第117話 朝帰り~そんなにサボって大丈夫か? 大丈夫だ、問題ない~

「んぁ……ふごっ」


「くすっ」


 自分の寝息と誰かの笑う声が聞こえて、俺は目を覚ます。

 そこは電車の中で外はまだ日が昇り始めたばかりの薄暗い朝模様だった。


「あれ……電車? いつの間に乗ってたんだ。もしかしてミカが俺を担いでくれたのか……実はパワー系女子だったのかお前……」


「覚えてないんだねりょう君。さっきまでうつらうつら駅まで歩いてたんだよ。朝ごはんだって食べてたのに、完全に寝ぼけてるね」


「えっマジで? 起きてから一時間くらいの記憶が全く無いんだが!? こわ~人間の記憶力とか、意識って適当だなぁ~」


 目を覚ます瞬間、始発に乗るために早起きしなきゃと思っていたが、まさか既に起きて行動していたとは。

 恐ろしいぜ潜在意識的なヤツ! 人間のまだ見ぬ可能性を垣間見た気がする。

 いやこんなどうでもいいことで可能性見出すのもどうなんだろう。


 こういう無意識のうちにやらなきゃいけないことをやっているってのは便利だな。

 ついでだから学校生活も無意識のうちに過ごせればいいのに。流石に無理か。


「ぼーっとしてるうちに行動してるパターンって……日常でもたまにあるよね。ほら、なんだっけあの漫画」


「ああ、キンクリな。時間をふっとばされて無意識のうちに時間が過ぎていたって技」


 ミカが言っているのは某奇妙な冒険をしてそうな漫画の話だ。

 要はHDDのCMスキップのような技を使うボスがいるのだが、それを使われたみたいだねと言われている。

 あんな能力があれば正直無敵と思うんだけど、どうして負けたのか俺は理解に苦しむね。


 とまあ漫画の話はさておき、電車が動き出したのが朝の5時前後。

 今からノンストップで進めばギリギリ始業前には俺たちの町に着くはずだ。

 えっと、計算あってるよな? 駄目だ、まだ眠気で頭が回らん。



「ふぁ……」


「眠いの? 乗り換えのタイミングで起こしてあげるから……寝てていいよ」


「ミカに任せるのは不安で嫌だ。一緒に寝過ごしそうだもん」


「もうっ、朝起こしてあげたのミカなんだよっ」


「ははっ、そうだっけ。じゃあお言葉に甘えて……ちょっと寝る。わるいなミカ……」


「ううん、全然気にしてないよ。むしろ……ミカが謝らないといけないかも」


「…………?」


 眠りにつこうとする直前、ミカは妙なことを言い出した。

 謝らないといけないことってなんだ? 学校サボったことか?

 それは俺が勝手に決めたことだし、別にミカのせいじゃないのに。

 それともなんだろう、ミカは昨日の夜話したことをまだ引きずっているんだろうか。


 俺は目を閉じたまま、ミカに言った。

 正直なんて言ったか覚えてないけど。睡魔が酷いし。



「色々あったけど……俺はミカの味方だから……。ミカが自分のこと嫌いでも……俺は……好きだ……から……ぐがぁぁ……」


「……………………」






「んっ……。寝てる時に卑怯かな……でも、ありがとっ」





 ◆◆◆◆◆





「だから嫌だったんだよぉぉぉぉ!!!! 結局ミカも寝ちゃって全然知らない駅に着いちゃってるし! なんとか戻ってこれたと思ったらもう昼過ぎだし! 結局遅刻じゃねーか!」


