第116話 ミカと過ごす一夜
「というわけなの……」
「なるほどな。それがミカの原点なわけか」
「原点っていうか……原因っていうか……。あの出来事のせいで……今みたいな性格になって……ユカちゃんに負い目を感じるようになっちゃった……」
ミカの独白に俺はただ耳を傾けるだけだった。
なにせミカの過去のことを俺は知らない。知らないことを知るには聞くしか無いのだから。
そして聞いてて思ったのは、ミカの中にあるユカへのコンプレックスはかなり根深いものだと感じた。
そりゃ愛憎入り交じるよなって納得してしまう。
姉より優れた妹なぞいねえ! と開き直れたらいいのだが、そう簡単に割り切れる人はいないだろうしな。
「話し込んでたら……すっかり暗くなっちゃったね。晩ごはん買ってくるから……待ってて」
「それなら俺も行くよ」
「……うん」
俺たちは近所のスーパーで出来合いの弁当を買ってそれを食べた。
そしてミカの沸かした風呂に入り、今日一日のことを振り返っていた。
ミカが学校を休んだのはユカへのコンプレックスと、俺に嘘をついたのがバレたことが原因だ。
まぁ友達に盛大に嘘がバレたら逃げ出したくなる気持ちもわかる。実際に逃げ出すやつは初めて見たけどさ。
大体ミカがあんなちょっと調べればわかるような嘘をついたのがいけなかったんじゃないか?
どうしてあんな嘘をついたのやら……。
あれ?
そういえばどうしてだっけ。
「あ、お風呂あがったの……? 着替えはそこに置いてあるから……」
「そんなことはどうでもいいわ! よく考えたらユカがキスしたって嘘ついた理由と、ミカのトラウマの話って全然関係なくない!?」
「ちぇっ……気付いちゃった……」
「この期に及んで誤魔化そうとしてたの!?」
なんと肝の太いやつめ。こいつ気弱なのかそうじゃないのかイマイチわからんな!
ミカめ、俺が風呂に入っていると頭が冴えるタイプだったから良かったものを。
油断も隙もないぜ。恐ろしい子っ……。
「あの嘘はどういうことか、はっきり聞かせてもらうか! もう誤魔化せないぞ!」
「わ、分かったから……服着て……! 目のやり場に困る……!」
「あ、おう……。これは粗末なものをどうもすみません……」
「う、ううん……気にしてないから……」
誰が粗末だこの野郎。そこは否定してほしかったよ、自分で言っておいてアレだけども。
俺はミカが用意していた康介さんの寝間着を着て、リビングで待っていた。
しばらくすると風呂上がりのミカが可愛らしいピンクのパジャマを着てやってきた。
頬が上気して薄桃色になっているのが、いつもと違う雰囲気を醸し出している。
「おまたせ……」
「マジで待ったわ。だいたい24時間くらい待ってたわ」
「そんなに」
「昨日ミカが逃げ出してからそれくらい経ってるからな。さあ、もう逃げ場はないぞ……存分に語ってもらおうじゃないか」
「その前にお布団……敷く?」
「まだ焦らすのか!? もういい加減待ちきれないぞ! 俺はゲームの発売日やアニメの放送が延期するのがこの世で一番キライなんだよ!
ゲーム屋に行って店員から『あーすみません、それ発売日まだなんですよ』って俺が悪いみたいな空気出るの何なの!? 店からこっちに電話でもよこせや! 誰もがネットで最新情報追ってると思うなよ!
あと最近アニメの放送が平気で1クールずれたり、1クールなのに総集編挟みすぎだろ! 大丈夫かよアニメ業界!」
「わ、分かったから……落ち着いて? いや……りょう君の言ってることはオタクとして……すごい共感するけど……ね?」
「はぁ……はぁ……すまん、少し熱くなってしまった」
あまりに先延ばしにされすぎて、オタク延期あるあるを語ってしまった。
大体楽しみにしてる作品に限って延期されたりするんだよな。
あとクオリティアップのため延期しますって、クオリティを上げるためじゃなくて最低限のラインに達してないから延期しますの間違いじゃないか?
