第78話 双子と祭りの屋台を回った

「人が……人が多い……!」


 駅を降りてしばらく歩くと祭りの会場への案内板が立てられてあった。大きい祭りということで誘導員なども動員されていて、歩道には溢れんばかりの人が歩いている。

 これ全部夏祭りに参加する人たちなのかよ。うちの市のどこに潜んでたんだよ、こんだけの大群。


 人の波に押されるように進んでいくと屋台の列が見えてきた。普段は車の通る道路を通行止めにして辺り一帯を祭りの屋台で埋め尽くしている。

 これは確かに他の祭りとは規模が違うな。俺たちの町の運動公園でやる小さな祭りとは比較にもならない。


 手前にある屋台を見るとりんご飴が売ってあった。お祭りといえばりんご飴というイメージがあるが、そういえば食ったことないなとふと思い財布を取り出した。

 りんごを飴でコーティングしているのだ、不味いはずがなかろう。味のイメージをして口の中に唾液がたまる。うう、早く食べてみたい。


 しかし俺がりんご飴の屋台に足を向ける直前、ユカが俺に声をかけた。


「リョウ君いきなり食べ物買うの? もっと色々見てからにしようよー」


「そ、それもそうだな。今日何も食べてないから腹減っててさ。りんご飴食ったことないし、つい買っちゃいそうになったわ」


「あのね……りょう君……。期待してるところ悪いんだけど……りんご飴ってそんなに美味しくない……よ?」


「ばかっ! なんてこと言うんだミカ! 屋台のおじさんに聞こえるでしょうが!」


「リョウ君のツッコミのほうがよっぽどおっきい声だけどねー」


 ユカの指摘はスルーしよう。俺が言いたいのは店員の目の前で商品の悪口を言うなってことだ。

 たとえ言ってることが本当だとしても売り手の目の前で言うことないじゃないか。あ、だからって陰口なら言ってもいいってことじゃないぞ。

 陰口吐かれるのが辛いのは陰キャが一番良く分かってるからな。教室で寝たふりしてる時、クラスメイトの会話の中に俺の名前が出てきてクスクス笑われると心臓が凍ったような気分になる。


 まぁ俺の陰キャ苦労話の話なんてどうでもいい。とりあえずミカに言いたいのはりんご飴へのあこがれを否定しないでくれますかねってことだ!

 あんなに美味しそうなのに簡単に美味しくないって言うなよ!


