七章 角権現のお告げ(4)

 カンコロ島には年経た松が小さな島を抱え込むようにごつごつした根を張っていました。ねじくれた樹の形はまるで龍が天にむかって荒々しく咆えているようでした。長い年月、雨風にひび割れた幹には、しめ縄が掛けられ、太い根の間には石のほこらがありました。花野子ちゃんがそこで柏手を打ったので若様も真似をしました。


「こっちだ」


 花野子ちゃんが向かったのは老松の根方を回りこんだ島の突端でした。松の幹に背中をつけて見上げると、松の大枝が素羽鷹沼へ向かって差しのべられています。


「うわあ」


 若様の声がかすれました。水面から風が強く吹きあがってきます。そろそろと足下をのぞくと、崖の途中から張りだしたハゼの木の枝の間から、水面がきらきらと反射していました。カニ歩きでじりじりと花野子ちゃんの隣ににじり寄ると、若様はそっとため息をつきました。その後ろからぴたりとついてきた虎千代が若様の袴のすそに鼻面を埋めました。


「いい景色だろ。これが、うちの御神木なんだ」


 松の木を振りあおいで花野子ちゃんが言いました。


「ここに龍の角が引っかかってたの?」


「チビさま、よく知ってるな」


 あははと花野子ちゃんが笑いました。


「素羽鷹の龍の話、さっき先生から聞いたよ。僕、泣いちゃった」


 花野子ちゃんは目を輝かせました。


「ほんとか? 和真先生はやっぱり頭が切れるなあ」


「なにが?」


「御家老様に口止めされても、肝心のところを、チビさまに教えてくれたんだよ」


「肝心なところって?」


 すると花野子ちゃんが足元を指さしました。


「土を掘り返した跡があるだろ。分かるか」


 見れば、湿った黒土が顔をのぞかせています。


「そこに龍の卒塔婆そとばと呼ばれてきた石塔が立っていたんだ」


「龍のそとば?」


「うん。すごく古くて、どうしてそう呼ぶのか誰も知らないんだけど、昔から龍のそとばが倒れるときは一大事が起こる、と伝わってたんだ」


「それ、倒れちゃったの?」


 急に背筋がぞくぞくしてきました。


「うん。昨日な」


 花野子ちゃんはあっさりと言いました。


「えええ!」


 若様は大声を上げました。


「それを俺に教えてくれたのが、妙見菩薩様だ」


「花野子ちゃんにだけ? スゴイや!」


「ここの跡取りだからだろ」


 花野子ちゃんは照れて頭をかきました。


 妙見菩薩様というのは北極星の神様です。作物の豊かな実りをつかさどる神様として素羽鷹沼一帯でも古くから大切にされてきた神様でした。角権現にまつられている掛け軸には、剣を捧げ持ち青龍に乗る勇ましい姿が描かれています。


「やっぱり龍に乗ってた?」


「いや、実は、後光がまぶし過ぎて何も見えなかった」


「うわあ、かっこいい!」


「そうか?」


「そうだよ! 普通に見えたら、つまんないよ」


 顔が見えないというのが、いっそう神様らしいと若様は思いました。


「それで、なんて言ったの?」


「うむ」


 花野子ちゃんは胸の前で手のひらを合わせ、目を閉じて言いました。


「龍の卒塔婆の守人もりびとよ。ときは至りぬ。龍の卒塔婆は倒れたり、と」


 苦しいほどに胸が高鳴って、若様は虎千代をぎゅっと抱きしめました。


「きゃん!」


「あ、ごめん。とらちゃん」


「そこで目が覚めたんだ。俺はじいちゃんをたたき起こして、ここに来てみた。そし

たら、龍の卒塔婆が倒れてたんだ!」


「お告げの通りだね!」


「そうなんだ! それで卒塔婆の倒れた跡からすごく古い経筒(お経の入れ物)がでてきたんだ。中にあったのが、この古文書だ」


 花野子ちゃんはふところから折りたたんだ半紙を取りだしました。

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