一章 お城の若様(2)
家老は
「こら。虎千代。狼が足をつるとは、なんたる
「くうん」
寄り目になった虎千代は、桃色の舌で自分の鼻先をなめました。
「そもそも若様のお
「くうん」
「お供とはいうても、まだ生まれて半年ほどの赤ん坊でござる」
先生が取りなしました。
「だいたい、どうして狼の名が虎千代なんじゃ!」
家老がふんと鼻を鳴らしました。
「若様のお好みでござる」
先生は吹き出しそうになるのを懸命にこらえて、狼の足をさすりました。
「だから、なんでじゃ!」
「虎のほうが七法師より強そうだ、との
「なんということじゃ!」
額に青筋を立てた家老は、グイと空をにらみました。
「七は北斗の七つ星。
すると先生は穏やかにうなずきました。
「御家老様のおっしゃる通りなれど、まだ八つの若様には難しいかと存じまする。それがしなども幼名を、福を
くっと息を飲んだ家老は、こみ上げてくる笑いをすかさずエッヘンと咳にしましたが、白い口ひげが小刻みに震えています。武士たるもの、人前で口を開けて笑ってはなりません。敵に
やぶの中の若様はというと、両手で口をふさぎ、全力で笑いの発作と闘っていました。(ブンプクマルだって。なにそれ、恩返しの狸って。和真先生に似合いすぎる。
「おん。おん」
ほどなく虎千代が細い尻尾を振りました。
「おお。よかった。どうやら治りましたようですな」
虎千代が短い足を踏みしめて立ちあがると、家老がしかめつらしく言いました。
「これ、虎千代。治ったなら、そのよく利く鼻で若様を早く探さぬか!」
「おん!」
虎千代は鼻を高く上げて、あたりの匂いを嗅ぎはじめました。
「これはしたり。虎千代は御家老様のおっしゃる意味がわかるようですぞ!」
先生の驚く言葉を聞いた若様は自分が褒められたように得意になりましたが、その一方で気が気ではありませんでした。虎千代が抜群に賢いことは若様が一番よく知っています。「お手」も「伏せ」も「待て」も一度教えただけで出来ました。「仲良くね」と頼むと、カラスの子とも遊びます。庭におりたら、汚れた足を拭いてもらうまでは座敷にあがりません。そして寝るときは枕を使います。でも。今だけは、その賢さを発揮されては困るのです。
(だめ! 虎千代! やめて! 見つけないで!)
若様は固く両手をにぎり合わせて心に念じました。
(虎千代! 家老と先生を、ここから離れたところに連れていけ。お願いだから!)
すると虎千代は、若様の声が聞こえたかのように丸い耳をピコピコさせました。そして「おん!」と短くほえると、若様の隠れているやぶの前をとっとと通り過ぎると、まるで反対の方へと走りだしたのです。
「おお、若様はそちらか」
これを見た家老と先生は、虎千代の後を追いかけました。
「おんおん!」
「若さまあぁ」
「おんおん!」
「若さまあぁ」
みるみる声が遠ざかっていったので、若様は、ほっと肩をなで下ろしました。
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