八章 龍の卒塔婆(1)

「触っていいの?」


 若様はおそるおそる両手で半紙を受け取りました。


「安心しろ。こいつは俺の書いた写しだ。お殿様には内緒だぞ」


「なんだ。本物じゃないのか」


 安心した若様は遠慮なく半紙をひろげました。


「本物はものすごく汚れてたんだ。こっちの方が読みやすいんだからな」


 花野子ちゃんが横目でにらみました。


「ふうん」


 若様はいつも本を読むときのように、腕をいっぱいに伸ばして大きな声で読みました。


たつの年辰の日辰のこくあま照す御神おんかみしるしあり。ときは至りぬ。龍の千年ここに尽きたり。 法師ほうし犬護法いぬごほうに従いて龍宮島をたずねよ。彷徨さまよう鬼は龍にあらず。三宝さんぽうを龍のわざわいとなさん。龍の三宝は龍にすべし」


「チビさま。よく読めたなあ」


 花野子ちゃんに褒められて、若様は得意になりました。


「このくらい簡単だよ。でも意味が全然分かんない。花野子ちゃん、分かるの?」


「まあな」


 花野子ちゃんは急に真顔になると、若様に向き直りました。


「ものすごく怖い話だけど、覚悟はいいか」


「え? イヤだ」


 すぐ逃げ腰になる若様を花野子ちゃんはとがめるように睨みました。


「なんだよ。聞かせろって、ここまで追っかけて来たくせに」


 若様は虎千代と顔を見合わせました。来なければよかったかなと、すこし後悔しました。でもカンコロ島まで来てしまっては一人で引き返せません。


「ごめん。悪かった。やっぱり教えて」


「よし」


 花野子ちゃんは、えへんと咳払いしました。


「結論から言うとだな。素羽鷹沼の龍と一緒に、鬼将軍も甦った」


「ひいいいいい! いやだ。やめて。もう聞きたくない」


 若様が耳をふさいでしゃがもうとしたので、花野子ちゃんがその腕をつかみました。


「ちゃんと聞けってば。最初から読むぞ」


「やめてえ」


 若様は泣き声をあげました。


「うるさいっ。聞けっ。『辰の年辰の日辰の刻』とは、まさしく今朝のことだろ。『天照らす御神の験あり。』とは、お天道様が合図をなさる、と云ってるんだ」


 三つのお天道様と神々しい光の柱を思い出した若様は、そでで鼻水をぬぐいました。


「あれが天照らす神さまのしるしだったの?」


 花野子ちゃんはうなずきました。


「『刻は至りぬ。龍の千年ここに尽きたり』ていうのは、龍が死んでから今年で千年目ってことなんだ」


「千年目に何かあるの?」


「天帝の雷に砕かれた龍が千年後にゆるされてよみがえるって、言い伝えがあるんだよ」


「そしたら今朝のお天道様は、龍が甦りましたよって、お知らせだったのか!」


 若様は嬉しくなりました。もうすぐ龍のおじいさんに会えるのでしょうか。


「俺もそう思う。だが、その先が分からん」


 花野子ちゃんは半紙をにらんで首をかしげました。


「この『法師は犬護法に従いて龍宮島を尋ねよ』だけど。お坊さんは犬に連れられて龍宮に行きなさいって、何のことだろうな?」


「龍宮に行くなら、お坊さんじゃなくて浦島さんだよね」


「犬じゃなくて亀だよな。護法ってなんだろうな」


 二人の足元で、虎千代が嬉しそうに尻尾を振りました。


「ここはいといて、次にいくぞ。『彷徨う鬼は龍にあらず』の鬼というのが――」


 若様は怖いときの癖で、自分のほっぺたを両手でつかみました。


「俺は鬼将軍のこと、だと、思うんだけど」


「わああああ!」


 地面にしゃがみ込んだ若様の耳を虎千代がなめました。


「聞けよ。あと少しだから! いつか先生に習ったろう。鬼というのは亡者の魂のことだって。三宝を求めてさまよってる亡者の魂と言ったら、鬼将軍しかいないじゃないか」


 ほっぺたをこねくり回す若様を横目でにらんで、花野子ちゃんは解読を続けました。


「次の『三宝を龍の災となさん』はつまり、鬼将軍が龍の三宝を手に入れたら怖ろしいことが起こるぞと、と書いてあるんだ」

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