延期した作品って結局発売されてみるとアレな出来のものが多いように思う。
よし、これ以上言ったらまずい気がするのでこの話題はいい加減やめておこう。
◆◆◆◆◆
「よいしょ……っと。ほら……りょう君……どうぞ」
「うん……」
いつもより早い時間に俺は布団の中に入る。
しかし今日一日、すごく長く感じたため不思議と体は寝る準備を始めていた。
体を横にすると、すぐに眠気が襲ってきた。
しかしまだ寝るわけにはいかん。ミカの話を聞き終わるまではな。
「りょう君……笑わないで……ね」
「努力はするよ」
「あと……嫌わないで……欲しい……です」
「それは難しいかも」
「えっ」
「ミカのこと、嫌いになるなんて中々出来そうにないからさ。たぶん前科持ちの裏社会のエージェントとか、それくらいの衝撃の事実が明かされないと厳しいと思う」
「あ、あはは……さすがにそこまで……凄惨な人生じゃない……よ」
「じゃあ大丈夫。話してみ」
ミカの方から小さく息を呑む音が聞こえた。そして意を決したのかミカはとうとう語り始めた。
「ミカは……ずっとユカちゃんに比べられてきたから……すっかり自分に自信がなくなってたんだ……。ユカちゃんに勝てるものが何一つない……からっぽの自分に嫌気がさしてたの……」
「うん……」
ミカには何もないなんて、そんな悲しいこと言わないでほしい。
それじゃあミカの魅力を知っている俺が馬鹿みたいじゃないか。
「それでね……りょう君に会った時……思ったんだ。この人なら……ミカのこと……分かってくれるかもって……」
でも――とミカは続ける。
「ユカちゃんも……りょう君のこと……好きになってたから。ミカじゃ勝てないって思った……。だって……りょう君はきっと……ユカちゃんを選ぶだろうから……。だからユカちゃんが告白する前に……ミカが先にキスしたら……告白したら……りょう君はミカに振り向いてくれるかなって……ズルしちゃった」
ズル――ミカは確かにそう言った。
好きな人に想いを伝えることをズルい行為だと。
姉妹で同じ相手を好きになったから、自分が先に行動を起こすのを卑怯だと言うのだ。
確かにそうかもしれない。
人によってはミカの行動を陰湿だと思うのかもしれない。
「だけど……りょう君にキスした後……告白した後……思ったの。もし……ミカが告白しても……りょう君はユカちゃんのこと……好きなのかも……」
「それは……」
「だから嘘、ついた……ユカちゃんがキスしたって嘘……。それを知ったりょう君が……それでもミカのこと……選んでくれるのかなって……。もしユカちゃんを選んだなら……もう諦めよう……って」
「ミカ……」
「試すような……こと、して……ごめんなさい……」
話し終える頃にはミカの声は震えていた。
泣いているのか、それとも自供する辛さで喉が震えているのか。
どちらにせよミカはとてもつらいのだろう。
「ね……ミカ、酷いことしたでしょ……?」
「……かもな。俺、結構ミカに振り回されてたんだな……」
「本当に……ごめん……なさい」
ミカの声がどんどん暗くつらそうになっていった。
布団の擦れる音が聞こえてくる。肩を震わせているのかもしれない。
俺はミカの話を全て聞いた上で一つの結論に至った。
あれ……別に、俺そんなに被害受けて無くない?
いや確かに嘘をつかれて困惑したよ?
でもミカの話を聞いてると、要は自分に自信がないから誤魔化したってことだろう?
