第48話 ミカとユカとカラオケデートした
夏休み初日の午前10時前。
俺は一度も来たことのない駅前のカラオケ店の前でおずおずと立ち尽くしていた。
約束の20分前は流石に早く来すぎたか? と後悔していると、リア充っぽいグループやカップルが次々とカラオケ店に入っていく。
彼らは一人で店の前で立っている俺を怪訝な顔で見る。俺も次第に不安にかられ始めたところで、ようやくやって来たミカとユカに拾われた。
カラオケ店に入店したはいいものの、オーダーの流れなど一切わからないのでユカに一任しよう。
「学生3人、フリータイムでおねがいしまーす」
ユカが愛想よく店員と話している後ろで、俺とミカは慣れないカラオケ店の空気に挙動不審になっていた。
「こ、ここがカラオケ……ライトの色が怪しい感じ……」
「店内の壁とかも赤と黒で派手だし、これ絶対強い敵が出てくるマップだぜ」
「RPGの終盤に出てきそうな……敵の施設っぽい……」
「二人ともワケわかんないこと言ってないで、部屋に行くよー」
ユカはいつの間にか受付を終えていたらしく、店員に部屋を案内されるところだった。
俺たちは慌てて店員についていき、部屋まで案内された。
そして店員から諸注意などを聞いたあと、さっそくユカがマイクを握って叫んだ。
「夏休みだよーイエーイ! 今日はミカちゃんとリョウ君と一緒に歌いまくるからねー!」
「わー……!」
ミカが備え付けのタンバリンを鳴らす。何でそんな物が置いてるんだ……?
カラオケでタンバリンって……盛り上がるか?
「それじゃあ一曲目ユカから行くよー! 『愛愛フォーチュン』入れちゃおっと」
「なぁミカ……俺知らないんだけど何の曲?」
「えっと、確か有名なアイドルグループの歌……だったかな……。桜丘46とかいうグループだったと思う……ユカちゃんアイドルとか好きだから……」
「あー名前だけは聞いたことある。こんな歌なんだ」
アニメオタクあるある、世間の人気に異様に疎い。
例えミリオンセラーを叩き出すようなアイドルソングでも、全然ピンとこないのだ。
世捨て人レベルで一般の流行を知らないくせに、自分の守備範囲のアニメやゲームは無駄に詳しいという。
「あなたと~駆け上がる~♪」
しかしこうして見るとユカってアイドルそのものだな。
マイクを握り、振り付けまでつけて気合の入った姿は見ている者の視線を釘付けにする力がある。
読モをやってるんだし、その気になればアイドルにもなれるんじゃないか?
歌だって上手いしダンスも出来てる。素人目で見た感想ではあるけどさ。
「ふぅー……普段は恥ずかしいからこんなに気合い入れて歌わないけど、今日は特別だから張り切っちゃったよー」
「ユカちゃんかっこよかった……! ミカ、ペンライト持ってくればよかった……残念」
「マジでいい歌だった。ユカって歌も上手いんだな。ダンスも可愛かったし、本物のアイドルみたいだ。目の前で歌って踊ったりするのを見れて感動したわ。ってか、テレビで見るアイドルより可愛いんじゃ……?」
「えへへ♪ そう言われると悪い気しないねー。さぁ次はどっちが歌うの?」
しまった、ユカの歌声に聞き惚れていて次のことなんて頭からすっぽり抜けてしまっていた。
ここは順番的にミカが歌ってくれた方がありがたいが……でもそうなると俺が大トリになるのか。それは嫌だな。
いや、まだまだカラオケは始まったばかりだ。トリでも何でも無いし、友達同士しかいないんだから細かいことを気にするほうが野暮ってもんだろう。
「よし、俺が――」
「ミカ、アイチャレの歌……歌います!」
――っておい! せっかく俺が歌おうと決心したのにミカに先越されちゃったよ!
