も何度もドキドキした。

 だがそれ以上にミカのことを好きになってしまった。だから俺はミカと付き合いたいと思ったんだ。

 趣味が同じで、声も仕草にもドキドキさせられて。何よりこんな俺を好きになってくれたのだ。

 これで好きにならないほうがどうかしてると思う。


「今回のことで分かったんだけどさ。俺、追いかけられるよりも追いかける方が性に合ってるみたい」


「どういうこと……?」


「だからその……俺くらいの通になると面倒くさい子くらいの方が合ってるんだよ!」


「面倒くさいって言った……!? 今りょう君、ミカのこと面倒くさいって言った」


「自分から言いだしておいてその反応はなしだろミカ!」


 これだからミカは面倒くさい系ヒロインにカテゴライズされちゃうんだよ。

 まぁそんな子が好きな俺も大概変なやつかもしれない。




「えっと、だからその……俺からの返事は済ませたし、これで俺たち……付き合うってことでいいのか?」


「えっそ、そうなっちゃうのかな……!? で、でもそっか。そうだよね……ど、どうしよう……!」


「なんでお前が驚いてるんだよ……」


「だ、だって……OKもらえるなんて思ってなかったから……嬉しくて、頭おかしくなりそう……!」


 ミカは口元を隠して必死にこらえていた。

 どうやらオタク特有のニヤニヤ顔を晒してしまわないように気を使っているようだ。

 ミカのニヤニヤ顔なんてめったに見られないからむしろ見せてくれと思うのは俺だけだろうか。



 しばらく一人笑いを耐えていたミカがようやく顔を上げると、その顔は外に散る紅葉のように真っ赤になっていた。

 夕暮れが差し込んで赤く輝くミカの髪が不思議と画になった。

 やはり秋と美少女は最高の組み合わせだな、なんてこんな時に考えてしまう。


「じゃあ……よろしくお願いします……なんて」


「うん……その、よろしくな……ミカ」


「えへへ……りょう君のこと、好きになってよかった……!」




 こうして俺はミカと付き合うことになった。

 俺にとって初めての、ミカにとっても初めての恋人となったのだった。

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