第49話 ついにミカが泊まりに来る

 俺が恐れていた事態……いや実を言うとちょっぴり期待もしていたがそれはそれとして、ミカがうちに泊まりに来ることが決まった。


 カラオケの帰りにミカから「アニメ鑑賞、いつにする?」と聞かれたのがきっかけだった。

 その話題を出された以上、これはもう腹をくくるしかないなと思い、俺は「早いうちにやろう」と答えた。


 そしてその晩、早速ミカから電話が来た。


「えっとね……お母さんに『りょう君の家に泊まりに行っていい?』って聞いたら……『もちろん、頑張ってくるのよ!』って了解もらえた……」


「ねぇ、確認したいけどアニメ見るだけって説明したよな? ミユさんの言葉からどこかしら不安を感じるのだが」


 娘が男子の家に泊まりに行くことに『がんばれ』っておかしいだろ!

 絶対変な勘違いしてる気がする。お互いのためにも誤解を解かなくては。


「悪いミカ、ミユさんに替わってもらえる?」


「え、うんわかった……おかーさーん……!」


 電話の遠くで二人の話し声が聞こえた後、ミユさんが電話に出る。


「亮君、話はミカに聞いたわ。おばさん応援するから、ミカのことよろしくお願いね」


「ミユさんが何考えてるか知りませんけど、俺らアニメ見るだけですからね? 娘さんに変なことする気とか無いんで安心してください」


「そうなのぉ……残念だわぁ。せっかくミカがお泊りする話題で萌絵さんと盛り上がってたのにぃ」


「そんなことしてるんですか!?」


 うちの母さんもこの人も何やってんだよ! 子供同士の交流を肴にして盛り上がるなんて出歯亀にも程がある。

 人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られてしまえって言う言葉もある。他人の恋路に茶々を入れるもんじゃない。


 いや俺は決して恋などしてないがっ!!!!


「とにかくミカは俺が責任を持っておもてなしするんで、変な詮索はしないでくださいね」


「まぁ責任を持つって、それってそういうこと?」


「だから違います! 本当に何もしませんから!」


 駄目だ、これ以上相手をしていたらこっちが疲れてしまう。

 ミユさんってこんな人だっけな。最初にあった時はもっとお淑やかな美人って印象だったんだけど。

 蓋を開けたらうちの母と同じ臭いがする人だった。


 そう言えばユカが言ってたっけ。ミユさんは旦那さん(二人の父)と結ばれるまでかなり色んな手を使ったとかどうとか。

 ミユさん程の美人に中々靡かない旦那さんも凄いけど、恋愛に関しては一切の躊躇が無さそうなミユさんも凄い。

 以前ミカの弁当にすっぽん入れたのもミユさんの指示だったっぽいし、この人実はかなりの恋愛脳なのでは……。


「ミカは奥手だから大変だろうけど、ガッチリリードしてあげてねぇ」


「アニメを見るのにリードもクソもありませんよ!」


 その後頑張ってミユさんの誤解を解こうとしたが、結局ミユさんは俺がミカとトラブルしちゃうことを楽しみにしているようだった。


 相手にしてられないのでミカに替わってもらうと、ミカは少し楽しそうな声で尋ねてくる。


「あの……それでいつにしよっか……。ミカ、いつでも空いてるよ……友達いないから……フリー」


「最後の一言は悲しくなるからいらなかった……。俺も同じなだけになおさら。そうだな、それじゃあ……」


 俺がカレンダーを眺めていると、電話の向こうから「明日にすればいいじゃない」とミユさんの声が聞こえてきた。

 ミカはスマホから口を離して、そうだねと返事をした。そして再びスマホに口を近づけて俺に言った。


「じゃあ……明日おじゃましても……いいかな……?」


「け、結構急だな。でも別に予定も無いし、早いに越したことはない……のか? よし、じゃあ明日俺んち集合な」


「うん! ミカ、お菓子とジュース持っていくね……! 友達とアニメ耐久鑑賞なんて……面白そうでミカ、わくわく……!」


 電話越しのミカの声はどこかいつもよりトーンが明るい気がした。

 そして俺も、明日のことを考えると胸から熱いものが湧き出てきた。

 これが友達と遊ぶことへの期待感というやつなのか? 陰キャの俺にはこの熱い感情が何を表すのか、まだ分からない。

 だけど、どうにかしてミカにこの胸の高鳴りを伝えたかった。


「俺も、明日楽しみに待ってる。その、さ。俺友達少ないじゃん? ミカみたいに話の合うやつもいなかったし、気の合う友達と一日中好きなアニメを見れるって思うと、すげぇワクワクしてるんだ。柄じゃないこと言ってるかもしれないけど」


「んふふ……」


 俺の言葉にミカは笑い声を漏らす。しかしそれは俺をあざ笑うようなものではなく、つい我慢できずにこぼれ出たかのような声だ。


「あ、ごめんね……りょう君もミカとおんなじ気持ちなんだって分かって……嬉しくってつい……声我慢できなくて……」


「明日は陰キャ同士、たまにはハメ外して楽しもうな」


「ねっ……!」



 通話を切った後、俺は大急ぎでリビングの掃除と念の為自分の部屋の片付けをした。

 芳香剤を新品に変えたり、トイレの掃除も入念に行った。

 なにせ女子が泊まりに来るのだ。必死にもなるさ。掃除が終わった頃には時計の針は0時を回っていた。




 そして翌朝――


「おはよう……りょう君。今日から一日、よ、よろしくお願い……しましゅ!」


 いつもよりおしゃれな服を着て、珍しく本格的な化粧をしたミカが我が家にやってきた。

 一瞬どこかの芸能人かと思うほど綺麗で、普段のミカと違う姿に俺は言葉を失ってしまう。

 素材がいい子がお洒落をすると化けるとは言うが、こんなに変わるもんなのか。いや普段も十分に美少女だけどね。


 一応こういう時って服とか外見に言及したほうがいいんだよな。

 せっかくいつもと違う服装をしているんだ。本人もきっと触れてほしいに違いない。


「きょ、今日のミカ、なんかオシャレだな」


「おかあさんが……服とかメイク……ミカにしてきて……。ミカにこんなの……似合わないのに……。ここに来るまでも、色んな人にチラチラ見られたもん……」


「そ、そんなことない! す、すごく似合ってると思う! だって俺、マジで見惚れちゃったし!」


「見惚れるって……りょう君が……ミカに……?」


「あっ、その……! と、とにかくミカはめちゃくちゃ美人だよ! って言いたいわけでして……その……えっと……家上がる?」


「う、うん……おじゃま、します……」


 俺の失言のせいでお互いどこかぎこちない感じになってしまい、こうしてお泊まり会が始まってしまった。

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