二十五章 龍の鏡(3)

「ギーチョン! ギーチョン!」


 やかましいヒヨドリが大声でさわぐので、龍宮島の渡し場に並んだ亀たちが代わりばんこに顔を出しました。


「ギーチョン! なんで竜宮島の渡し場に仙吉がいるのさ?」


 ギーチョンはたったいま龍宮島で、恐いチョウゲンボウに脅かされて逃げてきたのですが、渡し場の砂州にそびえる沼杉の木に留まろうとしたら、顔馴染みのモモンガが丸くなってウトウトしていたのです。


「ギーチョン!」


 ヒヨドリは目をみはって鳴きました。すると乾いた枯葉にくるまって居眠りしていたモモンガが薄目を開けました。


「おお、ギーチョンじゃねえか。いいところにきたな」


 仙吉は夜通しかかって、鏡権現からこの龍宮島の渡し場までたどりついたのです。


「さすがに眠たくっていけねえや。ちょいと、お遣いを頼まれてくんな」


 東の空に朝日が昇ってきたところでした。モモンガは昼間は眠る生き物なのです。


「あれ、なんか持ってる。うまそう!」


 ギーチョンは仙吉の胸元をのぞきこみました。コガネムシほどの小さい物がふたつ、仙吉の胸の毛にくっついていますが、どちらもよく眠っているようです。


「喰うんじゃねえよ。意地きたねえな。この人たちを龍宮島まで届けてこい」


 仙吉が丸い瞳でギョロリとにらみました。


「いやだよ。龍宮島には、おっかないのがいるんだ」


 くちばしを引っ込めたヒヨドリが顔を引きつらせました。


「なんだ、猫でもいるのか」


「チョウゲンボウだよ」


「バカヤロウ! チョウゲンボウが恐くて素羽鷹に住めるか! さっさと行ってこい!」


「わかったさ。ギーチョン」


 気の弱いヒヨドリは、しぶしぶうなずきました。


「それはそうと、おまえ、若様ってぼうやと虎千代って狼の子をどこかで見なかったか」


「うん。龍宮島にいるさ。俺がワカサマとトラチヨを連れてってやったんだ」


 ヒヨドリは胸をそらせました。


「ほんとか。おまえ、見かけによらず、やるときはやるんだな」


 仙吉がしきりに感心したので、得意になったヒヨドリはあまり胸をそらせ過ぎて枝から落ちました。


「やっぱりバカなんだな。安心したぜ」


 大笑いした仙吉は、今度は龍の鏡を出しました。


「きれいだな! こっちはくれるのか?」


「やらねえよ、ばか。こんなもん飲んだら死ぬぞ。これも届けるんだよ」


「ギーチョン! いやだあ! おっかないよう! いらないよう!」


「だから、やらねえってんだよ。こいつを若様に渡すんだよ」


「いやだよう。おっかないよう!」


 すっかりおびえたヒヨドリは、くちばしを開けて泣きわめきました。


「泣くんじゃねえよ。ほら、しっかり持てっけ!」


「いっぱいあって、持てないさ!」


 ヒヨドリは頭の逆毛を立てて嫌がりました。


「ぶきっちょだね、おまえは! まあ、どれひとつでも落とされても困るしなあ」


 モモンガは腕組みして考えました。


「弱ったな。ううん。よし。そんなら、わっしごと持てや!」


 モモンガはそう言うなり、ヒヨドリが持ちやすいように背中を向けました。


「仙吉を持ってくのか? 龍宮島に?」


 ギーチョンが寄り目になりました。


「さっさと言うとおりにしやがれ。はたくぞ、この野郎!」


 モモンガが横目でにらみます。


「わかったさ! ギーチョン!」


 ギーチョンはぱたぱたと羽ばたきして体を浮かせました。そうして仙吉の毛皮を足でつかむと、よろよろと舞いあがりました。


「おい、しっかり頼むよ。落としやがったら串に刺してあぶって、辛子味噌からしみそ塗って頭から喰うからな」


「辛子味噌はいやだよう。ギーチョン!」


 こうしてギーチョンは、今さっき逃げてきたばかりの龍宮島へと舞い戻っていったのでした。

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