五章 昔話の龍(5)
その頃、首無塚を見上げた山伏はあごひげをしごきました。
亀の
「こんなもん。目をつむってたって登れるぜ」
宝に目のくらんだ山伏は鼻の先で笑いました。そして大事な笈を背負い直すと、サルのように身軽く岩から岩へと飛び移りながら登ってゆきました。炭のように黒い大岩はみな
あともう少しで平らな岩の上です。伸ばした手の爪が乾いた木屑のようなものに触れました。何気なく握るともろく砕けました。手のひらを開けて見ると、それは小さな灰色の骨でした。ぞくりと背筋を凍らせた山伏はあやうく転げ落ちそうになりました。数年前に迷いこんだ、呪われた谷が思い出されたのです。その谷に足を踏み入れたら谷間の道を抜けるまで
けんけんぱ けんけんぱ
龍宮島の おきゃくさん
行ってかえらぬ いつつみつ
おみやげもらって むつよっつ
山伏は、ぎょっとして首をひねりましたが、どこにも人影はありません。枯れたマコモがざわざわと揺れて、隠れていた枯れ川の跡で雲母がキラキラときらめきました。
「ちっ。いやな歌だなあ」
いま誰かに、袖を強く引き戻されたような気がしました。しかし、せっかくここまできたのに、手ぶらで帰る気にはなれませんでした。
「ちくしょうめ。貰うものを貰ったら、こんなしんきくさい国に二度と来るもんか」
山伏は腕に力を込めて大岩の上に這いあがりました。するとそこには奇妙な形の二つの大岩が互いにもたれあうようにして立っていました。もとは一つだった巨大な岩が真っ二つに裂けたかのようです。その門番のような岩と岩との狭苦しい隙間から明るい陽光が洩れています。頭を突っ込んで覗いてみると、岩の挟間を抜けた向こうに
「見つけたぞ。あれが鬼将軍の墓に違いない」
小躍りした山伏は、笈を背から外して手にさげると、体を横向きにして岩と岩の隙間にもぐり込みました。すると魔除けの
「おっと。いけねえ」
大事な錫杖を拾おうとお尻から後戻りしたとき、にわかに濃い霧が流れだし、あっという間に辺り一面が灰色になりました。顔の前に出した自分の手のひらさえ見えません。
「なんだってんだ」
悪態をついた山伏はでたらめに地面を探りましたが、たったいま手から落としたばかりの錫杖がどうしたわけか見つかりません。そうするうちにも霧はますます濃くなり、冷え冷えとした淵に沈むような心持ちがしました。
「まあ、帰りに拾えばいいさ」
錫杖をあきらめた山伏は、手探りでさっきの岩の隙間を見つけると、そろりと体を滑り込ませました。
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