二十章 角権現の宝(2)

「そうだ。捜しに行こう。珠と鏡がまだ残ってる!」


 花野子ちゃんが立ち上がりました。


「さすがは、うちの分福じゃ」


 おばあが目を細めました。


「おばあ。もしや残りの龍の三宝のあるところを知っているんですか」


 和真先生と花野子ちゃんが膝を乗り出しました。すると湯飲みのお茶を一口すすって、お里ばあは語りはじめました。


「素羽鷹の龍の祠の数は全部で九十九あるそうな。なかでも龍の珠をまつったのが角権現。龍のうろこをまつったのが鏡権現かがみごんげん。龍の剣をまつったのが龍尾たつお権現ごんげんじゃ」


「剣のことは、竜尾権現の片波見宮司さんからお聞きしました」


 先生が言いにくそうに言葉を濁しました。


「鬼将軍に一杯喰わせたはなしじゃろ」


 お里ばあと宮司が顔を見合わせてにやにや笑うので、先生はけげんな顔をしました。


「なんで知ってるんですか。一子相伝の秘中の秘だとばかり――」


「あの家は代々口が軽いでなあ。とくに酒がはいると」


 おばあがひっひと笑いました。


「うちにあるのって、珠なのか? 角じゃなくて?」


 花野子ちゃんが石蕗宮司をふりかえりました。


「そこについては、一子相伝の秘密がある」


 石蕗宮司は白い眉をひそめて、おもむろに口を開きました。


「実はお伊勢様の鹿だってはなしだろ。知ってるよ、じいちゃん」


「要らんことをいうな」


 おじいちゃんは孫をにらみました。


「その昔、奥の院の松に龍の角がかかっていたのは、まことなのじゃ。その角の先に赤く輝く珠がついておったと云われておる」


「それが龍の珠だわ」


 お里ばあがうなずきました。


「えええっ? 龍の珠?」


 和真先生が腰を浮かせました。


「それ、今、どこにあるの?」


 花野子ちゃんがおじいちゃんの袖をつかみました。


「いや実は、もう無いのだ」


 石蕗宮司が気まずそうに横を向きました。


「ない? なんでだよ? どこに隠した? 出せ!」


「おい、苦しい。ちがう! はなさんか!」


「花野子。やめなさい!」


 祖父につかみかかった孫娘を、おかあさんがひきはなしました。


「ここの初代の宮司がバカモンでな」


 お里ばあがひっひと笑いました。


「カンコロ島の松の根方に古いほこらがあるべ。あんな吹きっさらしに龍の角と珠を納めよったんじゃ。したっけ、その年の野分のわき(台風のこと)で吹っとばされて、沼に沈んでそれっきりよ」


 横で聞いていた冬青さんが吹きだしました。


「最低じゃん!」


 花野子ちゃんが、がっくりと床に手をつきました。


「すまん。村中総出で舟を出して沼をさらったが、見つからなんだったわ」


 石蕗宮司が自分のことのように頭を下げました。


「そうでしたか。それではもう取り戻せそうにありませんね」


 和真先生も肩を落としました。


「龍の珠は沼の底。龍の剣は鬼の手のうち。残るは龍の鏡だけというわけじゃ」


 お里ばあはなにやら楽しげです。


「鏡権現というのはどこなんですか。聞いたことがありませんが」


 和真先生が気を取り直して訊きました。


「おや、秀才の和真でも知らぬことがあるのか。そら、この神社の向こう岸じゃよ」


 石蕗宮司が威張って白ヒゲのあごをしゃくって見せました。


「向こう岸って、もしや桔梗ききょうの井戸のある?」


「それよ、それ」


「あそこか」


 和真先生の表情が曇りました。


「なんですか。先生?」


 花野子ちゃんが尋ねると、和真先生は目元をやわらげて答えました。


「ここの向こう岸に古い寺の跡があってね、一度調べたことがあるんだ。石段の名残と崩れた鐘突き堂と建物の礎石が残っているだけだった。言い伝えでは、どこかに鬼将軍ゆかりの井戸があるらしいんだけどね、見つからなかったよ」


「龍の鱗は鏡のごとく輝いたってから、鏡権現よ」


 お里ばあが先を引き取りました。


「まさか、それって龍の逆鱗?」


 先生と花野子ちゃんは顔を見合わせました。そうだとしたら触りたくありません。


「その昔、鏡権現には大きな薬師堂があってなあ。四方に朱塗りの門のある立派なお寺さんだったけが、鬼将軍が負けたときに、なんもかんも焼けて灰になったんだわ」


「おばあ、まるで見てきたみたいだね」


 花野子ちゃんが笑いました。


「見たのかも知んねえぞ。この、おばあは」


 おじいちゃんの目は笑っていませんでした。

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