「だって……りんご飴に使われてるりんごって安物だから……パサパサして味もしないよ……」


「そ、そうなのか!? た、たしかにこんな露店で高いりんごを使うなんてもったいないけど……」


「間違いない……ネットに書いてあった……!」


「ってソースはネットかよ! 一番信用しちゃ駄目じゃねえか!」


「まぁまぁリョウ君、とりあえず他の屋台とかも見てそれでもりんご飴が食べたいなら買えばいいじゃん。不味かったらユカが貰ってあげるよー♪」


「う~ん……そうするか。他にも食べ物の屋台はあるだろうし、一旦保留ということで我慢すっかな」


 さらばりんご飴……また会う時まで。次に会った時は買ってやるからな。

 ……でもミカの話を聞いたらりんご飴への期待感も薄れてしまったな。もしそんなに美味しくなかったらどうしよう。

 真実を知って理想をぶち壊されるくらいなら、いつまでも理想を描いたまま――りんご飴を食わずにいたままのほうがいいんじゃないかと思えてきた。




 次に訪れたのは射的の屋台だ。そうそう、祭りといえば射的だよな。アニメや漫画でお祭り回だと絶対やってるもん。

 俺は今度こそとやる気をみなぎらせて財布を握る。


「なぁ、射的やりたいんだけど寄っていかないか?」


「いいよー。そうだ、せっかくならみんなで勝負しようよ。誰が景品を取れるか勝負!」


「面白そうだな。ミカはどうする?」


「ユカちゃん、ミカにFPSで勝負を挑むなんて……無謀だよ……?」


「FPSじゃないけどな」


 ミカよ、現実とゲームを混同するのはよくない。お前はあれか、FPSの上位ランカーなら現実でプロの軍人にも勝てるとか言っちゃうタイプか。



「よーし、みんなやる気満々だねー! じゃあおじさん、射的やりたいでーっす!」


「おっ可愛い嬢ちゃんたちだねぃ! 本当は一回300円だけど特別に二回していいよ!」


「わーい! ありがとうございまーす!」


 さすが美少女姉妹、現実で値引きしてもらってるの初めて見た。

 こういう時に美人って得だよなぁ。まぁそのおまけで俺も値引きしてもらってるから、今回は甘い汁を吸わせてもらうとしよう。


「そこのお兄ちゃんもやるのかい? 一回300円ね」


「え~……」


 明らかにユカたちの連れなのに露骨に冷遇する~? いや冷遇っていうかこれが普通の対応なんだけどさぁ。

 俺も美人に生まれておけばよかった。あれ? もしかして女装したら値引きしてくれるのでは?

 そうか、次からはこういう時は女装するのもありだな。ユカとミカに混じれば値引きとかおまけを貰えそうな気がする。


「リョウ君? いま変なこと考えなかった?」


「ぜ、全然!? 女装なんか興味ないんだからなっ!」


「女装って……なんで急にそんな話に……?」


「あっやべっ……」


 つい考えてることが口に出てきちまった。いつになったら治るんだこの悪癖は。


「こ、コホン……それより早く射的やるぞ。俺はあのライターを取りに行くぜ」


「えーあの裸の女の人が描かれてるやつ? リョウ君やらしいんだー」


「欲望に正直だね……」


「違うわっ! その隣のドラゴンのマークが入ってるライターだよ! わざと言ってるのかお前ら!」


 女子が横にいるのにあんなエロい絵が描かれたライターを取るはずないだろうに。二人にとって俺はそんなに性欲大魔神なのだろうか。


「ライターって使いみち無くない? はっ……! まさかリョウ君、隠れてタバコを……!」


「違うから! 軽くて倒れやすそうって理由なだけだから! そういう二人は何狙うんだよ」


「ユカはキャラメルかなー。ライターより大きくて狙いやすいしさ」


「ミカは……Swi〇ch。一攫千金……目指す!」


「大きく出たなー。確かに取れたら嬉しいだろうけど」


 でもお祭りの屋台でゲーム機ゲットしたなんて話を全く聞いたことない辺り、店側も簡単には取れないようにしてるんじゃないだろうか。それを言うのは無粋かな。


 最初は俺から撃つことになった。銃にコルク栓を詰めて狙いを定める。映画で言ってたっけか、スナイパーは肩に銃を当てて出来るだけ呼吸を抑えるとかどうとか。

 まぁ映画の知識なんか実戦で役に立たないだろうけど。そもそも実戦じゃねぇしこれ。

 ええい、細かいことを考えるのはやめだ! 直感で撃っちゃえ!


