第24話 双子の妹は髪が綺麗

 暇な社会の授業を聞き流しながら、俺は窓の外を見ていた。

 俺の席からはグラウンドの様子がよく分かる。グラウンドの外周をせっせと走っている女子の姿が目に留まった。


 あれはユカ……か? そういえば六組はこの時間に体育だったっけ。

 夏も近づいてきてるのに持久走とはまた酷だな。


 あれ? もしかしてうちのクラスもそのうち持久走やるのか?

 なんて嫌な考えが頭に浮かぶが、まさかそんなこと無いよな。

 今日はたまたま体育教師が忙しくて、六組だけ持久走をしているに違いない。いや、そうじゃないと困る。

 長時間走るなんてオタクに耐えられるわけないだろ。死人が出るぞ、俺だけど。


 しかしユカの走る姿は様になっているな。腕の振りや足の運びは陸上部にも負けてない。

 むしろ走る姿が絵になっている分、陸上部に勝っているとも言える。それくらい、ユカの走りは美しかった。


 ユカの走る姿をテレビに流したら、陸上の競技人口が爆増しそうだぜ。


「おい進藤! 授業中に余所見するな!」


「はい、すみませんっ!」


 おのれユカ。お前がグラウンドの周りを走ってるせいで、俺が怒られてしまったではないか。

 まったく、後で文句言ってやろう。いやまぁ冗談だけどね……。




 ◆◆◆◆◆




『リョウ君お昼食べよー♪』


 昼休みにユカから昼飯の誘いが来た。俺はクラスメイトに気付かれないように教室を抜け出し、中庭へと向かう。

 最近は何かと注目されてきてるからな。細心の注意を払わないと、そのうち闇討ちに遭いそうだ。


「よ、おまたせ」


「あーリョウ君、こっちこっちー」


「ミカはいないのか? 珍しいなぁ」


「ミカちゃんは美術の授業が長引いてるっぽいねー。まだ掛かりそうだし、先に食べてていいってさー」


「そりゃ災難だ。美術の先生、チャイム守らないもんなぁ。」


 美術の授業は週に一回、二時間しか無い。そのせいか一度の授業に内容を詰め込むから、長引くことが多い。

 入学してまだ二ヶ月しか経っていないが、美術の授業と言えば長いってイメージが付いてしまっている程だ。


「じゃあ、俺たちで先に食っちまうか。いただきますっと」


 ビニール袋から弁当を取り出す。今日も変わらずコンビニ弁、安定した味付けに虚無感を覚えてきたぜ。


「もう、毎日コンビニ弁当じゃ絶対健康に悪いよー。また体調崩して学校休んでも、ユカ知らないからねー?」


「そう言うなよ。男子高校生が自炊なんて出来るわけ無いんだからさ」


 ましてや弁当なんて作れるやつ、いるわけがない。……いや、結構いそうだから断言するのやめとこう。


 少なくとも俺には無理だな。朝飯にレトルトの白米とインスタント味噌汁を用意するだけでも苦労しているからな。

 味噌汁のお湯を目分量で入れたら、めっちゃ味が薄くなって困った。あれ難しくないか? いちいちお湯の量を量るのも面倒だし。


「そんなに大変なら、またミカちゃんにお弁当作ってもらう?」


「出来るかそんなこと! ミカに負担かけるし、タダ飯食らってるみたいでなんか嫌だし。あと……未解凍はもう勘弁」


「あ、あはは……。一応ミカちゃんもあれから色々作るようになったんだけどねー。ボ〇カレーとか」


「レトルトじゃねえかっ!」


 お湯で温めるだけなら俺でも出来るわ!

 あ、でもミカに作ってもらった方が美味しく感じるだろうな。

 冴えない男子が作った飯なんて出されても、誰も喜ばないだろうさ。


「あの、さ」


 ユカがとぎれとぎれに言葉を零す。


「それなら、えっと……ユ、ユカがお弁当作ろっかなー……なんて」


「ん? ユカの母さん、料理下手なのか?」


 親の料理に文句を言うなんて駄目だぞ。それとも親の負担を減らすために、自分で料理するつもりなのかな?


