二十八章 不戦の誓い(4)
「たかが素羽鷹軍にいいようにもてあそばれて、貴様ら、何をやっとるか!」
蛞公方に怒鳴り散らされ、北の大軍は改めて素羽鷹討伐に出発しました。今度は待ち伏せに遭わないように、腕利きの斥候が下見に行きましたが、素羽鷹の弓隊はとっくに引き払ったあとでした。しかし先に進むと、あちこちに落とし穴が掘られ、結んだ草に足を取られる罠や、紐に引っかかると横から石つぶてが飛んでくる仕掛けなど、いくつも仕込んでありました。どれも、これだけの短時間によくぞここまでという見事なできばえでした。
「あいつら、ふざけた真似を……」
落とし穴に落ちてしまった斥候が顔を真っ赤にして怒りました。
北の大軍が素羽鷹の陣地に向かってカタツムリのようにゆっくりと進軍してゆくのを、武石のお殿様は、お城からはらはらと見つめていました。
「頼むぞ、こんがら丸。早まるなよ」
やっとのことで北の大軍は南の丘のふもとにたどり着きました。
「皆殺しだ! 一人も打ちもらすな!」
よろよろと輿から降りた蛞公方が声を張り上げて命令しました。
「さて、迎え撃つか! お前らはここで見てろよ!」
素羽鷹のお殿様は楽しくて堪らないという顔でヒラリと黒南風に跨がると、御家来衆が止める暇も無く、ただ一人、陣地の丘を駆けくだりました。
「おりて来るぞ! たった一騎だ!」
北のつわものたちは色めき立ちました。
「命知らずめ。首をあげてやる!」
「おい、待て! あの兜を見ろ! 七つ星だ!」
「総大将だ! 素羽鷹の殿様だ!」
「なんで総大将が?」
「下郎ども、道を開けよ!」
お殿様が声高に命じると、槍を構えたつわものたちは右往左往するやら棒立ちになるやら、相手の気迫にすっかり飲まれて道を開けてしまいました。
「出迎え御苦労であった! 後で褒美を取らそうぞ!」
お殿様はカラカラと笑いながら駆け抜けました。
「……動けなかった」
「……たいしたもんだな。素羽鷹のお殿様は」
「余程の度胸がなきゃ、できねえや」
つわものたちは呆然とお殿様を見送りました。
「ナメクジ野郎はどこだ! 出てこい! 勝負しろ!」
お殿様はふところから
さてこちらは素羽鷹軍です。
「あのバカ殿!」
家老は片腕を吊っていた晒をかなぐり捨てるや槍をつかみ、馬に鞭をくれてお殿様を追いかけました。その後から蔵六や与三郎や御家来衆がこぞって続きます。
「来ーるーなーっ!」
既に敵陣深くまで入り込んだお殿様が、味方を振り返って叫びました。
「こいつは俺の罪滅ぼしだ! 蛞公方の首を土産に御先祖様に侘びてくる!」
「やかましい!」
家老が吠えました。
「主を守らぬ家臣がどこにおるか! 皆の者、急げ!」
「おおう!」
素羽鷹の御家来衆が一斉にときの声をあげました。煙玉を投げては奇声を上げるお殿様に気を取られていた北の国の軍勢は、素羽鷹の荒武者たちが砂煙をあげて突き進んでくる姿に戦慄しました。
「我が殿に指一本触れてみよ! 刻んで叩いて、さんが焼きにしてくれるわ!」
疾走する馬上から槍を構えた家老が大音声で吠えると、敵も味方も震えあがりました。素羽鷹の猛襲に恐れをなした敵兵たちが我先に逃げ散ったので、素羽鷹の御家来衆はあっという間にお殿様に追いつき、周りを囲みました。
「殿。抜け駆けとは頂けませんぞ」
愛馬、花影の手綱を緩めて家老が言いました。
「なんだよ。また借りが増えたじゃないか」
お殿様のひげ面がほころびかけた、そのとき、一閃の矢が家老に向かって放たれましたが、咄嗟に前に出たお殿様の鎧の肩に突き刺さりました。
「殿!」
お殿様は顔色一つ変えずに矢を抜くと真っ二つに折りました。
「これであいこだぞ」
青ざめる家老に満面の笑みを向けるのも束の間、蛞公方の旗印を見つけるや、お殿様はまっしぐらに黒南風を駆けさせました。家老たち素羽鷹勢も遅れてなるものかと後に続きます。お殿様は馬上から名乗りを上げました。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け。近くば寄って目にも見よ。我こそは天下の鬼将軍、素羽鷹龍恩の
「なに? 鬼将軍の
天子様と渡り合った伝説の猛将、鬼将軍の名を知らぬ者はありません。蛞公方はもとより北の国の兵士たちは一人残らず青ざめました。
「でたらめだ! 誰かあいつらを討ち取れ! 褒美はいくらでもやるぞ」
公方の裏声に応えて
「敵はわずかだ! 囲んで討ち取れ!」
気づけば、素羽鷹勢は敵に
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