それすごい可愛くない? いや妹の名前を勝手に出したのは駄目だけどさ。
俺に対してそこまで思ってくれてるって、なんかすごい嬉しかった。
だってミカはユカに勝てるものが一つもないから、せめて恋愛では勝ちたいと思っていたんだから。
こういう空気の中で思うことじゃないけど、ミカの気持ちが知れてすごく嬉しい。
だから俺は布団を跳ね除けて、ミカの方を向いて叫んだ。
「ミカッ!」
「ぴゃっ!?」
突然大声で叫んだから、ミカはびっくりして布団の中に潜り込んで震えていた。
慌てて落ち着かせると、ミカはぴょいと布団から顔を出した。
カタツムリみたいで可愛い。
目が少し赤く腫れていた。やはり泣いていたのか。
「あ、あのさ。ミカは自分のこと悪く言ってるけど……全然そんなこと無いぞ! 少なくとも俺よりは全然可愛らしい理由だと思うし。なんせ俺、ミカの告白返事しなかったのってどっちからキスされたのか分からなかったからだしな! ははは、はは……」
「ユカちゃんだったら……どうしてたの……?」
「いやキスした方と付き合うとかじゃなくて、そこら辺はっきりさせときたかっただけなんだけどね。もしユカだったとしてもちゃんと話し合って断ったりしてたと思う……たぶん」
微妙に言い切れない感じがするのは気のせいだろうか。気のせいだな、そういうことにしておいてくれ。
ミカが自分に自信がないのなら、俺がいっぱい教えてやろうじゃないか。
まだ半年にも満たない付き合いだけど、ほぼ毎日会っているんだ。
いいところなんていくらでも言えるぜ。
「ミカにはミカの魅力があるよ。おっとりしたところや、意外に毒舌なところ。意外に嫉妬深いところも、男からしたら結構嬉しいもんだろ?
それに苦手なことでも頑張ろうと努力するところも、俺はよく知ってるよ。体育祭や料理、頑張ったもんな。
勉強だって最初に比べたら成績上がったよな。今度のテストはいよいよ負けるかもな。
あとミカと言ったらその声! それはユカにはない天性の才能だよ。朝起きた時に聞きたい声はミカの方だと思うね、俺は!」
「あの……えっと……そ、それくらいで……勘弁して……!」
「いーやまだあるぞ。ミカはスタイルいいよな。ユカはモデル体型だけど、ミカは男子の好きそうなスタイルって言うか。抱きしめたくなる感じがする! あ、これセクハラか……? 聞かなかったことにしてくれ!
他にもゲームが強いところ。実は何回かミカとゲーセンで対戦してるんだけど、一回も勝てなかった。配信とかやってみれば間違いなく人気でるぜ。
アニメや漫画の趣味が合うのも好きだ。俺みたいなやつと趣味が合う女子なんて滅多にいないからな。オタクグッズの買い物まで付き合ってくれるなんて、お前天使か? 天使だったわ。
そしてミカは勇気がある。俺はもちろん、ユカが困ってる時にも勇気を振り絞って前に出てきてくれたよな。キスのことも、告白してくれたことも。ミカは強いよ」
「あーもうっ! もういいからっ! それ以上禁止っ!」
「むぐっ! ごばばばばばば!」
い、息ができないっ! ミカめ、いきなり布団を上から被せるな、口と鼻が塞がれて……死ぬっ!?
や、やばい……マジで死にそう。あかん、目の前がくらくらしてきた。
これもう眠気か窒息かわかんねぇな。目が冷めたら三途の川にいるなんて最低のオチだぞ。どうすんだこれ。
「もう……りょう君、恥ずかしいこと……禁止」
「ぷはっ。げほっげほっ」
「でも……ありがとね……」
「ん? なんか言ったか?」
俺が咳ごんでいる間にミカが小さくつぶやいたようだ。
何と言ったのか聞こえなかったのでもう一度聞いてみる。
「……ばーか。こんな時まで……そういう主人公みたいなこと、しなくていいのに……」
「主人公……? 何の話か分かんないけど、俺なんてモブだろ」
「ふん……もういいよ。じゃあおやすみ……明日は始発で帰るから……早く起きてね……」
「おう分かった……って始発!? 始発ってお前ちょっと待って! 俺朝弱いんですけど! 早起きできる気がしないんですけど!?」
「二日連続でサボるわけにはいかないでしょ……。起きなかったら置いていくからね……」
「俺帰り道わからないっつーの! ねぇミカさん? さっきまで明日もサボる気満々でしたよね? なんで急にやる気になったんです? え、ねえもう寝ちゃったの? もしもーし?」
ミカの布団から寝息が聞こえてきた。どうやら本当に寝てしまったらしい。
これはマジで明日の朝早くに起きないと駄目なようだ。
俺早起きとか大の苦手なんだけど……徹夜なら頑張れば数日可能だけど。
さっきまで眠気が来ていたのに、始発と聞いてびっくりして眠気も吹き飛んでしまった。どうすりゃいいの……。
「あーもう知らん! 俺も寝てやる………………すやぁ」
「ふふっ……。ありがと、りょう君…………大好き」
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