第20話 双子の姉と体育倉庫に閉じ込められた

 水曜日、その日は珍しく6時間目に体育の授業がある日だ。

 今日も授業でバスケをやっているが、何故か再び四組と合同で行われている。

 本来は一組と二組でやるはずなんだが……。四組と一緒に授業やるなんて滅多に無いのになぁ。


「もうすぐ授業終わるから片付けしろー」


 体育教師が笛を鳴らして、生徒達に呼びかける。

 試合をやっていた連中も、ボールを籠に入れて体育館を後にしている。


「いかん、この後職員会議があるんだった。すまんが誰か体育倉庫にボールを返しに行ってくれないか?」


「分かりましたー」


 誰かが適当に返事を返すと、教師はその場を立ち去った。


 あー疲れた。やっぱり6時間目に体育ってキツいな。

 一日の最後に一番疲れる授業をするって大変だ。

 まぁ、俺は今回もサボってたから実のところそんなに疲れてないんだが。


 さて、さっさと教室に戻って着替えるとしよう。

 今日は寄り道もせずに家に直帰する。汗かいてるし、すぐにでもシャワーを浴びたい。



 俺が体育館から出ようとした時、後ろから声を掛けられた。


「おい進藤、お前片付けといてくれよ」


「は? 俺が? 何でそんなこと」


「俺ら、この後部活があるんだよね。お前暇だろ? これくらいやってくれたっていいじゃん」


 クラスメイト達は俺を囲んで、ニヤニヤと笑っている。


 臭う……臭うぞ。これは村八分ムラハチの予感。

 やはりと言うべきか、金髪の告白を邪魔してからより一層周りからの視線が強くなった。

 リア充たちに何と思われようと気にしないが、こうも露骨に態度に出されると思うところがある。


 しかしここで反抗すれば、更に面倒なことになりそうだ。


「分かったよ、俺がやっとく」


「悪いな。あ、先生にはお前一人でやったって言うなよ。言ったら分かってるよな」


「言わないよ、さっさと行ってくれ。忙しいんじゃないのか」


「……ああそうだったな。後はよろしく頼むぜ」


 リア充達は楽しそうに笑いながら体育倉庫を出ていく。


 言った側から随分と余裕そうだなおい。全く、やるならもうちょっと上手くやれっての。

 大体先生に言うなって小学生のイジメか? まぁ素直に従ってる俺も俺だが。




「面倒くせぇ……仕方ない、片付けるとするか」


 溜め息を吐きながら、ボールの入った籠を押してみると思った以上に重かった。

 おかしいな……。体育委員は毎回一人でこれ運んでるはずなんだけど。

 俺ってそんなに非力だったのか。オタクだから当然と言えば当然だ。でも地味にショック。


「く……! 結構、キツい……!」


 体育倉庫までほんの数メートルしかないのに、俺には途方も無く遠く感じた。


「うぉぉぉ…………ん?」


 突然、籠を押すのが楽になった。どうしたというのだろう、もしや俺の眠れる力が覚醒したのか? いやそんなアニメみたいな事あるわけ無いか。


 籠が軽くなったのは、いつの間にか俺の横にミカが来ていたからだった。

 ミカは唇をきゅっと結んで、精一杯力強く籠を押していた。


「ふきゅぅぅぅ……!」


「ミ、ミカ……手伝ってくれるのか」


「うん……りょう君……一人で大変そうだったから……」


 どうやら籠を押してる姿を見られていたらしい。情けないところをばっちり目撃されて、惨めな気分だ。かっこ悪いところを見せてしまった。

 今までカッコいいところなんてあったか? って質問は受け付けないぞ。


「陰キャでも二人ならどうにか出来そうだな。頑張ろう、ミカ」


「う、うん……!」


「せーのっ」


「「くぅぅぅぅ……!」」


 俺たちは二人して変な声を上げながら、それでもやっとの思いで体育倉庫まで運ぶことが出来た。


「あとは倉庫の奥まで押せば終わりだな」


「た、大変だった……腕……パンパン……」