 ポンと弾き出されたコルク栓はまっすぐライター目掛けて飛んでいき、見事命中した。しかし、ライターは若干斜めにずれただけで落ちるまでには至らなかった。


「くそー! 当てることは出来たのにー!」


「ふふ……残念だったね。FPSはそんなに甘くない……」


「だからFPSじゃないって。次はミカか、さてどうなるか見ものだな」


 ミカは運動神経はあまり良くない。他のことに関しても基本的に不器用だ。だがゲームに関しては天才的な腕を発揮する。

 もしこの射的もミカの中でゲームという扱いなら、もしかするともしかするかもしれない。



「えいっ」


 コルク栓はSwi〇chとは全く違う方向へ飛んでいき、屋台の骨組みに当たって跳ね返りミカの顔に直撃した。

 なんという綺麗な自爆劇……コントでもここまで綺麗なオチは見ないぞ。


「はぅぅ……」


「だ、大丈夫ミカちゃん?」


「だいじょうぶ……もう一回、やる……!」


「が、頑張れよ」


 駄目だ、ちょっと笑っちゃって声が震えてしまう。人の不幸を笑っちゃ駄目だと父さんに言われたけど、これは無理だって笑っちゃうって。


 意気込んで望んだミカ二回目の挑戦も、結局狙いから大外れしてしまった。どうやら射的はミカの中ではゲームという括りではないようだ。


「あぅ……大口叩いておいて大外れ……恥ずかしい……」


「ま、まぁネタの前フリと思えば面白かったよ……うん」


「っっ~~……! 穴があったら入りたい……!」


 落ち込むなミカ、陰キャの黒歴史が一ページ増えただけだ。それに俺とユカしか見ていないんだ、知らない人に見られるよかよっぽどマシだろうさ。


 その場にうずくまって唸っているミカの頭を撫でながら慰めていると、ポンとコルクの弾き出される音がした。


「やたっ! 一発命中ー!」


 視線を屋台に戻すと、キャラメルの箱が台から落ちていた。どうやらユカのやつ、一発で狙い落としたらしい。

 こんなどうでもいい遊びでもユカは才能を発揮するのか。どんだけ凄いんだこいつ。

 神様……天は二物を与えるのも構わないけど、流石にこの才能はいらないんじゃないですかね。




「というわけで勝負はユカの勝ちー! イェイイェイ!」


「ユカちゃんつよい……ちょっと勝てそうにない……」


「俺もなー二回チャンスがあればなー」


「ユカは一回で落としたもーん。敗者の言い訳は聞くに耐えませんなーえっへっへー」


 くそ、ユカめ……ちょっと美人で可愛くて勉強も出来て運動神経もよくて性格も最高でおまけに射的が上手いくらいでいい気になりやがって。

 だめだ完璧すぎていい気になってくれたほうがマシだな。これで謙虚だと逆に俺がキレちゃう。凡人のコンプレックス刺激されちゃうわ。


 まぁ才能があっても性格がアレだとどうしようもないしなぁ。ユカがユカ足らしめてるのは本人の性格があってこそなのかもしれないな。

 同じくらい文武両道なやつがいても、きっとユカのようにみんなから愛されることはないだろう。


「キャラメル取ったのはいいけどさ、射的の料金考えると完全に損だよねこれーあはは!」


「それは言わないお約束だぞ。ほら、前にユカが言ってた雰囲気代みたいなやつだよきっと」


「そっか、そだねー。じゃあ盛り上がった後だし、早速みんなで食べちゃおっか」


 ユカはキャラメルの包装を剥がしていく。そしてキャラメルを箱から取り出した。


「はい、ミカちゃんの分♪」


「ありがと……あむ……うん、あまい……♪」


 キャラメルを口に含んだミカは幸せそうな表情をしていた。可愛い子が美味しそうに食べる姿っていいものだなぁ。


「次はリョウ君の分ね」


「悪いな。ユカが当てた景品なのにさ」


「ユカが一人で食べちゃうよりみんなで食べたほうが楽しいでしょ? それにリョウ君もお腹すいてたみたいだしさー。こんなキャラメルじゃ足りないだろうけど、夕飯前に何か食べておきたいでしょ?」


 そんなことまで考えてくれてたのか。天使かよユカ……!

 ユカの言う通り空腹にキャラメル程度じゃ腹は膨れないが、その心遣いが何よりうれしい。

 さっそく一個もらおうと手を差し出したけど、ユカは俺にキャラメルを手渡さずそのまま顔に向けて持ってきた。


「はい、あーん♪」


「は、はぁ!? なにいきなり!」


「いいからいいから。お腹空いてるんでしょー?」


 ユカの小悪魔めいた笑顔が俺に向けられる。こんな時にまで俺をからかって何が楽しいんだか。

 でも腹が減ってるのも事実。これだけ焦らされればたかがキャラメルといえど無性に食いたくなってしまう。

 俺は恥を忍んで口を開くことにした。金魚の餌やりの気分だぜ……金魚側のな。


「う、うううう……あ、あーん」


「ふふっ、はいどーぞ」


「う、うん……普通に美味しい。ただのキャラメルって侮ってたけど、なんだかすごく美味しく感じるよ……」


「えへへっ、これで300円のもとは取れたかな?」


 充分取れてるよ、つーか男子からすればユカから『あーん』してもらっただけで300円どころか30000円くらいの価値はあると思う。

 しかもお祭りの雰囲気の中やってもらったのだ。その価格はプライスレス。

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