「ごめんなさ~い!! こ、こんなはずじゃなかったのに~……」


「いいから走れ! なんとか昼休み中に学校入るぞ! ああくそ、昼飯を食う時間すら無い!」


「い、いっそのこと今日もサボっちゃおうよりょう君~どうせ先生に怒られるだろうし、いいよね~!」


「アホ! 今日は金曜だぞ! もし学校に行かないなら、宿題のプリントとか貰えないだろうが! 来週地獄を見るぞ、具体的には授業中立ちっぱなし!」


「そ、そんなに厳しいの!? ミカのクラス、宿題忘れた人いないから知らなかった~……」


 うちのクラスはリア充のアホどもが結構な頻度でやらかしてるからな。そりゃ先生もおこですわ。

 このままだとその中のひとりに俺も加わる危険性大。なんとしてもそれは避けなければ。


 ガクガクと震える脚になんとか気合を入れて、バス停から学校まで走っていく。


「あぅ……もう無理~! もう走れない~!」


「ああもう、しょうがないやつ! バス停から数百メートルも走ってないのに!」


「なに……きゃっ! ちょ、ちょっとりょう君……これ恥ずかしい!」


 俺はその場にへたり込んだミカを背負い走る。

 中々足に来る重量だがそんなこと口にしたらミカにぶん殴られるかも知れない。

 ここは黙って最後の直線距離を進むしか無い。


「ね、ねぇ……お、重くない……?」


「それ言っていいの?」


「い、言わなくていい……」


「冗談だって、ミカは軽いほうだから大丈夫。……ごめんやっぱキツイ、単純に俺が運動不足で辛い」


「せっかくオブラートに包んでくれてるところ悪いけど、全然包み隠せてないからね……!? それショックだよりょう君!!」


 ミカは顔を真赤にして猛抗議してくる。

 いや本当に重くはないんだって。俺の耐荷重が低いだけですはい。

 ミカサンハオモクアリマセーン、ホントダヨ?


 というかそんなに暴れられたら色々なところが当たってだな……。



「というかミカ、さっきからやけに上機嫌だな」


 そう、気がつけばミカの喋り方に若干だが変化が訪れていた。

 いつものような吃りが減っているのだ。それにわずかばかり声が大きい。

 ユカの喋り方にどことなく似ているような気がした。


 もしかすると自分のトラウマを洗いざらい喋ったおかげで、ミカの中でなにか吹っ切れたのかも知れない。


 この口調が本来のミカなんだろうか。

 だとするなら俺はようやくミカのことを知ることが出来たのかも知れない。


「ん~。今回のことでミカも思うことがあってね……。自分を見つめ直す……いい機会だったかも」


「そっか。ならよかった」


 俺がそう言うとミカは『うん』と笑ってくれた。





「ようやく学校についたな。昼休みは終わってるなぁ……授業中に教室に入るの、すげー気不味いんだけど」


「そこは我慢するしかない……よね。本当は嫌だけど、ちょっと怖いけど……頑張ってみる!」


「ミカ、いい顔で笑うようになったな。その方がかわいいよ」


「かわっ……!」


 あ、いかんつい本音が。

 だってミカが朗らかに笑っているのなんて、本当に初めて見るんだもの。

 いつも穏やかな笑顔だったり、どこか影のある笑顔だったから新鮮に感じるんだよ。


 これはアレだな、クーデレ的なやつだな。

 いやクーデレもちょっと違うか? どういう属性なんだろう。



 俺がどうでもいいことに試行錯誤していると、頬を紅潮させたミカが指をもじもじと交差させて言った。


「も、もう……りょう君って本当にそういうところ……ずるい。いっつもミカばっかり恥ずかしくなっちゃう。そういうの、良くないよ」


「そ、そうかな……?」


 俺的にはミカも十分恥ずかしい台詞言ってると思うんだけど。

 まぁミカは全く自覚がないようだから仕方がないのかもしれない。


「でも、りょう君のそういうところが好き。だから……これはお礼っ」



 チュッと頬に柔らかい感触があった。


 それがキスだと分かるまでにどれほどの時間がかかったのだろう。

 俺の脳みそは処理落ち寸前、熱暴走一歩手前まで加熱していた。


「えっ、あれっ?」


「え、えへへ。電車の時は気付いてなかったから、起きてる時にもう一回……しちゃった。ほらりょう君、早く行かないと授業終わっちゃうよ!」


「あ、ちょっと待って!? ミカ、今のどういう意図!? ねぇ!?」


「教えてあげな~い」


「待ってよ、ミカー!」




 色々なことがあったけど、こうしてミカの逃避行は無事終えたのだった。

 この旅がミカにとって何かいいきっかけになったのなら、俺も学校をサボった甲斐があるというものだ。


 もっとも、その数分後に教室の異様に冷たい空気と視線を浴びて現実に引き戻されるのだが。

 それはまた別の話だ。

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