八章 龍の卒塔婆(2)

 その頃、お城の天守閣では。

 床に広げた本物の古文書を、お殿様と家老が眺めているところでした。


「花野子は賢い子だなあ。まったく」


 お殿様が手にした扇子の先でトンと古文書の一所ひとところを示しました。木の葉の形に変色したところによく目を凝らすと、かろうじてという文字が読み取れます。


「ここに枯葉が貼り付いていなければ、すべて読み解いていたではないか」


「いかにも。まだ幼いながらも先が楽しみでござる」


 家老も深くうなずきました。


「俺は決めたぞ。花野子は七法師の嫁に貰う」


 お殿様はニカニカと笑いました。


「しかし花野子は角権現の跡継ぎにございますぞ」


「養子ならいくらでも探してやる。して、物見から報告はあったか」


「与三郎と蔵六の報告では、光の柱が立ち昇りたるは、まさしく言い伝えに聞く、うしとら沼の辺りとのよしにござる。例の底無し沼にはばまれまして、二名ともやむなく引き返して参りました」


 お殿様は満足そうにうなずきました。


「やはり、うしとら沼が龍宮淵であったか。それが分かれば上出来よ。あの二人に褒美を取らそう」


 うしとら沼というのは北の沼地の真ん中にあるという、誰も見たことのない沼でした。千年前の龍宮淵がここであろうと云われています。沼の真ん中にぽつんとある島が龍宮島です。しかし、北の沼地というのは水とも泥ともつかぬ底無し沼で、人も獣も踏み込んだら最後二度と浮かび上がれない恐ろしい場所でしたので、歩いてはもちろんのこと舟でもゆかれないのでした。


「龍宮淵など、おとぎ話と思っておりましたが」


 家老が白い眉をひそめました。


「辰の刻のしるしがまことであったからには、龍宮淵もまことであろうぞ」


 お殿様はにんまりと笑いました。


「ううむ。それはたしかに」


「こうなったら、一刻も早く三宝を見つけねばならぬぞ」


「はい。和真に手掛かりを探させております」


「見つかったら、ここに書いてある通り、七法師と虎千代を龍宮島へ遣わしてだな――」


 お殿様が最後まで言い終わらぬうちに、家老が、かっとにらみました。


「なりませぬ! 若様はまだ八つですぞ」


「じき九つだ。背も伸びた。近頃は生意気な口もきく」


 お殿様はでれでれと嬉しそうに顔をほころばせました。


「犬護法とあるのは虎千代に違いなかろう。妙見菩薩様の御加護を宿す導き手の狼だ」


「あんなチビ助、狼とは名ばかりのお座敷犬ではありませんか」


 お殿様はカラカラと笑いかけて、家老の目を見て真顔に戻りました。


「まず第一に、あの底なし沼をいかにして渡るおつもりか」


「そのことだ。俺にひとつ策がある」


 お殿様は膝を進めました。

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