「流石に運動不足だって痛感したよ。まぁ、オタクだからしかたないけどさ」


「そうだね……」




 その後、休憩を挟みながらも籠を所定の位置まで押した。これで片付けは終わりだ。

 時計を見ると四時を回っていた。ひょっとすると、帰りのホームルームが終わってしまっているかも。

 どうせ誰も俺が戻ってないって気付かないで、そのままホームルームやっちゃってるんだろうな。俺影薄いし。

 教室に戻る時、俺だけ体操服なのは恥ずかしいな。出来ればみんな帰ってくれてるとありがたい。


「よし、教室に戻るか。部活も始まるだろうし、いつまでもここにいたら邪魔になるからね」


「うん……運動部……怖いから……誰か来る前に……戻りたい……」


 体育倉庫から出ようとすると、扉が開かないことに気付く。


「あれ、開かないぞ……? どうしたのかな、まるで鍵でも掛かってるみたいだ」


「そういえば……先生が……ここの扉は内側からは開けにくいって……言ってたような……」


「あー四月の初めくらいに聞いた気がするなぁ。ボロくなってるから、出来るだけ扉は閉じないようにって注意してたわ」


 じいちゃんの家も似たように開きにくくなった扉があったなぁ。

 あれって錆び付いたのが原因だったりするんだろうか。扉の構造って結構複雑なんだなぁ。


「……って、呑気に言ってる場合じゃねぇ! 俺たち、ここに閉じ込められたって事じゃん!?」


「え……そんなアニメみたいなこと……あるの……?」


 ミカ、驚くのは分かるけどそういうツッコみはやめてくれ。俺だってびっくりしてるんだから。


「くそ、マジで開かないなこれ! 誰か来るまで待ってるしか無いみたいだな」


「ええ……ミカ……疲れてるのに……お家に帰りたい……お風呂入って寝たい……」


「分かる……分かるぞミカ。でもどうしようも無いものこれ! きちんと整備しとけよ学校側もさあ!」


「うう……。出られないなら……ミカ……休んでるね……」


 そう言うと、ミカはマットの上に体を預けてしまった。意外と図太い神経してるな。いや、疲れが限界に来ているのか?

 少なくとも、この状況で慌てているだけの俺より余裕があるのは確かだ。


 ミカは眠そうな目を擦りながら、俺に言う。


「りょう君も……一緒に寝る?」


「えっ……それはどういう……。いや、何て言うか不味いんじゃないですかねミカさん?」


「不味い……? 何が……?」


「そのほら、俺たち健全な高校生でして、それ以前に男子と女子なわけですよ。もし誰かに見られでもしたら、良からぬ噂が流れちゃいませんかね?」


 それこそアニメみたいなトラブルが起こる可能性だってあるわけだ。

 いや俺はそんな気は一切無い。だが不意にトラブっちゃうかもしれない。

 アニメならともかく現実でトラブっちゃったらお互い気まずいわけで、陰キャ的には避けたいのですよ。


「りょう君なら……いいよ……?」


 しかしミカは俺の不安などお構いなしに、甘い誘惑をしてきた。

 正直心臓の鼓動がマッハを迎えているのだが、この状況で自制出来ている自分を褒めてやりたい。

 今程自分が小心者で良かったと思ったことはないぜ……!


「ねぇ……一緒に……寝よ?」


「甘いぞミカ。俺はそんな誘いには乗らん……」


「もう……えいっ」


「おわっ!?」


 ミカは俺の手を無理矢理引っ張ってきた。当然、不意を突かれた俺はマットに倒れ込む。

 反射的に両手をついて、ミカの体に乗っかってしまうのだけは防いだ。

 ほっと一息吐くと、目の前にミカの大きな瞳があった。暗い体育倉庫の中でも、ミカの瞳はかすかな光を集めてキラキラと輝いていた。



「あ…………」


「にゅふふ……りょう君の顔……近い……」


「わ、悪いミカ……! その、わざとじゃないんだ!」


 トラブっちゃったよ! 何だよこれ、体育倉庫に男女で入るとマジでこんなことが起きるのか!?

