十九章 うしとら沼のかぞえ歌(2)

「かわいいなあ。じっとしているとお皿みたいだね」


 若様は手を伸ばして端っこの亀に触りました。虎千代も首をのばして、くんくんと匂いを嗅ぎました。


「長い行列だなあ。竜宮島まで続いているのではないかしら」


 若様がつぶやくくと、虎千代が丸い耳をぴんと立てました。


「わかさま。この亀さんたちに頼めば、龍宮島まで渡れるのではありませんか」


「ああ、そうか! いなばの白うさぎみたいに、背中を跳んでいくんだね」


 若様は目を輝かせました。


「あのう。もしもし。亀さんたち」


 若様は水際の砂に手をついて話しかけました。


「僕たち龍宮島に渡りたいんだけど、亀さんたちの背中を渡ってもいいですか」


 返事はありませんでした。でも亀たちはその場から少しも動かずに浮いています。ちょっとだけ迷った若様でしたが、すぐに決心しました。


「こうしていても仕方ない。渡らせてもらおう」


 すると、虎千代が前に進みでました。


「お待ちください。この犬護法が先陣をつとめまする」


 勇ましい言葉とは裏腹に、尾っぽは股の内側に入っています。若様は優しく虎千代をなでました。


「僕が先に行くよ。大将は進むときは先頭、退くときはしんがりなんだからね」


 でも虎千代は首を横に振りました。


「なりません。虎千代は犬護法でございます。亀の道が龍宮島まで続いているか、はたまた罠か。調べてまいります」


「ちょっと、虎ちゃん」


 止める間もなく、虎千代は最初の亀の背に飛び乗りました。

 虎千代は「おん、おん」と吠えながら、亀から亀へと飛び移りました。霧にその姿が隠れても「おん、おん」の声はよく聞こえました。若様が波打ち際でじっと耳を澄ましていると、虎千代の元気な声は次第に遠ざかってゆきました。


「虎ちゃん。頑張れ」


 若様が祈るような思いで待っていると、「おん、おん」が今度はだんだん大きくなって、こちらに近づいてきました。


「おん、おん!」


 全身の毛を逆立てて岸に飛び移った虎千代は、若様を見て目をまん丸くしました。


「あれ? わかさま。どうしてこっちにいるの?」


「こっちって?」


「こっちは龍宮島ですよね」


「ちがうよ。渡し場だよ。僕、動いてないよ」


「あれ? 虎千代は龍宮島に向かってたのに」


「途中から引き返して来たんじゃないの?」


「そんな腰抜けじゃありませんよう」


 虎千代は目に涙を浮かべました。


「ごめん。虎千代。疑ってなんかいないよ。ほんとだよ」


 若様はあわてて虎千代を抱きしめて背中をなでました。


「きっと不思議な霧に押し戻されちゃったんだよ」


「ひどいや。虎千代は頑張ったのに!」


 虎千代はクスンと鼻を鳴らします。


「でも虎ちゃんのおかげでむやみに進んでも戻ってきてしまうことが分かったじゃないか。お手柄だったね」


 褒められた虎千代は、機嫌をなおして尻尾を振りました。

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