しかもアイチャレ――正式名称アイドルチャレンジャーは俺も好きな作品じゃないか。
アイチャレは元々アーケードゲーム出身で、それが今ではアニメ・漫画・ソシャゲなど数多くの派生作品を生み出す一大コンテンツとなっている。
女性向けゲーム(つまり男性アイドルが出る)もあるから、男の俺でも歌えると思っていたのに。
カラオケで他の人に歌われたアニソンと同じ作品から別の歌を選ぶのは、なんかプライド的に嫌だ。
面倒な性格だと我ながら思うけど、カラオケでアニソンしか歌えない以上作品被りは個人的にノーだ。
もちろん同シリーズ縛りとか事前にルールを決めてるのなら全然オッケーだけどね。
「ここにいるのは~……君のおかげ~……ふと横を見ると見慣れた笑顔♪」
「キャー! ミカちゃんサイコー!」
「おお……ミカのささやき声でアニソンを歌うとこんな感じになるんだな……! これ本来は明るい歌なのに、癒やし系ソングみたいになってるぞ」
ウィスパーボイスっていうのかな。聞いてるだけで耳が幸せになるタイプの歌声だ。
ミカの歌はユカのように誰が聞いても上手いというわけではないが、刺さる人には刺さる甘い歌声だ。ちなみに俺の大好きなタイプの声だ。
昔見た『イヒ牛勿言吾』ってアニメの『愛情セパレーター』ってキャラソンがあるのだが、それも可愛らしいロリボイスでささやくような歌声が癖になって、一週間で百回くらい聞いてしまうほどハマったことがあった。
つまり何が言いたいかと言うと、ミカの歌声は俺の好みど真ん中だったのだ。
「あふぅ……久々にこんなに声出した……疲れた……りょう君、交代して」
「お、おう。あの、ミカ……さっきの歌、すげぇよかったよ。ずっと聞いていたい程、魅力的な声だった……」
「にゅふふ……嘘でも褒めてくれて嬉しい……よ。ミカ、頑張ったもん」
「お世辞とかじゃないからな。俺、ミカの歌声マジで好きだよ。ハイレゾ音源でずっとループしたいくらいだ」
「さ、流石にそれは……怖いかな……」
「す、すまん! 今のは確かにキモかった! でもとにかく、ミカの歌をもっと聞きたいって思ったんだよマジで!」
「そう……? じゃあ色々歌ってみる……ね?」
よし! ユカの高レベルな歌とダンス、そしてミカの俺好みの歌声を堪能できるなんて最高についてる!
夏休み初日からいい事だらけだな!
「りょう君……はい、マイク」
「あ、やっぱり歌わなくちゃ駄目っすか」
「もー。ユカたちだってリョウ君の歌聞いてみたいんだよー? 別に苦手でもいいじゃん。上手い下手じゃなくて、仲のいいみんなでカラオケをするってこと自体を楽しめば良いんだよー」
「そっか。それもそうだな」
俺がダサい陰キャオタクなのは既に二人には知られてるんだ。今更取り繕ったところで何になろうか。
こうなったら好きなアニソンを思いっきり歌ってやる。二人が知らない歌ばっかりでも文句言うんじゃないぞ!
「よっしゃー! 俺の十八番、『南斗の脚』主題歌『恋を呼び覚ませ』行くぞー!」
「わー頑張ってー!」
「ミカ……サビの部分だけは……知ってるから……タンバリン鳴らすよ……」
俺は恥ずかしさを取っ払い、友達と行くカラオケの楽しさを肌で感じるようになった。
例え歌い間違えようと高音が出ないで声がかすれようと、それで空気が悪くなるわけでもなく、楽しいとしか感じない時間が流れていた。
その後数時間歌い通してみんなの疲れも溜まり始め、そろそろ終わりにしようかという話になった時、ふとユカが俺に提案した。
「ねぇリョウ君、せっかくだし最後に一緒に歌わない?」
ユカの申し出に俺は嬉しさ半分戸惑い半分といった感情を抱いた。
女子と一緒に歌うのを誘われるなんて初めてだったというのもあるし、何よりお互いの持ち歌に共通点が無いのが問題だった。
「え、その……俺、みんなが知ってるような歌知らないぞ? ユカと一緒に歌えるような曲なんて無いんじゃ」
「えーと、ほらっこの曲とか知らない? 結構有名な曲だと思うんだけど」
ユカが端末から見せてきたのは俺でも知ってる歌だった。確かにこれなら歌詞を見さえすれば歌えそうだ。
「じゃあ歌入れるねー。ミカちゃんはどうするー歌う?」
「ミカ……もうガス欠だから……二人におまかせ……」