 俺は今、腕立て伏せのような体勢をキープしている。その真下にミカがいるのだが、これが驚くほど距離が近い。

 女子とここまで顔を近づけて話したのは、たぶんこれが初めてだ。やべぇ、体育で汗かいたから臭くないかな。


「あの……今すぐどくから! マジでごめん!」


「いいよ……このまま、寝ちゃおうよ……。どうせ……出られないんだし……寝てたら誰か来てくれるよ……」


「それは……その……」


 ミカの言うことは一理ある。外から誰か来るまで、俺たちに出来ることなんてないのは事実だ。

 その間、やることも無いし寝て時間を潰すっていうのはありかも知れない。


 いや無いだろ! もし本当に誰か来た時、こんな状況見られたら言い訳出来んわ!

 やっぱミカ、眠くて思考力落ちてるだろ! 普段ならこんなこと言わないぞ、きっと。


「ねぇ……りょう君……」


「は、はい。何でしょうミカさん……」


 ミカが蕩けた声で俺の名前を呼ぶ。

 舌足らずな喋り方が、いつもとは違うミカの魅力を感じさせる。


「ミカ……あのね……」


「う、うん」


「りょう君のこと……」


「お、おう」


 い、一体何を言おうとしてるんだ。これ以上どんなトラブルを起こそうって言うんだ?


「す――」「やっぱり、こういうの良くないって!」




「やっほー! ミカちゃん、教室にいなかったから迎えに来たよー☆ 四組の人に聞いたら、たぶんここじゃないかって……あれ? 何してるの二人とも」


「よ、よう……ユカ」


 せ、セーフ……! ミカが何かを口にしようとした瞬間、マットから飛び退いてて良かった~!

 ユカが来るのがあと一秒でも早かったら、俺がミカに襲いかかってるって誤解されるとこだったぜ。


 それにしてもミカ、最後に何て言おうとしたんだ?


「……むにゃむにゃ」


「あーミカちゃん寝てるー♪ 可愛い寝顔、体育で疲れちゃったのかなー?」


「……みたいだな」


「ほーら、ミカちゃん起きてー。一緒に帰ろうよー」


 ミカは眠そうに目を開けると、うつろうつろと声を出す。


「ん……ユカちゃん……? あれ、体育は……?」


「もう放課後だよー。ミカちゃん寝ぼけてるー? いつも寝る前のこと忘れちゃうよねー」


「うにゅ……ミカ、こんなとこで寝ちゃってた……? あ、りょう君もいる……」


「ミカ、さっきのこと覚えてないのか?」


「さっき……? りょう君が授業中、ずっと壁にボール投げてたこと……?」


 何故それを知ってる!? 今日も四組の男子とはペアを組めず、ミカとペアを組むのは先生に禁止されたからずっと壁パスをやっていたのだ。


 どうもミカは、体育倉庫の中での出来事を忘れてしまった様だ。

 と言うより、元から疲労と睡魔で意識が朦朧としていたんだろう。途中からいつもと雰囲気が違ったもんな。


 何だかほっとしたような、残念なような。

 どちらにせよ、寝ぼけているミカは可愛いかった。それだけは事実だろう。


「まぁ、あり得ないよな。あんなこと……」


「ん? 何がー?」


「いや、別に」


 ミカが言いかけた言葉、『す――』の続きを想像したが、そんなわけ無いと否定する。

 俺みたいな陰キャに、ミカがあんなこと言うはずがないよな。きっと別の言葉を言おうとしていたに違いない。うん、きっとそうだ。

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