二十六章 龍退治(1)
その頃、素羽鷹の城山の広場には馬を引いた御家来衆が勢揃いしておりました。
素羽鷹のつわものはみな馬に乗って戦うのです。腹当てと鉢巻だけの身軽な姿で腰には刀、小脇に短い槍を抱え、矢筒と弓を背負っています。居並ぶ屈強な男たちの先頭には、片腕を
そこへ愛馬の
「なあ。与三郎よ」
蔵六が、馬を並べた相棒にひそひそと囁きました。
「うちのお殿様はまるで病人のように見えるが、大丈夫かな?」
与三郎は前を見たまま何も答えません。
「おい。お前もどこか悪いんじゃないのか? なあ?」
弓の先でつついても与三郎は無言です。顔をしかめた蔵六は、タヌキのような目をキョロキョロと辺りに走らせました。
「お前といい他の奴らといい、みんなどうかしちまったみたいだ。石みたいに何にも言わなくなっちまったしよ。そこに持って来ていきなり戦支度をしろだなんて、どう考えたって、おかしいだろうよ」
そのとき。蔵六は、ひっとに息を飲みました。お殿様の目がじっと自分を見ていることに気がついたからです。その眼差しはまるで石のようでした。
「お前は誰だ」とお殿様が訊きました。
「わ、わしです。蔵六です」
そう答えるや、たちまち目が石に変わった蔵六が押し黙ると、お殿様は不安げな顔をしている御家来衆の名を一人ひとり尋ねてゆき、さいごには皆が無言になりました。そこで、お殿様は御家来衆にむかって言いました。
「我らはこれより龍宮島の龍を退治する。抜かるでないぞ! えい、えい、おう!」
高く突きあげた、お殿様の右手には龍の剣が握られています。
「えい、えい、おう!」
「えい、えい、おう!」
お殿様を先頭に騎馬武者たちは粛々と馬を進めました。蹄の響きと馬具のガシャガシャと鳴る音が、沼のほとりの街道を北へと進んでゆきました。その数、二百騎。その後ろから替え馬を引く小者たちと荷駄を引く牛が続きました。
「殿。なぜ武石攻めより先に龍宮島へ行かれるのか」
お殿様の馬とくつわを並べて進む家老が尋ねました。家老の愛馬は
「武石はいつでも落とせる」
前を見据えたままお殿様が答えました。
「なぜ龍を退治なさるのですか」
「龍の三宝を奪うのだ。そして、わしが龍になる」
これを聞いた家老の白い眉がピクリと上がりました。
「しかし。龍宮島のまわりは底無し沼でござるぞ」
「策はある」
「さようですか。かしこまりました」
家老は眉をひそめて無言になりました。素羽鷹の軍勢は馬頭観音様の辻までやって来ると、向きを変えて首無塚への細径に踏みいったのでした。
首無塚は冬晴れの空を仰いで黒々と鎮まっていました。
お殿様が黒南風からおりるや、末広丸の肩に乗っていた猿の大納言がその足元に駆けよりました。大納言は怯える様子もなくお殿様を見上げます。
「大納言よ。うしとら沼へ続く道はどこだ」
お殿様が猿に尋ねました。すると猿は丈高い草の間に潜り込み、雲母のきらめく枯れ川の微かな筋を見つけると、甲高い声で「きいい」と叫んでお殿様に教えました。しかし、その頼りなく細い径を見て家老がうなりました。
「この狭さでは、馬はここに置いてゆくしかありませぬ」
「いいや。それには及ばぬ」
お殿様はニタリと嗤うと、首無塚に向かって大声で呼ばわりました。
「首無塚よ。長き年月、我が郎党の無念を宿す岩たちよ。喜べ。ついに宿願の日が来たぞ。いざ、我らが裔に道を示せ!」
お殿様の言葉が終わるやいなや、首無塚が地鳴りとともにぐらぐらとゆれ動きました。馬たちはみな怯えて竿立ちになり、御家来衆はその首を抱いてなだめなければなりませんでした。
「殿、ここは危のうござる」
家老がお殿様の袖を引きましたが、お殿様は嗤って首無塚を眺めています。すると。塚の頂上の黒岩が生き物のように身動きしたかと思うとふわりと宙に浮かびました。そしてブンとうなりをあげて空を突っ切り、枯れ川の先へと飛んでいったのです。そして遙か先でズシンという地響きが聞こえました。
「なんだ、今のは!」
慌てふためく御家来衆の頭をかすめるようにして、次々に岩が飛びだしてゆきました。地響きの音が絶え間なく続きます。首無塚の岩が最後のひとつまで姿を消すと、さっきまで枯れた川の跡だったところに荷馬車が通れるほどの平らな石組みの道が出来上がっていたのでした。
「皆の者! 続け!」
お殿様は黒南風にうちまたがるや、ひとつ鞭をくれて岩の道を走り出しました。
家老と御家来衆は周章ててその後を追います。マコモやアシの枯れ野原を過ぎて底無し沼にさしかかっても首無塚の岩は沼に沈みもせずに軍勢の足元を支えました。
「ギーチョン!」
白樺の枝から一部始終を見ていたヒヨドリが高く鳴き立てました。
「ギーチョン! 大変だあ! みんなに知らせなきゃ! ギーチョン!」
素羽鷹に吹く風はヒヨドリの翼を強く煽りましたが、ギーチョンは力の限り翼を羽ばたかせました。
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