ミカはタンバリンを力なく鳴らしている。普段の数十倍は声出してたから、そりゃ疲れ果てるだろう。
しかしミカの歌声はいいものだった。いつかもう一度彼女の歌を聞く機会があればいいな。まぁそんなチャンス、二度とないか。
そうこうしているうちにイントロが流れ始めた。確か有名なドラマの主題歌だったっけ。俺は当時生まれてないから知らないけど、当時の若者はそのドラマの話題で一色だったと言われている。
イントロが終わり、歌詞が画面に表示される。
ところで疑問なのだが二人で歌う場合はパート分けというか交互に歌うのが普通なのだろうか。それとも同時に歌うのが普通なのかな。
最初は交互で歌いサビで同時に歌ったりしたら気持ちよさそうだ。
しかし俺とユカはそんなことは決めていない。とりあえず歌うしかないか。
「この世に一輪しかない華~色んな花はあるけれど~僕が欲しいのはオンリーワン♪」
よ、よし。歌い出しは順調だ。ユカともばっちり息があってるし、これなら最後まで歌えそうだ。
「店で売られる花の中でこれが欲しいと思ったんだ~それと同じで君も他の人とは違う華になればいい~♪」
ふぅ、なんとか全部歌えたぞ。さすが元有名男性アイドルグループの代表曲だ。
俺が生まれる数年前に出た曲なのに、俺が生まれた後もCDオリコンチャートに乗るほどの化け物ソングだからな。
老若男女問わず知られる曲っていわれるわけだ。おまけに歌詞もいいし、歌いやすい。
この曲、あなたは自分を平凡と思っていても誰かにとっての一番ですよってメッセージが込められてるんだな。歌ってて初めて歌詞の内容理解したよ。
平凡な自分でも誰かのオンリーワンになれるかぁ……。
俺みたいなやつでも、誰かにとってかけがえのない存在になれるのだろうか。
ユカがこの曲を選んだのは、俺に何かを伝えたかったのかな。それともただの偶然なんだろうか。
「はぁー! 歌った歌ったー! 今日はサイコーだったねー!」
「うん、とっても楽しかったね……ユカちゃん」
「ミカちゃんの歌とっても可愛かったよ~! ミカちゃんが見てるアニメのキャラクターみたいな声だった!」
二人が楽しそうで良かった。俺のせいで盛り下がることもなく、空気を壊すこともしないで無事に遊び終えることが出来てほっとする。
ちなみにさっきから、二人から俺の歌への言及が一切ないのだがそういうことだと察して欲しい。
「リョウ君!」
「りょう君は……楽しかった……ですか?」
二人の問いかけに俺は確信を持って答える。
今日のこの時間が、この体験がどうだったかなんて答えは明白だ。
「ああ。俺、二人と一緒にカラオケ行けてよかった!」
「ユカもだよ! すっごく楽しかったー!」
「だからその、だな。もしよかったら、えっと……」
「どうしたの……りょう君……。あぅ……もしかしておトイレ……!?」
「いや違うから! ああもう!! だから、もしよかったらまた遊んでくれって言おうとしたんだよ……。くそ、小学生みたいなこと言ってるよな、俺」
今までちゃんとした友達を持ったことがない俺にとって、自分から遊びに誘うというのはハードルが高いのだ。
断られたらどうしよう、相手がつまんないと思ってたらどうしようなんて不安ばかりが頭に浮かぶ。
だがミカもユカもそんな子じゃないっていうのは、もう分かっている。
二人は俺をぐいぐいと引っ張ってくれるんだ。だから今度は俺からも一歩、踏み出さないと。
「空いてる日があったら、またどっか行きたいなって……駄目、かな」
「………………」
二人は目をパチクリとさせた後、互いに顔を見合わせて驚いていた。
そんなに変なことをやったか? 逆に二人のリアクションにびっくりするんだが。
「リョウ君から誘ってくれるなんて嬉しいー! 夏休み、いーっぱい遊ぼうねっ!」
「ミカ……やりたいことまとめておくから……りょう君……覚悟しててね……!」
二人にそれぞれ手を掴まれてぶんぶん振られる。
嬉しそうな二人の顔を見てると、自分から相手に歩み寄ることって大事なんだなと、当たり前のけれどとても大切なことを学ぶことが出来た気がした。
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