第28話 母親公認になった双子
「りょう君……お母さんが言ってるの……本当なの……?」
「うん……まぁ……認めたくないけど、はい。36歳で一児の母なのにユーチューバーだよこの人」
「そ、そうなんだ……」
うわぁ見てくれよミカのこの何とも言えなそうな顔。どんな言葉をかけたらいいのか分かんないって感じだよ。
こうなるから言いたくなかったんだよな。けど知られた以上、もう後戻りは出来ん。
「ちなみにどんな動画出してるんですかー?」
「メインはゲーム実況、雑談系の配信ね。たまに歌ってみたとか踊ってみた系の動画も出すわよ♪」
「これで生放送の視聴者は数万人、動画は百万再生は余裕だから世の中狂ってるわ……。こんなおばさんよりもっと他の配信見ろよな」
「そんなに見られてるんですか!? 凄くないミカちゃん?」
「う、うん……普通に……有名ユーチューバーレベル……。でも、ミカは見たことない……かも?」
二人が見覚え無いのも仕方の無いことだろう。
「この人、今すっぴんなんだよ。配信や動画だとばりばりメイク盛ってるから、そっちだと見たことあるかも」
「ええ~!? メイクしてないんですか~!?」
「もう、亮ちゃんったら恥ずかしいこと漏らさないでよ~。健康には気を使ってるから、若い頃からほとんど老けてないゾ♪」
「そうだな。なんせ子育ての苦労もしてないし、さぞかしストレスフリーな生活でしょうよ」
「えぇ……」
俺の嫌味に母さんは眉を下げて、少しだけ申し訳無さそうに弁明する。
「ユーチューバーって身バレが一番怖いから、どうしても健次郎さんと亮ちゃんと別々に暮らす必要があったの。住所特定とか、家族に凸されたら怖いでしょ? それに今の仕事だって、健次郎さんに勧められてやってるし……」
健次郎というのは父さんの名前だ。別居とは言っても夫婦仲は呆れるくらいに良好で、毎日電話で連絡を取り合ってるらしい。
母さんの言う通り、この人に元々ユーチューバーになるよう勧めたのは父さんだ。
母さんは結婚する前は無名の地方アイドルだったらしく、俺を産んだ後に父さんがもう一度アイドルの母を見たいと思ったのが原因らしい。
息子の俺が言うのも何だが、父さんは母さんの事となると頭のネジが吹っ飛ぶくらい激甘なんだよな。
中々のバカップルだ、割れ蓋に綴じ蓋感がある。
「『家のことは僕がやるから、萌えたんは好きなことをやって欲しい』って言ってくれて嬉しかったわ。その言葉に甘えちゃった部分はあるけど、でもママは亮ちゃんのことちゃんと愛してるのよ!」
うーん、目の前に同級生の女子がいるのに母親から愛してるって言われるとはなんていう地獄だ。
別にネグレクトされているわけじゃないってのは分かってるけどさ。こうも直球に愛してるとか言われるのはむず痒いものがあるな。
それに二人の視線も痛い。ハラハラとした表情で俺と母さんの行末を見守られても困るのだが。
これじゃあまるで俺たちが親子喧嘩してるみたいじゃないか。違うからな、会うたび毎回こんなノリだからな。
「まぁ母さんだって忙しいのは分かってるよ。動画編集とか配信の準備がクソ面倒なのは俺も知ってるから。それに
「亮ちゃん……」
日本で一番有名なユーチューバーがテレビ番組でその実態を明かしていたが、引くほど大変そうだったのが印象に残っている。
朝起きて動画編集、昼から夕方まで打ち合わせ、その後休息を挟み夜からまた動画編集。それを毎日繰り返すんだから驚きだ。
母さんの場合配信がメインだけど忙しさという点では似たようなものだろう。そりゃ家に帰ってくる暇も無いわ。
それでもなんとかスケジュールの合間を縫って、こうして俺の様子を見に来ているのだ。本人は母親としての自覚があるのだろう。
クソ忙しい芸能人みたいなもんと思えば我慢できなくもない。
まぁ納得はしてないけどな!
「うんうん、なんだかんだ言ってリョウ君もお母さんのこと心配してるんじゃーん。口悪く言いつつ、お母さんのこと好きなんだねー」
「ツンデレ……?」
「そうよ~! 亮ちゃんって昔から優しいんだから~。ママの誕生日にわざわざお花とか買って郵送してくれたの。かわいいでしょ~!」
「昔の話を擦ってんじゃねーよ! 俺がこの人のこと好き? んな訳あるか!」
「りょう君……顔真っ赤……照れてる……?」
「キレてんだよ!」
まったく二人とも何を言い出すのやら。酷く遺憾である。俺はマザコンじゃない。息子としての正当な怒りをぶつけてるだけである。
しかしミカとユカは俺の顔を見るや、ニヤニヤと笑みを浮かべている。どうも俺の言葉を信じていないようだ。
母さんも何やら嬉しそうな表情で笑っている。いつの間にか三対一の雰囲気になっているではないか。ここでも俺はあぶれてしまうのか、生粋のボッチだなまるで。
「ねえリョウ君、お母さんのどこが好きー? やっぱり美人なところー?」
くそ、ユカめ! 俺の弱みを握ったからってはしゃぎやがって。こうなったら俺も禁止カードを使うぞ。俺自身もダメージを受ける諸刃の剣だが、ヤラレっぱなしは趣味じゃない。
「ユカ、昼飯は美味かったか?」
「どうしたの急に……。美味しかったけどさー。あ、ごちそーさまですお母さん!」
「いえいえ、どういたしまして。二人が美味しそうに食べてるのを見て、私も気分がよくなったわ~」
「で、その昼飯なわけだが。本当に美味かったんだな?」
「……? りょう君……なんか意味深……」
ミカは俺の言動に違和感を覚えたみたいだ。だがもう遅い、脱出不可能よ! くらえ、俺の禁止カードを!