「そ、そうじゃないしー!」


 ユカは残念そうな、もしくは呆れた表情をして俺の言葉を否定した。


「ユカが……リョウ君に……作っちゃおうかなって、言ったの」


「な、何を……」


「だーかーらー! お弁当だよっ!」


「え? どうしてユカが俺に弁当作るって話が出てくるんだ?」


 誰かに弁当作ってもらうのは悪いって言ったばかりなのに、聞き漏らしていたのだろうか。

 大体、ユカは料理出来るのか? 出来そうだな、こいつのことだし。一度は食べてみたい気もするが、催促するわけにも行くまい。


「もー……知らない、ふんっ」


「なーんで怒っちゃったのか、全然分からん……」


 最近はちょっとずつユカのことも分かってきたと思っていたが、やはり女子の気持ちを完全に理解することは難しい。

 まぁ女子以前に男子の気持ちも分からないんだけどね。

 陰キャの察しの悪さは、一筋縄では行かない。他人事みたいに言う事じゃないけどさ。




 弁当を食べ終わり、片付けをしていると、心地いい風が中庭に吹く。

 その時、ふと甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「わ、何だろうこの匂い……めっちゃいい香りだ」


「ふぇっ!? ちょ、ちょっと駄目だよリョウ君! そんなにクンクン嗅いじゃ駄目ー!」


「なんだよさっきから……。怒ったり慌てたり忙しないぞ」


「とにかく、あんまり匂い嗅がないでー! 恥ずかしいからー!」


 恥ずかしいって、もしかしてユカの匂いなのか。

 別に恥ずかしがることもないと思うくらい、いい香りだけどな。


「体育が終わった後だから、制汗剤使ったの……それで、あんまり嗅ぎ過ぎると、汗の匂いしちゃう……かも」


「俺が汗かいてるならともかく、ユカの汗なんて誰も気にしないって」


「気にするのっ! だってリョウ君に汗臭いって思われたくないしぃー……」


 後半のユカの言葉は小さくて聞こえなかったけど、本人が匂いに気を配る分には問題無いか。




 体育といえば、教室から見たユカはいつもと違っていたな。

 どこが違うのかはっきり分からないが、横にいるユカを見るとやはり体育の時とどこか違う。


「あれ、もしかして体育の時ポニテにしてた?」


 そうだ、髪型だ。ユカは走っている時、後ろ髪をまとめてポニーテールにしていたんだ。

 だからやけに印象に残ったんだな。俺ポニテ好きだから。


「え、リョウ君……ユカが走ってるところ見てたの?」


「ああ、授業暇だったから外見たらたまたまな」


「えーなんか恥ずかしいなー! 見てたなら言ってよー」


「無茶言うなよ……」


 グラウンドに向かって『お前を見てるぞ』とか大声で言い出したら危ないやつだろ。


「ねぇ……リョウ君が見たのって、こんな感じ?」


 ユカは後ろ髪を手で纏めてみせた。キレイなポニーテールが出来上がる。


「う……!」


 似合う……素直にそう思った。


「えへへー。そっかー、リョウ君こういうの好きなんだねー♪」


「う、うるさい! わるいか、ったく」


 ユカの綺麗な長髪が、一房に纏められることで醸し出される美しさ。

 ポニテにすることでちらりと見えるうなじ。白い肌が輝いて見える。


 活発なユカとポニテの相性は抜群だ。俺に大ダメージ!


「ねぇ似合う~? ほらほら、リョウ君の好きなポニーテールだよー」


「はい、似合ってます大好きです!」


 あ、やべっ。


「え、え、え~~~~!? だ、大好きってそんなっ……」


「か、髪型がな! その髪型が大好きってだけだから!」


「な、なんだー。そっかー、そうだよねー!」


「あ、当たり前じゃないか。はははっ……!」


 ふぅ、危ないところだった。ユカに変な誤解されそうだったぜ。

 やはりポニテは危険だな、過剰に摂取したせいで変なこと言ってしまった。



「そっかー……残念……」


 ユカがぽつりと言ったその言葉は、風の音で聞こえなかった。

 だが、どうしてか残念そうにしているのが不思議だった。

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