「
くくく、これぞ俺が言われて傷つく言葉ナンバーワン。アラフォーの母親が清純なふりして稼いだ金、それで食う飯は美味いのかと。
小学校の頃、まだ純粋だった俺は『ぼくのママはユーチューバー』という作文をクラスメイト全員の前で読み上げてしまった。
そのせいで物凄く馬鹿にされたのだが、思い出すだけで全身が震えるぜ。
小学生のなりたい職業トップのはずなのに、母親がユーチューバーだと馬鹿にされるとはなんとも悲しい世の中だ。
俺はこれで世間の理不尽さを学んだと言っても過言じゃないね。
「リョウ君が何を言いたいのか分からないけど、ドヤ顔すごいねー」
「してやったり……って……顔してる……」
「『ドヤァ……』って背景に書いてそうなくらい、見事なドヤ顔ね~。動画でしたら素材にされそうだわ」
「えっ通じてない!? 禁止カードなのに?」
「なにがー?」
ミカもユカも俺の言葉にポカンとしただけで、まるでダメージを受けていなかった。
もしかしてユーチューブの
じゃあ何故二人はダメージを受けてないんだ。ドル売りアラフォー子持ちおばさんを清純だと信じて投げられた金で飯を食べておいて何故!?
「亮ちゃん……たぶんだけど、それでダメージ受けるのは世界できっと亮ちゃんだけよ……。だって私の息子は亮ちゃんだけだもの」
「なん……だと……」
◆◆◆◆◆
「今日はありがとうね。亮ちゃんに優しくて可愛い友達が二人もいるって知れてよかったわ」
「こちらこそありがとうございます! リョウ君のお母さんが素敵な人で、ユカなんだか嬉しいです!」
「ミカも……りょう君のお母さん……話しやすくて……面白いから……好き……です」
「ねぇLIMEやってる? よかったら連絡先交換しない? 私二人のこととっても気に入ったわ」
「えーいいんですかー? じゃあお願いしまーす」
三人ともすっかり仲良くなっちゃってまぁ。俺だけ仲間はずれみたいだ。自分の母親と友達相手にハブられる俺って……。
「ミカちゃん、ユカちゃん。これからも亮ちゃんのこと、よろしくお願いね」
「もちろんですー。むしろユカの方がよろしくって言うかー……」
「ミカも……りょう君とは……これからも……仲良くしていきたい……です」
「あらあら……。うふふ、亮ちゃんも隅に置けないわね」
「俺にわからない会話で盛り上がったかと思えば、急にニヤニヤするな。何だよまったく」
これが女子トークというやつか。約一名女子というには老けすぎた人物もいるようだが。
母さんは肘で俺の脇腹を小突いてくる。何だこの空気は。俺だけ置いてけぼり感すごい。
「私はこれから打ち合わせがあるからここでお別れね。じゃあね二人とも、時間があればまたお話しましょう」
「はい! ユカLIMEとかめっちゃ送りますからー!」
「ミカ……配信……見に行きます……。ゲーム好きだから……どんなのやってるか……興味ある……」
「あら嬉しい! チャンネル登録、グッドボタン、ツウィッターのフォローもお願いね」
さらっと宣伝してるあたり抜け目ないなこの人。さすが配信歴十年以上のベテラン、スラスラと言う。
「亮ちゃん、一人暮らしはもう慣れた? ママ今年は無理だけど、来年からは配信や動画投稿減らして家に戻ろうかしら」
「……いやいいよ」
「そっか……」
母さんは少し寂しそうな表情をした後、我が家とは正反対の方向へ進む。
その後ろ姿を見て、俺の中の後悔とか罪悪感とか同情心とか、そんな感情が湧いてくる。
俺は母さんを追いかけて肩を叩く。
「次の配信って何時からだっけ……」
「…………夜九時よ。亮ちゃんが好きなゲームやるから、よかったら見に来てね」
「暇だったらな」
「うん。あ、そうだわ。亮ちゃんに言っておきたいことがあったの」
「な、何だよ……」
母さんは急に真剣そうな表情をして、いつもとは違う真面目な口調で俺に問いただしてきた。あまりに真剣なんで、俺はてっきり父さん経由でテストの成績がバレたのかと覚悟した。
「ミカちゃんとユカちゃん、どっちが本命なの……?」
「そういうんじゃねーから!」
「あら残念」
いい年こいて息子の恋愛事情に顔突っ込むんじゃねえ! いや恋愛じゃなくて友情だけどさ。
こういう時だけ他のご家庭と同じような母親ムーヴするのかよ。まったく、我が母親ながら困った人だ。
まあ、そんな母親がいてもいいんじゃなかろうか。親が特殊な人間っていうのは少年漫画の王道だしさ。特殊すぎるのも考えものだけど。
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